なぜそんなことになってしまったのか、あとになって考えてみてもカミュにはわからないのだ。

  「ミロ……このごろ毎晩のように逢っているが、たまには休みの日があってもいいのではないか?」
  いつものように抱きしめられて、いつものように甘い口付けが与えられたあと、カミュがなにげなく言った言葉が発端だった。
  「え?………お前、それでいいのか?ほんっとうにいいのか?」
  「………え?」
  「今夜、抱かれたくないの?」
  「………そ、そんなはっきりと言わなくても……」
  「俺はお前を抱きたい! こういうことは give & take だぜ。 俺がそう言ったら、お前も言ってくれなきゃバランスがとれんだろうが。」
  「でも………私は…そんな……そんなこと…」
  「ねえ、カミュ……俺のこと、好き?」
  「あ……ミロ…」
  いっそう強く引き寄せられたカミュが小さく喘ぐ。
  「好きなら言って……抱かれたいって……」
  「ミロ……無理を言うな………私にはそんなことは……」
  「わかってる……無理なのは……でも、俺は聞きたいんだよ、お前の口から。」
  「………」
  「抱かれたい、って言って欲しい……抱いて、とせがんで欲しい………いけないか?」
  「ミロ………」
  「そうか…わかったよ……今までもそうだったし、これからもずっとそうだってことだ。俺がどんなに望んでも、ありえない。
   ………アクエリアスのカミュは私事でもクールに徹するってことを忘れてたよ。」
  一気に言ったミロが踵を返した。
  「あ……ミロ、………どこへ…」
  「決まってる、天蠍宮だ。自宮以外のどこへ行ける?」
  言葉少なに言ってミロが出て行き、後にはカミュが一人立ち尽くしていた。


      なぜ、それが言えない? ただ一言、抱かれたい、と言うのがそんなに恥ずかしいのか?
      この俺が望んでいるのに、なぜ言えない?

  ミロは自問する。
  長い石段を降りてゆくと麓から吹き上げてくる風が髪を乱し、いらただしいことこのうえない。

      俺の髪を乱すのはカミュだし、それをかき上げてくれるのもカミュなんだよ!
      俺はお前を抱きたいし、お前は俺に抱かれたいはずだ、そうじゃないのか?

  カミュの意思を100%尊重し、望まぬことなど強いたことはない。
  どんなときでも最上級のやさしさで接してきたことには自信があるミロである。
  しかし、ミロの密かに思うには、一般世間でいう 『 付き合い 』 とは、こんなものではないはずなのだ。
  想いの行き着くところまで、我を忘れて荒々しいことを強いることが多いのではないか………?

  ほんのわずかの伝聞からミロが類推したそれらのことをカミュが受け入れないことはすでにわかっており、それについて
  不満をいだいたことはない。 カミュの意思を尊重するミロとしては当然のことなのだ。

      しかし、だからこそ、俺はお前の言葉が欲しい!    
      なにも、教皇の間で叫べ、と言っている訳ではないのだ、二人だけのときに頬を染めてささやくことがなぜできない?

      言葉だって、いかにもやさしい
      「抱く」 のどこがいいけない?
      お前に合わせて、一番やさしげな言い方を選んだのはこの俺だ!
      お前にはわからないだろうが、この世にはもっと直接的な言い方がいくらでもあるのだ
      それを、お前が困らないように、拒む気持ちにならないように、この言葉を選んだのはこの俺だ!
      
      具体的な行動を求めようとは思わない  そんなことはお前には似つかわしくないことだから
      お前が頬を染め、心から満足してくれることが、いつでも俺の喜びだ
      でも………俺を喜ばせたいとは思わないのか?
      そのために何かしてみようとは思わないのか?
      カミュ……俺は難しいことを望んでいるか?
      たった一つの言葉を聞かせて欲しいということが、そんなに無理な要求なのか? 
      どうしてたった一つの言葉がもらえない?
      
  考え出せばきりがない。 終わりのない苦衷の中で、ミロは天蠍宮の重い扉を押し開けた。
  緻密な暗い空間がミロを包み、規則正しい足音が一人でいることを認識させる。

      カミュ………

  呟く声は言葉にならず、胸の中に虚ろに響いていった。



  カミュは、閉じられたドアを茫然と見つめていた。 こんなことは今までにあったためしがないのだ。
  そっと探ると、怒りと戸惑いを含んだ小宇宙が段々遠ざかっていくのがわかる。
  「ミロ……」
  名を呼ぶ声にむろん返事のあるはずもなく、気がつけば宝瓶宮の広い空間にただ一人でいたのだった。
  いつもならミロがいる。 いないとすれば、必ずやってくることが約束されていた。 ミロの存在は、意識する、しないに関わらず、
  常にカミュと共にあったのだ。

      私がミロを怒らせて……この宝瓶宮から去らせたのか…?
      私が……「抱いて…」 と言わないから?
      でも………ミロはよく知っているはずだ、私がそんなことを言えないことを
      抱かれて我を忘れているときにやっと一言くらい言えたりするのに、どうして普通の状況で言えるだろう?
      ほんとうは名をよぶことすら恥ずかしい……できることなら溜め息だけで押し通したい……
      口をきくゆとりさえないほどに、お前は私をいつくしんでくれるのだから
      お前は自然に言葉が出るのだろうけれど、私はそれこそ努力しなければ口をきけないほどお前に翻弄されてしまうのだ
      お前に与えられる感覚に忠実であればあるほど、私は言葉を失ってゆく

      でも、ミロはそれを望まない  ミロは私の言葉を求めている    
      それがわかっているから、なるべくたくさん 自分の想いを口にするようにしているのだ
      ………それではまだ足りないのか?
      普通の状況下で 「抱いて」 と言えと?

      ミロは知らないのだ………私にとってその言葉が何を意味するかを……
      その言葉を口にした瞬間に お前に抱かれている自分が目に浮かぶ
      すべての愛のかたちが眼前に露わにされ、されるがままの自分の姿を突きつけられるのだ
      どうしてそれに耐えられよう……否、私には目を閉じたくなるほどつらいのだ
      もしかしたら、お前はそんな私を思い浮かべることが愉しいのかもしれない
      それだけで酔えるのかもしれない
      でも、私は恥ずかしくてならなくて……それは苦痛に近いほどなのだ
      それでも言えと?
      秘められた想いを口にしたとき、それは私を呪縛し、身動きできなくしてしまう
      「抱いて」 と言った瞬間、羞恥で体がこわばってしまう
      口にするかわりに、抱擁して口付けて溜め息をつくのではいけないか?
      お前を見つめて抱きしめるのでは不足なのか?
 
      ミロ………ミロ………逢いたいのに……この腕でお前を確かめたいのに………
      お前がいない
      お前の匂いだけが私を包む
      こんなにも抱いて欲しいのに、たった一つの言葉が私を呪縛する

  一人だけの寝室は妙に空虚で、とても眠れたものではないのだ。
  来るはずのないミロの気配をあてもなく探りながら、カミュは闇を見つめていた。


  ミロが一人で飲むことはそうあるものではない。
  アルコールは誰かと一緒に飲むから楽しいのだと思っているし、それがカミュなら、ほんのり頬を染めていくのを鑑賞するという
  楽しみが加わってくることになる。
  しかし今夜のミロは飲みたくなったのだ。 戸棚の前でちょっと考えたあと、まだ開けたことのない瓶を手に取った。
  かなり前にデスマスクからもらったそれは、スコルピオウォッカ、ベルギー産のウォッカに無害の食用蠍を漬け込んだ代物で、
  受け取ったときはさすがのミロもギョッとしたものだ。
  いくらなんでもカミュと飲むわけにはいかないと、しまいこんだままになっていたのだが、今日のもやもやした気分には向いている
  のかもしれなかった。
  ベッドサイドに持っていき どさりと腰かけたときグラスを忘れたのに気付いたが、今さら立つのも面倒でそのまま飲むことにした。
  カミュの前では一度もしたことがないし、自分でもあまり格好のいいやりかたではないと思っているのだが、今夜の気分には
  合っている。

      かまうことはない、カミュが見てるわけじゃなし………
      ふっ………スコーピオンの俺がスコルピオを飲むんだから、誰にも文句は言えまい!

  半ばやけのような気になって、グッと一口飲んでみた。
  ウォッカのきつさに少しむせ、気のせいかほろ苦さも感じられるのだ。 続けて二口飲んでみたが、酔うどころかますます気が
  滅入ってきた。

      くそっ、なんだってこんなことに…!
      あんなことさえなければ今ごろカミュを抱いて……

  瓶をサイドテーブルに置き、ベッドに身を投出した。
  枕にはゆうべカミュの残した甘い髪の匂いが残っていて、ミロの胸をちくりとさせる。

      なぜ、俺は独りでここにいるんだ……?
      むろん、カミュが 「抱いて欲しい」 と言わなかったせいだ、だから俺が不愉快になって……

      ……どうしてそんなことで不愉快になったんだ?
      カミュが普通のときにそんなことを言う性格じゃないのは、とっくの昔にわかってるのに……
      聞きたければ、夢中にさせておいてからこちらが加減すれば、嬉しい台詞を言ってくれるじゃないか!
      それを俺はなんて言った??
      「アクエリアスのカミュは私事でもクールに徹する」
      そうだ、確かに俺はそう言った……まったくどうかしてる………そんなカミュじゃないのに…
      抱かれてるときのカミュは、このうえなく しなやかで つつましやかで 艶めいていて………
      昨夜だって、ここでカミュは俺に…

  思い出せばきりがない。
  途方もない自己嫌悪に襲われたミロが枕に顔を伏せようとしたときだ、長い髪の毛が一本見えているのに気が付いた。
  枕の下から引き出してみると、もちろんそれはカミュのもので、今朝がた別れるときに見落としたものらしかった。
  カミュはこうしたことには潔癖で、ミロの部屋を去るときには髪の毛一本残さない。
  たぶん格別丁寧に愛したせいで眠りも深く、明るくなる前に帰ることにしているカミュにはあまり時間がなかったのだろう。 
  「誰も来ないんだから、そう気にするなよ。」
  「いや、けじめはつけなければならぬ。」
  そう言いながら寝具をそれはそれはきれいに整えるのだ。 とはいっても、甘くやさしい残り香まではどうしようもないので、
  それが日中のミロの密かな楽しみになっているのは、カミュのいまだ知らぬことである。
  残されていたわずか一本の髪の毛を指に巻きつけてみると、まるで指環のようにも見えてくる。

      カミュと俺は、切っても切れない縁で結ばれているのになんと馬鹿なことを言ってしまったのだろう
      カミュ……傷ついたろうか……許してくれるだろうか……
      俺を愛してくれてるのは確かなことなのに愚かなことを言った
      今ごろどんな想いをしていることだろう……

  逢いたくて詫びたくて、居ても立ってもいられなくなったミロは天蠍宮を飛び出した。

      今すぐに逢いたい
      そしてすぐに抱きしめて口付けて やさしくやさしく包んでやろう
      でも……もしも………もしも扉に鍵がかかっていたら………

  自分からあんなことを言ってしまった手前、確かに逢えるというあてもなく、ミロの足どりは重くなる。
  見上げた空には数え切れぬほどの星がまたたき、その中で南の空にひときわ赤く耀くのはアンタレスなのだった。

      数ある星の中から、カミュは俺を選んでくれて そしてすべてを俺に許してくれて……
      
  「カミュ………」
  気付いたら、その名を呼んでいた。
  
                                     
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  思いあぐね、考え疲れてカミュはひとり溜め息をついた。
  ひとまず今夜は眠り、また明日 考えるつもりで目を閉じてみるのだが、かえって目が冴えてきてとても眠れるものではないのだ。
  いつも隣にミロがいることに慣れきっていたせいで、心も身体も独り寝の感覚を取り戻せないのかもしれなかった。

      私が悪いとは思えないが ミロを怒らせたのは事実だ
      今までにも何度も同じようなことをきかれて………それでもミロは笑って許してくれて………
      なのに今日は………

      「私事でもクールに徹する」 って………そうなのだろうか……
      そんなつもりはないのに  思っていることをミロに伝えたいと あんなに努力しているのに

      きっと 私が あまりにもものを言わないから………
      ミロが百の言葉を言ってくれても 私は一つくらいしか返せないから………
      だからミロは 私のことをクールだと思っていて なんにも感じていないと思っていて 冷たいと思っていて……!

      そうではないのに!
      私はこんなにミロを欲しているのに!
      いつもいつも 抱かれたいと思い続けているのに!
      ミロ……ミロ……!

  熱い涙があふれてやまず、カミュは嗚咽の声を押し殺した。 誰もいないことは、ミロのいないことはわかっていても、それでもなお
  忍び泣くことしかできないカミュなのだ。
  枕に顔を押し付ければミロの残り香がほのかに感じられ、いっそう切なさが増してくる。

      ミロしかいないのに………私にはミロしかいないのに…
      逢いたい…ミロに逢いたい………
      でも、ミロは怒っていて 私を冷たいと思っていて!
      ………逢いに行ったら許してくれるだろうか?
      もしも………もしも 「抱いて」 と言えたら、笑いかけてくれるだろうか?
      でも………扉に鍵がかかっていたら、それは私を拒否する証拠で…………そうしたらどうすればいい?

  寝もやらず転々としていると、高窓からの月の光が雲の切れ間から落ちてきた。
  鮮やかに照らし出された我が身が独りであることを思い知らされたカミュはいっそう淋しさをつのらせずにはいられない。

      ここにミロがいてくれたら、きっと…………

  「ミロ………」
  気付いたら、その名を呼んでいた。



  ほかの誰にも気付かれぬよう、ミロは小宇宙を最小限に抑えて石段を登り始めている。 時刻はもうとうに夜中を過ぎて、どの宮の
  気配もひそやかなものなのだ。 十二宮を動くものはミロの影だけで、夏の名残りを告げる虫の音があちこちで聞こえていた。

      俺があんな馬鹿なことさえ言わなければ、今ごろはカミュを抱いて幸せな気分でいただろうに
      あんなことを言ってしまって、きっと俺のことを冷たいと思っているに違いない………
      ともかく考え違いを詫びて そして許してもらえたなら……

  今は無人の人馬宮を抜けようとしたとき前方から白い人影がやってくるのが見えた。

      カミュ…!

  さきほどまで月にかかっていた群雲も風に吹かれて散り散りになり、さえぎるもののない銀の光がなつかしい姿をくまなく照らし出す。
  はっと目をこらしたとき吹き上げてくる風が艶やかな髪を散らし、思わず抑えようとしたその手のしなやかさにミロの胸は高鳴るのだ。
  ひとしきり吹いた夜風に裾を乱したカミュは急ぎ人馬宮にのがれ、柱の陰で息をつく。
  月の光の中から暗がりに入ってきたせいであたりがよく見えないらしく、小宇宙を抑えていたミロがいることには気付かないのだ。
  「ここを抜ければ…」
  つぶやくように言ったカミュが目を上げたとき、人影が見えた。

      あ…!

  「ここを抜ければ……なに?」
  音もなく近付いたその影が、そっとささやく。
  「ミロ……」
  「すまなかった……あんなことは言えないお前だとわかっているのに、馬鹿なことを言った……どうかしていたんだ……」
  背を流れる髪ごとそっと抱擁したミロが白い首筋から肩にかけて唇を落としてゆくと、小さな喘ぎが漏れた。
  「ミロ………私は…」
  「お前の心はとうの昔にわかっていたはずなのに……何も言わなくても、瞳の耀きが、唇の熱さが、頬の火照りがお前の思いを
   何よりも雄弁に俺に語りかけているのに…………」
  カミュの手がそっとミロの背に回され、柔らかい唇が金の流れに押し当てられた。
  「私こそ……お前の想いに応えられなくて……いつもなにも言えなくて……すまない……ミロ……」
  他宮であることをはばかってひそめた声が少し震え、ますますミロはいとしさをつのらせる。
  「今も………お前に会えて…嬉しくて………それであの……言ってみようと思うのだけれど…」
  
       ……え?

  ミロは聞き耳を立てた。
  「すまぬ………やはり…言えない……恥ずかしくて……」
  ミロの腕の中でうつむいたカミュは、たぶん真っ赤になっているのだろう、最初は冷たかった身体も今は熱く脈打っているのだった。
  
       それだけ言えば、言ったも同然なんだよ……カミュ…

  「気にするな……アクエリアスのカミュがこの腕の中にいてくれる。 そして、恥じらって、頬を染めて、頷いてくれる………
   それが俺にとってどれほど嬉しくて 素晴らしいことか!もう言葉はいらない。 お前の存在そのものが言葉なのだから。」 
  熱い口付けが花の唇に与えられ、常よりも長く続きそうな気配にカミュがわずかに違和感を感じたとき、
  「カミュ……愛してる…」
  短く言ったミロの手がさらに先を求めてきて、安心していだかれていたカミュをおおいに慌てさせた。
  「ミロ!……ここでは…!」
  「……ん〜………どうしてもだめ?♪」
  上目遣いの青い瞳がまぶしくて思わずカミュは目をそらす。
  「あ…当たり前だ…! 他宮で……しかも、今は無人だとはいえあのアイオロスの宮で……そ、そんなことっ!」
  「まあ、無理だろうとは思ったんだけど……でも、俺はアイオロスからお前を託されているんだぜ♪」
  「……え?」
  思わぬ言葉に、ミロを押しのけようとしていた手が止まる。
  「どういうことだ?」
  「お前が小さいときに海岸で膝に怪我したことがあったろう?あのあとで、アイオロスが俺に、カミュはまだギリシャの暮らしに
  慣れていないだろうから淋しいことがあるかもしれない、助けになってやってほしい、って頼まれたことがあるんだよ。」
  「アイオロスがそんなことを…」
  初めて聞く話にカミュは瞠目する。
  「で、小さかった俺は本気でお前を助けて守っていこうと思った。 もちろん言われなくても、そうしたろうが。」
  様子を見ながらそっと首筋に口付けてゆくと、今度はそれほどの抵抗はない。 白い喉元を見せて小さく喘ぐカミュが、一つ震えた。
  「でも………アイオロスは、ここまでとは思わなかったろうに……」
  「もちろんそうだ、でも、俺たちは真剣だし、誰に恥じることもない。 もう二十歳だし、ちょっと教えておこうと思ってさ♪」
  「教えるって……アイオロスに私たちのことを…か?」
  「ああ、そうだ。 俺が他の宮では一切お前に触れていないことは知っているだろう? そんなことをするのは今日が初めてだが、
  この人馬宮なら悪くはあるまい。」
  「ん………まあ、キスくらいなら……でも、それ以上は困る…」
  頬を染めているらしいカミュの声が小さくなり、つい、それ以上ってなに?と訊きたくなるミロだが、そこは理性でセーブする。
  「それならどこで……?」
  形のよい顎に指をかけ、そっと上向かせた。
  「あの………お前のところの方が……魔羯宮を通らなくてすむから…」
  想いが高じて内なる小宇宙を押さえ切れぬのを案じたのだろう、カミュにしては珍しいことだった。
  「わかったよ……カミュ…」
  甘い口付けが交わされ、先の予感がカミュを芯から酔わせていくのだ。
  「来て……朝まで、いや、許しを請うまで抱いてやろう♪」
  「そんな……」
  
  暗い通路を進みながらときどき口付けを交し、お互いを確かめた。
  「ねぇ、カミュ……」
  「……わかっている…」
  これでいいのだと、ミロは考える。
  この世には、言わなければならないことも多いが、言わなくてもいいこともあるのだと。
  人馬宮の闇に二人の小宇宙が溶けていった。






                 
ほんのわずかのことからミロ様に出て行かれて、残されたカミュ様は茫然…。
                 いつもなら、 「まあいい、お前には無理だからな♪」 と苦笑いして抱いてくれるのに、
                 今日はどうしたことでしょう?
                 もしかして誰かから、
                 「えっ? お前のところはそうじゃないのか?俺はせがまれるぜ、それがまたいいんだよ♪」
                 なんて余計な話を聞かされたとか?
                 それで、つい、カミュ様に言わなくてもいいことを言ってしまったミロ様、あ〜あ………。
                   (↑ 単なる憶測です、憶測!)
 
                 よそ様と比べてはいけません、比べたくなるのが人情ですが。
                 最高の人を手中にしているのですから、どうぞ大事にしてさしあげてくださいね。



  澄んだ水の底に沈んだコインは誰の願いだろう  気づいたら君の名前を呼んでいる
  あてのない夜は空を見上げて何を願うだろう  気づいたら君の名前を呼んでいる

                                     「コイン」 より    作詞作曲 : 山崎まさよし