清水へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき   与謝野晶子

春の京都は美しい。
清水から北へ、東山三十六峰を右に見ながら八坂の塔、圓徳院、八坂神社を通って青蓮院まで足を伸ばせば、寺の築地越しに早咲きの桜が道行く人を楽しませてくれる。
ことに朧月夜の今宵は、雨上がりの石畳のそこここに置かれた行灯のほのかな灯りが昼の喧騒に疲れた目にはやさしく映るのだ。

「きれいだな! 来てよかったぜ、そうは思わないか?」
「京の花灯路 ( はなとうろ ) は3月21日までの十日間だけの行事だ。 京焼・清水焼、京銘竹、北山杉磨丸太、京石工芸、金属工芸の5種類の露地行灯約2,400基が道筋に設置され、このような美しい情景を作り出す。 濡れた石畳に灯りが映り、雨上がりならではの幻想的な美しさといえよう。」
夜の暗さが好ましく、宿を立ち出でた二人のそぞろ歩きはいつしか人々の波からそれて裏小路に入り込んでいた。
そのあたりの町屋の軒先にも風雅な一輪挿しが掛けられ、春の花が生けられているのはさすがに古都の趣きである。
「あ、この桜は見事だな♪」
立ち止まったミロが見上げている桜は、それまでに見かけた三分咲きほどの桜とは種類が違うのだろうか、三月というのに満開で、夜の中で一人春爛漫のあでやかさであった。
「これはまた、気の早い!」
低い枝に手を差し伸べて花を見るカミュはやさしい笑みを浮かべていて、そのなにげない仕草が、見ているミロには嬉しくてならないのだ。
「桜とお前と………ふふふ、妍を競ってるぜ。」
「え……」
「もちろん、お前の勝ちだけど♪」
誰もいないのをみすましてカミュを引き寄せれば、甘く匂いやかな髪がミロの心を魅了する。
「お前は、知らぬのか?」
「え? なにを?」
「私のことばかり言ってくれるが、ミロ……お前も……」
「俺が……なに?」
「お前も美しい……私はいつもそう思っている………」
思わぬ言葉に赤くなったミロが一瞬答えを探しているあいだに、カミュは早くも歩き出している。
「待てよ、カミュ……そんな台詞、初めて聞いたぜ?」
「人が来る……二度とは云わぬ。」
向かってゆく辻の先には、柔らかな行灯の灯りの列が見えている。
足早に産寧坂の方に戻っていくカミュに追いついたミロがくすりと笑い、ささやいた。
「ううん、あとで必ず聞かせてもらう。 俺の手腕で、言わせずにはおくものか♪」
「あ、あそこにも桜が……!」
どうやら聞こえぬ振りを決め込んだらしいカミュが指差す先にも、春爛漫の桜が見えるのだ。

   桜は年に一度の春を謳歌するが、お前には夜毎に春が訪れる
   たった一つの灯りでも、お前を照らすには十分だ♪

通る人が、みな嬉しげに立ち止まり、見上げる桜は美しく、都の春は今まさに盛りを迎えようとしていた。




                    例の如く、この壁紙が出たので、あわせて書いた話です。
 
                        朧月夜の京の夜
                        そぞろ歩きのお二人の
                        たがひに見交はす まなざしは
                        花も恥らふ 艶模様

                    常磐津かい?
                    ちょいと、誰か三味線 持ってきとくれな♪

                    ※ 「京都・花灯路」 ⇒ こちら