かにかくに祇園は恋し寝るときも 枕の下を水の流るる |
吉井 勇 「 祇園歌集 」 より
【歌の大意】
いろいろと 祇園は恋しいものだ
寝るときさえ 枕の下を水が流れる気がするのだから
「カミュ………もっとこっちへ……」
「ん……」
いま少し身を寄せると、それでは足りぬとばかりに力強い腕がカミュを引き寄せた。
「あ……」
わざとでないのはわかっているが、小さく漏らされた声とそれに続く溜め息がミロの耳をくすぐり、いっそういとしさが増してくる。
「どう? この宿………気に入った?」
「ああ……日本の家は木と紙でできていると聞いてはいたが、本当のようだな。
それに何もかもが小さくできていて………」
「華奢で可愛いものが多いな、料理もそうだ、とくに京料理が最高だというが本当のようだ。」
「ああ、食べるのが惜しいほどに美しく盛り付けられていて、箸をつけるのがためらわれる。」
「お前もだよ……」
「え………?」
カミュを抱く手に力がこもり、小さな喘ぎをたてさせた。
「この髪も、この頬も、この肌も………」
ミロの唇が押し当てられ、次々と触れるやさしい手にカミュは翻弄されてゆく。
「どこから手をつけていいのか、俺は毎晩迷っている………ここか?……それともここか……?」
「………ミロ……そんな…………そんなことを……」
あとはもう声も聞こえない。 焚かれていた香もいつしか絶えて、ひそやかな気配が部屋を満たしてゆくのだ。
「ミロ………水が……水の流れている音がする……」
「いま気付いたの……? ずっと聞こえていたのに。」
「え…? ……ずっと?……… ほんとに?」
「ああ、そうだ。 そんなに夢中になってたの?」
くすくす笑うミロにいとおしげに抱きなおされたカミュが頬を染める。
「私は……あの……ずっとお前の声を聞いていたように思っていた……」
「それはそうかもしれない。 お前を抱くときは、いつも思っている。 どうしてこんなにいとしいのか、どうしてこんなに美しいのか。
お前が好きで好きでたまらない……俺はいつもそう思っている。」
「ミロ………」
耐えかねたように漏らされる甘やかな吐息が耳にこころよく、首に回された腕に心はからめ取られてゆく。
「知ってる? お前の存在が俺の心を潤して、安らぎを与えてくれてるってこと。
水が流れるように俺を包んでくれてるってこと。」
「私が……お前を包む……?」
「ああ、俺はいつもそう思っている。 そして俺もお前を包み返している………」
「感じている……いつも……ミロ……」
かすかに聞こえていた街のざわめきも今は途絶え、さらさらと川の流れる音だけがする夜更け。
やがて安らかな寝息が聞こえ始め、ミロは滑らかな額にそっと口付けた。
乾燥して水音の聞こえぬ十二宮も、冷たい海を臨むシベリアも、どちらもお前にはふさわしくない
できるなら花に囲まれた山紫水明のこの土地で暮らさせたいが、それの叶うはずもない
ならば、せめて一夜の夢を見させてもらおうじゃないか
流れる髪をそっと手に取り、枕に敷くと頭を乗せてみた。 少し冷たさの残る甘い香りが匂いたつ。
「カミュ……夢の中でも俺を包んでくれるか……?」
外の灯りが障子を通して柔らかな光を投げかけている。 ほかの誰にも見せぬというカミュの寝顔を見ながら、やがてミロのまぶたも閉じられていった。
京都を愛した吉井勇のこの句は、京情緒を代表するものとして有名です。
京都祇園の白川沿いの枝垂桜の下にある句碑では、
なんと、毎年11月8日に
「かにかくに祭」 が行なわれます。
調べてみて
「なぜ、ミロ様の誕生日にっ?!」 とびっくり!
吉井勇の命日は11月29日ですから、
やはりミロ様との縁が深い句なのでしょう。
それにしても徐々に頭角をあらわしてきた京都篇。
これに生霊がくれば陰陽師に、
篝火・琴がくれば、即、源氏物語ですね、いよいよ道は開かれた(笑)。
なんだか、ワクワクしてきます。
う〜ん、ついに来るべきものが来たのか!!
※ 「かにかくに」
副詞の
「か」 「かく」 に、それぞれ助詞の 「に」 の付いたもの。
とやかくと。あれこれと。いろいろと。
今回初めて調べて、知りました。万葉集にも出てくる古語です。