君の名はと たずねし人あり

                
「君の名は」 より     作詞 :菊田一夫

「アフロ! 下に新しい黄金の候補生が来るらしいぜ、見に行かないか!」

一週間ぶりに聖域に戻って来たばかりの私を呼びに来たのはデスマスクだ。 何度も注意しているのに、いきなりドアを開けて入ってくる困った癖は変わらない。私は小さい溜め息をつくと、彼のためにも紅茶を淹れてやった。
「それで、新しい候補生はどの宮に?」
「シュラが教えてくれたんだが、どうやら天蠍宮と宝瓶宮らしい。」
「宝瓶宮なら私のすぐ下だ、私たちと同年齢だといいのだけれど。」
たった十二人しかいない黄金聖闘士は、その存在のあまりの重さゆえに、交流の範囲が限られる。 教皇庁の人間は、私たちに礼を尽くすことと事務連絡しか頭にないし、白銀以下の聖闘士からも仰ぎ見られる立場なのが私たち黄金聖闘士だ。 むろん、雑兵などは論外で、黄金の歩いた後を恭しく拝むくらいが関の山なのだった。 向こうから話しかけてくることなどあったためしがない。
黄金聖闘士の中でも、サガとアイオロスは年長で指導的立場にあり 「付き合う」 という対象ではないし、天秤宮の老師は中国・五老峰に行ったきりでお会いしたこともない、はるかに年上のご老人なのだった。私たちを含む残る9人の黄金聖闘士はまだすべてが揃っているわけではないけれど、そのわずかな人数だけが、同格の立場にいる交流の輪の中にいた。
「さあ、紅茶も飲んだ、行こうぜ! おっと、今日のもうまかったよ♪」
とってつけたように紅茶を褒めるところだけは、学習能力があるようだ。

「あれじゃないのか、サガとアイオロスもいるぜ!」
なるほど、広場の中央に人が集まっている。 私たちが近付くと教皇庁の人間が恭しく道を開けた。
年長のサガとアイオロスがこちらに背を向けて誰かに話しかけており、 その顔の角度からすると、新来の聖闘士はまだ小さいように思われた。
「ああ、アフロディーテ、デスマスク、君達にも紹介しよう、新しい候補生が到着したところだ。」
振り向いたアイオロスの後ろから小さい姿がおずおずと顔を覗かせた。

   ほぅ………まだ小さいが、なんてきれいな子だろう……!
   もう一人も見事な金髪だ  どちらが水瓶座だ?

サガの後ろからひょいと顔を出した金髪の子は、大きな青い目を好奇心いっぱいで輝かせている。
私は遠慮せずにその子に近付いた。
「私は双魚宮のアフロディーテだ。 君の名は?」
「僕はミロ! ……あ…ミロです、天蠍宮の黄金聖闘士になるミロです。 まだ予定だけど。」
直立不動になったその子は頬を紅潮させて元気よく自己紹介をした。 まあ、最初はこんなものだろう、ちょっと、自分の最初のころを思い出す。
「で、君の名は?」
アイオロスの陰に半分隠れるようにしている黒髪の子はドキドキしたらしく、マントをつかんでいた手に力を込めた。
「はじめまして、アフロディーテ、カミュといいます……あの………アクエリアスの聖闘士になる…はずです。」
では、この子が私の隣人になるというわけだ。 おとなしそうだが上品な子のようで、私はほっとした。

    人間にとって、美についで大事なのは品格だからな
   この子なら、私の良き隣人になれるだろう

「アクエリアスというと、水を操れる?」
「うん……いえ、…はい、少しなら。」
その子は首筋まで真っ赤に染めて、小さな声で答えた。 初々しくて、なんとも可愛いものだ。 デスマスクが、出会った最初のときから傍若無人だったのとは大違いではないか。
「では、頼みがあるのだけれど、来年あたりには薔薇を栽培したいと思っているので、その水の管理を頼めるかな?」
「……え? 薔薇の水?」
まだ小さくて園芸にはうといのかもしれない。 まあいい、おいおい教えてゆけばすむことだ。
「だんだん、教えよう。 私の隣の宮に住むことになるのだからね、仲良くしよう。」
「はい。」
きちんと答えながら、その小さい手はまだアイオロスのマントを離してはいない。 そのうちに私の聖衣姿を見せて、美の本質に触れさせることにしよう。

「おい、アフロ! 二人とも俺たちより2歳下だそうだ。 ミロはギリシャ人で、そっちのカミュはフランス人だぜ。」
金髪のミロとしゃべっていたデスマスクが振り向いた。 ミロはすでにデスマスクと仲良くなったらしく、腕を引っ張って巨蟹宮を案内してもらいたがっているらしい。 デスマスクの美意識は私とは大きく異なるので、あまり勧められないのだが。
「二人とも仲良くなれそうだな。 いずれはミロもカミュも黄金聖衣を授かる身だ。 よろしく頼む。」
私たちの様子を見ていたサガは安心したらしく、二人を呼ぶと、アイオロスと一緒に今後の予定を説明し始めた。
それを機に、私とデスマスクは宮に戻ることにした。 ミロはにこにこ笑って手を振っており、カミュの方は頬を赤らめたまま小さく会釈をしてきたのが性格の違いを表していてなかなか面白いものだ。
「年下は年下なりに可愛いな。 ミロってやつはなかなか面白いぜ、ちょっと遊べそうだ♪」
シュラが真面目すぎるので毎日手持ち無沙汰だったデスマスクはにやにやとして嬉しそうなのだ。
「可愛いようでも黄金聖闘士になるのだから、妙なことは控えたほうがよい。 黄金には品格が求められるのだから。 よき黄金を育てるのは私たちの責任だ。」
念のために釘を刺す。 過去の経験からして、デスマスクがなにを思いつくか知れたものではないからだ。
「安心しろ、俺もそれほど馬鹿じゃない。 あいつの個性を見きわめて、よい方向に導けばいいんだろ?」
そうだ、私たちも幼いころからサガとアイオロスにそうやって育てられてきたのだ。 今度は、私たちも彼らの年上としてその役目の一端をになうことになる。
「俺、ミロの名前を考えた♪」
石段を登り始めたデスマスクの言葉に私は立ち止まる。
「名前? すでにあるではないか?」
おかしなことを言う奴だ、デスマスクという男は。
「あだ名だよ、愛称ってやつ。 マイミロン! ぴったりだと思わないか、あの元気者に。」
「マイミロン? それはまた……うむ、たしかに合っている。」
私はおかしくなった。 なるほど、それもいいだろう。
「では、私はカミュのを考えよう……クールカミュン、これでどうだ?」
「あ………アクエリアスだからか? なるほどな、アクエリアスならいずれは水だけでなく凍気も操れるようになるはずだ。 うん、いいじゃないか! マイミロンとクールカミュン♪ こりゃいい♪♪」
そんなことに打ち興じる私たちもまだまだ幼かったのだが、それに思い当たるのはもっと先のことになる。
その後、カミュの恥ずかしがりの性格がすっかり影をひそめ、笑顔のかけらも見せない究極のクールな聖闘士になることなど、このときの私には思いもよらぬことだった。 まったく人というのはわからないものだ。

「カミュこそ、アクエリアスの名にふさわしい。 この世に、あれほどクールな性格の人間はいないのではないか?」
「そのカミュが、あのミロとけっこう仲がいいってのが面白いじゃないか。」
「………やはり、付き合ってるのか?」
「さあ? 俺は知らんな。 蒼薔薇は届けてやったが、使い道については訊いたことがないからな。」
「不正直者め。」
「ああ、俺の頭には神は宿らないんだよ。」
にやりと笑ったデスマスクに紅茶を所望され私は立ち上がる。
「それにしても、二人とも長い休暇だ。 まだ帰ってこない。」
「好きにさせておけ、人間、生きているうちが花だからな。」
「まったくだ。」
アールグレイの香が立ち昇る。 私は胸いっぱいに香気を吸い込んでいった。




            
朝の日記から突然に書き始めた話です。
            初のデスアフロといえるのかどうか?
            1時間50分でできました、出勤前のいい作業を愉しむことができて幸せです。
            追記、あとで書き直すかもしれません、では、いってきます、出勤まであと20分!