君のひとみは10000ボルト  地上に降りた最後の天使

                      作詞 : 谷村新司  作曲 : 堀内孝雄  「 君のひとみは10000ボルト 」


「え?普通、こんなにアップはしないだろ?」
ミロが画面を指差した。
ロシアのマスコミが男子フィギュアスケートのプルシェンコ選手にインタビューしている動画を見ていたら、突然顔がアップになり、明るい青い瞳がはっきりと映し出されたのだ。
数秒間続いたアップはミロを驚かせたあと、なにごともなかったようにまたもとのインタビュー画面に戻った。
「たしかに珍しいな。」
「だろ。顔全体くらいなら日本のニュースでもあるだろうが、これは違うだろう。」
「珍しいが、別に気にすることではあるまい。」
「気にはしないけど、なぜ?とか思うぜ。」
「そうか?」
ミロの疑問にもかかわらず、カミュはいっこうに気にかける様子はない。そもそもこの動画を見ていたのは、生のロシア語を聞きたかったからだ。テレビのロシア語講座よりも普通の会話を聞くほうが自然だし、好きなフィギュアスケートに関連した話ならますます興味が湧いてくる。
動画検索するとプーチン首相やメドジェーエフ大統領のスピーチも出てくるが、いささか政治的に過ぎるというものだ。
「で、なんて言ってるんだ?」
アイスリンクでインタビューに答えるプルシェンコ選手の後方ではロシアのジュニア選手が熱心にジャンプの練習に励んでいるのが見える。
「バンクーバーオリンピックの総評と自身の今後の予定だ。故障を抱えている膝の手術を受けるそうだ。お前が話し掛けたので後半が聞き取れなかったゆえ、もう一度見よう。」
そうして再びプルシェンコの顔が大写しになった。ユーザーのコメントを消しているので、画面はすっきりときれいで青い瞳が美しい。
「ひょっとして女性ファンへのサービスか?」
「サービス?なぜ?」
「俺はプルシェンコの瞳に興味はないが、女性ファンには受けるんじゃないのか? 『素敵〜!』 とか言って。」
「…さぁ?」
「考えてもみろよ。パソコン画面だからこんなに小さいが、これが大型テレビだったらかなりのインパクトだ。プルシェンコに興味があるファンだったらドキドキものだぜ。」
離れのテレビは52型の液晶だ。備え付けのテレビの小ささに音を上げたミロが私費で設置させてもらってからは満足のいく視聴が可能になった。
「そういうものか?そのあたりの心理はよくわからぬ。」
「それじゃあ、わからせてやるよ…」
「あっ…」
いきなり抱えられたかと思ったとたん、気がついたときには畳の上に横たえられていてミロの瞳を見上げていた。
「だめ!目をそらさないで俺を見て!」
頬を染めて顔をそむけようとするカミュをミロは許さない。やわらかく覆いかぶさり、両の手のひらで熱い頬を挟んで正面を向かせるとじっと見詰めたままでいる。
息を飲んで見上げるカミュが真摯な視線に耐え切れずに目を閉じた。
「どうして俺を見てくれない?こんなにお前を見てるのに。」
「ミロ…」

   きれいすぎて見られない……
   あまりにまっすぐで、なにもかも見透かされそうで…

「大丈夫だから俺を見て……お前が好きだ……お前の瞳にも俺を映してほしい。」
ささやかれてそっと目を開ければ、海よりも青い瞳にまっすぐに射抜かれる。身体に電流が流れたようで幸福感に酔いしれる。

   ミロ……

声もなく動いた唇がいとしい者の名前を紡ぐ。それだけで全てが伝わり心の底から分かり合えるこの充足をなんとしよう。
「愛しているよ…」
ミロの唇が降りてきた。 今度こそ青い瞳に吸い込まれそうな気がしてカミュは目を閉じる。
ロシア語が遠くに聞こえた。




            
オリンピック絡みの話です。
            ついに帝王プルシェンコ登場。

                  ロシアのインタビューの動画   ⇒ こちら