風が吹いている  僕はここで生きていく

                                          歌 :  いきものががり  NHKロンドンリンピック テーマソング



聖戦も収束して冥界との関係も軌道に乗り始めるとシオンの興味関心は世間一般の事象に向けられるようになってきた。
そうすると最初はよくわからなかった世界の動きも耳に入ってくるようになる。
この夏の話題はもちろんロンドンオリンピックで、シオンはこの平和目的の戦いがいたく気に入り、そのおかげで、くだらない番組ばかりやっていると言って歯牙にもかけなかったテレビの有用性に初めて気が付いたらしかった。
「いくら国家経済が危機に瀕しているといってもオリンピックは別じゃろう!わしはエアコンをつけてアテナから贈られた大画面テレビを見たい!この際、節電は免除せい!」 
「シオン様、それでは聖域を統べる者として示しがつきません。だいいち、あのテレビを私室に設置しても見向きもなさらなかったではありませんか。 テレビ観戦は従来通り小さい普及型の機器でお願いします。」 
「サガ、まったくおぬしは固いのぅ。そうじゃ!閉会式まではカノンと代われ。おぬしはスニオンで修業するというのはどうじゃ?」 
「お断りいたします!」
すげなく断るサガは脇目も振らず机上に積まれた案件の処理に没頭し、シオンは面白くないことこの上ない。

こうして望む環境でオリンピックの中継を見られないシオンの機嫌は日々に悪くなり、どうにかしてくれ!という陳情が教皇補佐であるサガのもとに続々と届き始めた。
シオンに面と向かってものを言えるのは童虎くらいものだが、あいにくその童虎は廬山に出かけていてあとひと月は帰ってこない。勢い、教皇庁の職員、黄金の面々、はては新入りの雑兵に至るまでシオンの不機嫌により理不尽な迷惑をこうむっている者たちからの不満が噴き出したのだ。
「兄貴、これはもう限界だな。いやだとは思うが閉会式が終わるまでスニオンにいてくれないか?」
「なにぃっ!」
「聖域の安定の為にはシオンをなだめるしかないだろうし、兄貴もいまさら、はい、わかりました、って前言撤回するのは納得できんだろ?それならいっそのことここを離れてシオンの好きにさせりゃいい。明日は明日の風が吹くってやつだ。スニオンの洞窟って、見た目はパッとしないが夏場は気温が安定していて案外すごしやすいんだぜ。その代り冬は地獄だが。」
ここでサガの胸がチクリと痛む。

   そんなひどいところに私はこの弟を……

「食い物なら大丈夫だ。俺が責任を持って三食きちんと届けよう。あそこで暮らすってわかってるんだから、最初っからほかの生活必需品も準備万端整えていけば困ることはないだろうしな。」

   怒りにまかせて着の身着のままでカノンをあそこに放り込んだ私は……あぁぁぁぁ…

「それともやっぱりいい加減な俺じゃ安心できないか?迷い込んできた生魚を捕まえて喰うなんて真似を兄貴にさせられるわけがないからきちんとやるつもりだが、心配ならもっと信頼できるほかのやつに頼んでもいいんだぜ、俺は気にしないから。やっぱ真面目なカミュなんかのほうが安心できるよな。」

   あぁっ、私はこの弟に生魚を捕まえさせるようなことを強いたのだ
   それも13年間も……私はなんという愚かなことを…

「いや、それでいい。お前に頼もう。」

こうしてサガは修行のために十二宮を離れるという触れ込みでひそかにスニオンにしりぞいた。
喜んだのはシオンである。これで思う存分エアコンの効いた室内で思いっきりオリンピックを見られると勢い込んだ。
「さてと。」
執務を早めに切り上げていそいそと私室に戻る。エアコンのスイッチを入れるがなぜか設定が29度以下に下がらない。
「なんじゃ?調子が悪いのぅ。26度にならんのはなぜだ?」
首を傾げながら70型の液晶テレビのリモコンを操作して電源を……つかない!アテナ厳選の日本製超大型テレビは沈黙を保ったままである。
「なぜじゃ!これではサッカーの試合開始に間に合わんではないか!今日からベスト8じゃぞ!」
すぐに職員を呼びつけ調べさせたが原因はわからない。仕方がないので応接室の32型のテレビを見ることにしたが、椅子も好みではないし、なによりこの部屋のエアコンも効きが悪いのには閉口した。
「まったく面白くない!サガがおらんと聖域はこんなにもうまく事が運ばんのか!」
ひっくり返そうにもあいにく応接室にはちゃぶ台はない。修業に入っているサガをこんなことでわざわざ呼び返すのも大人げないとあきらめるしかなくて、シオンはいやでも節電をすることになった。

万事に用意周到なサガは I T 時代の到来を見越して何年も前から聖域中に無線LANの環境を整えている。スニオンは聖域外だが、なにかの役に立つこともあろうかとやはり無線LANを使えるようにしておいたのだ。このことは計画段階でシオンに説明したのだが、そうしたことに疎いシオンは 「お前に任せる。好きにせい。」 と言って気にもしなかったという経緯がある。
スニオンに入ったサガはすぐに持参のノートパソコンを広げると教皇庁のホストコンピュータに入り込み、シオンの行きそうな部屋の電気機器に制限をかけたのだ。
「これでよし。シオン様もこの機会に小型テレビに慣れたほうがよいだろう。」
明日は明日の風が吹くのだ。たまにはこんな過ごし方もよいだろう。サガはお気に入りの椅子に深々と身をうずめると大量に持ち込んだ本を読み始めた。

「そうじゃ!ギリシャにいるからいかんのだ!カノン、わしは日本に行ってくる!後のことはお前に任す。教皇補佐の補佐じゃから職務権限はあるぞ。あとは好きにせよ。」
「日本とは?いったいまたどうして??」
「鈍いやつじゃのう。あそこにはミロとカミュが長期滞在しておるはずじゃ。教皇のわしが行ったら下へも置かぬもてなしをしてくれるに違いない。 日本といえばフジヤマ・ゲイシャ・サムライの国だというではないか。『十二夜』 とかいうシリーズにいよいよ本命登場じゃぞ。アップを楽しみにしておれ。」
「は……ではいってらっしゃいませ。」
これまでの不機嫌とは打って変わって上機嫌のシオンをあえて体を張って止める理由は何もない。
こうしてカノンは聖域の指揮権一切を掌握して悦に入り、サガは久しぶりの静かな休暇を満喫し、シオンはクールジャパンを優雅に体験できるこの旅行に胸をはずませ嬉々として旅行鞄に荷物を詰め始めた。
かくて教皇庁からシオン外遊の事務連絡が来てミロが驚愕するまでのカウントダウンが始まったのである。

ミロはオリンピックが好きだ。ギリシャ代表として出ることは有り得ないが、黄金ならだれでも鍛錬すればあのくらいのレベルに達することは可能だろうと思っているので、選手たちにはなんとなく親近感がある。出身地のギリシャをむろん応援はするが、エントリー種目がそれほど多くない上にメダル獲得数もあまり期待はできないので、勢い滞在している日本を応援することが多い。
「北島は惜しかったな!でも二大会連続金メダルっていうのがそもそも偉業だし、この大会は僅差の4位と5位だぜ。8年間も世界トップクラスの実力を持ち続けるのは容易なことじゃない。不断の努力の賜物だよ。」
「聖闘士なら間違いなく黄金クラスだろう。たいしたものだ。」
「アーチェリー女子団体は銅か。ギリシャもアイオロスが出てたら金は間違いないだろうな。団体は三人だから、あとは星矢と俺を加えればいい。星矢にはギリシャ国籍を取ってもらうことにする。もともと縁が深いから大丈夫だろう。」
「星矢はともかく、なぜミロが?」
「だって昭王が弓の名手だから。」
「なるほど。一応根拠はあるのだな。」
そんな平和な会話をしていると電話が鳴り、カミュが手を伸ばした。
「はい、………え? すると到着は何時になりますか?………はい、わかりました。」
受話器を置いたカミュが振り返ってミロに爆弾発言をする瞬間にこの満ち足りた平和は破られる。
「ミロ、来客があるそうだ。」
「え?だれ?」

『 オリンピックには魔物が棲んでいる 』 とは、けだし名言である





           
ついうっかり書いちゃったんですが、これって 「十二夜 シオン編」 を書くという流れになる???
           うわぁぁぁぁぁ……






2012年 ロンドンオリンピック協賛作品