この道はいつか来た道  ああ そうだよ お母さんと馬車で行ったよ

                                                作詞 : 北原白秋   作曲 : 山田耕筰


「ちょっと付き合ってくれないか。」
「付き合うとは、どこへ?」
「いいことを思い付いたんでね。 行き先は着いてからのお楽しみだ。、ちなみに期間は1週間ほど。」
「一週間も?」
「ああ、最高の休日にしてやるよ。」


こうして二人がやってきたのは南仏・マルセイユの海岸だ。 五月の風が潮の香りを運ぶ。
「どう? 覚えてる?」
「……いや、この港についてはほとんど記憶にない。」
「じゃぁ、あのイフ城は?」
「残念だが。 もっともその後、モンテ・クリスト伯は読んでいる。」
「俺も読んだよ、宝瓶宮の書棚にあったんで、たしかお前より先に読んだんじゃないかな?」
そんなことを話しながら近づいて行ったのは、そびえるような高さの白い豪華客船だ。
「あの時は子供だったから大きく見えたのだと思っていたが、実際にこれほど大きかったとは!」
「海面からの高さは72メートル、これは23階建てのビルに相当する。 もっとも、ビルの高さを引き合いに出されても俺たちにはあまり縁がないが。」
乗船客用のタラップでは係員がチケットをあらためている。 ミロが見せたチケットに目を走らせた係員が最敬礼をし、ポーターを呼ぶと荷物を船室に運ぶように指示をした。 マルセイユから乗り込む客は少なくて、他には数組があとに続いているだけだ。

「どうかな? ここがロイヤルスイートだが。」
「………おそらく同じだと思う。 ぼんやりした印象しか残ってないが、窓の位置、家具などに違和感がない。 それに………」
カミュが浴室のドアを開けた。
「ああ、そうだ! 同じ浴槽だと思う。 私はこの白と水色の浴室がたいそう好きだったのだ………」
「この船のロイヤルスイートは10室ある。 左舷の5室のうちのどれがそうだったかはわからないが、ここまで特定できれば上出来だと思うぜ。」
「うむ、ありがとう、ミロ。」
「これでアイオロスがいれば、言うことはないんだが。」
「それは、やむを得ぬ……」
アイオロスに手を引かれてフランスからギリシャに向った頃のことを思い出して感慨に浸っている姿を見ながら、ミロはカミュを連れて来てよかったと思うのだ。

カミュがアイオロスに連れられてギリシャに来るときに 「 大きくて立派な船に何日も乗ってきた 」 ことを知ったミロは、ついにその船を突き止めた。
ミロが探し始めたときには船の乗客名簿は保管期間をとっくに過ぎて破棄されていたし、教皇庁にはなんの記録も残ってはいなかった。 カミュの記憶も幼い時だったのでさすがにあやふやだ。
「ふうん………さすがのお前も、そのあたりの記憶は曖昧なんだな。 船名も覚えてないか。」
「しかたあるまい。 あの当時は海も船も初めての経験で驚くことばかりだったし、すべての手続きはアイオロスがしてくれたので、小さい私はそのあとについてゆけばよかったのだから。 それにしても、今更そんなことを聞いてどうするのだ?」
「うん、ちょっとね♪」
これは無理かな………とあきらめかけていたミロの目の前をサガが横切った。

   まてよ、もしかしたら………!

予想は当たった。 当時、アイオロスと手を携えて幼い者たちの教育の任に当たっていたサガは詳しい事情を覚えており、カミュが乗ってきた船名も即答してくれたのだ。
「船室のクラスはロイヤルスイートだ。 マルセイユからピレウスまでの五泊六日だったはずだ。」
「ロイヤルスイートって………カミュは立派な部屋だった、としか言ってなかったが、ずいぶんと豪勢だな。」
「生まれて初めて国を出て見たことも聞いたこともないギリシャまで連れてこられる子供に少しはよい思いをさせてやろうと思ってね。 アイオロスもそのときにはすでにほかの黄金の候補生の訓練に明け暮れており、その慰労の意味もあった。」
「俺なんか、あっという間に聖域に連れてこられてちっとも特別なことはなかったが?」
サガに連れられて村のはずれから聖域に一気にテレポートしたという記憶のあるミロが、カミュの豪華旅行との差にちょっと嫉妬しながらそう言うと、
「トラキアから聖域までは列車で半日もかからない。 それに君は列車には何度も乗ったことがあり、別に目新しくはなかったはずだ。 それに、アイオロスがカミュを迎えに行って聖域を留守にしている同じ時期に私までいなくなるのは望ましくない。 そこで君を連れてくるのに時間をかけることはできなかったのだ。 残念なら、今から私と一週間ほどエーゲ海のクルーズでもするかね?」
「いや、それは遠慮する。」
苦笑いしたミロである。

乗船して初めての昼食の席についていたときだ。 四十歳前後のウェイターが二人のテーブルにやってきた。
「あの、恐れ入りますが、お客様は以前この船にお乗りになられたことがおありでしょうか?」
「……え?」
「まことに失礼とは存じますが、わたくしどもの中で何人もがお客様のお名前を存じ上げておりまして。」
「それは確かに15年ほど前に乗ったことがありますが。」
カミュが答えるとウェイターの顔が輝いた。
「ああ、やっぱり! あの時の お小さかったカミュ様でいらっしゃいますね!もう一度お目にかかれて光栄です!」
満面に笑みを浮かべたウェイターが下がっていった。 思いがけない邂逅に驚くカミュの横で聞いていたミロにはフランス語の会話がさっぱりわからない。
「おい、なんだって?」
「信じられないことだが、15年前にこの船に乗った私のことを覚えているというのだ!」
「なにっ、そのときのスタッフがまだ残っているのか?」
さあ、それからだ。 そのレストランで古くから働いているというスタッフが入れ替わり立ち代りやってきて、嬉しそうにしながらサービスにこれ努め、カミュに挨拶をして懐かしそうにする。 年配の者は、「 あの時はあんなにお小さかったのに、こんなに立派になられて……」 と惚れ惚れとカミュを見つめて赤面させた。
「いや、あの………あの頃はいろいろとお世話になりました。」
「たしかカミュ様はフルーツがお好きでいらっしゃいましたよね。」
「ええと……」
「わたくしはプールサイドで何度もジェラートをお持ちしてお喜びいただいたことを昨日のことのように覚えております。」
そんなふうに何人ものスタッフが、礼を失しない程度に記憶の中にまざまざと生きているらしい昔の小さかったころのカミュのことを話し始めて、隣にいるミロにはおかしくてならないのだ。
「おい、なんて言ってるのか俺にも教えろよ! 自分だけの秘密にするなよ!」
「いや、それが、昔の私はフルーツやジェラートが好きだったらしくて……」
「食べ物の話だけか?」
「ええと、プールで泳いだこととか………」
「なにっ、プール?!」
こうしてミロは、カミュの初めての水泳がこの船のプールで行なわれたことを知ったのだった。
「ふうん……ギリシャの海が初めてだと思ってた。」
「私もすっかり忘れていたが、そういえばアイオロスに泳ぎを教えてもらったのだった。」

   するとなにか?
   アイオロスはこの船でカミュとプールに入って、風呂に入って、一緒に寝て………!
   俺にいわせればとんでもない贅沢だが………いや、アイオロスはそんなことは思わなかったろうな……

ミロがいろいろと気を回していると、最初に話しかけてきたウェイターがコーヒーを持ってきた。
カップを置いたあと、少しためらってから、
「あの時にご一緒でいらっしゃいましたアイオロス様はお元気でしょうか?」
とカミュに尋ねたものだ。
「アイオロスは仕事で来られなくて、とても残念がっていました。 今回は友人のミロと来たのです。」
「そうですか。 では、どうぞまたの機会に、とお伝えくださいませ。 お二人のことは今も忘れてはおりません。」
丁寧にそう言って下がっていった。
「アイオロスのことを聞かれたのか?」
「うむ……仕事で来られないと答えておいた。」
「……そうだな……それがいいだろう。」
ミロの胸に小さいころに別れたアイオロスの思い出が去来する。 ミロのイメージでは、サガは理性的で大人びており、アイオロスは暖かい人柄で親しみやすいという印象だった。
「この船でアイオロスと過ごしたお前はどんな子供だったんだろうな? できるものなら時計を巻き戻して見てみたいね。」
「それは無理な相談だ。 ミロも聖域についてからの私のことはよく覚えているだろうに。」
「聖域じゃ、だめなんだよ。 フランス語しか話せないのにギリシャ語の渦の中に叩き込まれたお前は緊張しまくってたからな。 あんまり笑わなかったし、人の輪にもなかなか入ってこなかったじゃないか。 本来のお前はあんな子供ではなかったはずだ。」
「さて、そう言われても……」
「まあいいさ、お前のことを覚えているスタッフが何人もいるのがわかったんだから、そのうちに話を聞こう。 いい子だったとか、いたずらで手を焼いたとか、なにか面白い話が聞けるだろうよ。」
朝食を終えてレストランを出ると二人の足は上のデッキのプールへと向う。 初夏の日差しあふれるプールは青い水がきらめいて、早くおいでと誘っているようだ。
「ここで泳いだのか?」
「どうもそうらしい。 泳いだことは覚えているがはっきりとした記憶はない。」
「俺も泳いだのは海ばかりで、プールで泳いだことはない。 一緒に泳げたらいいんだが、お前に日焼けはご法度だ。」
「日焼けが心配なら室内プールもあるが。」
「う〜〜ん、日焼けの問題はクリアしても、お前に視線が集まるのは俺としては看過しがたい。 といって、俺だけが泳いで、ご婦人方の視線を集めるというのも問題があるな。」
「考えすぎではないのか?」
「お前は世間の女ってものを知らないんだよ、俺の思うに……」
ミロがそこまで言ったとき、先ほどのウェイターがもう一人の初老のスタッフを連れてやってきた。風采のよい紳士でいかにも訓練の行き届いた執事のように見える。
「ああ、これはカミュ様! あんなにお小さかったのに、すっかり大人におなりになって! 」
「……おい、今度はなんて言ってる? 誰か一人くらいギリシャ語を話せる人間はいないのか?」
すると、ミロのぼやきが聞こえたらしい。
「ギリシャ語でしたら、わたくしが話せますが。」
「えっ!」
「わたくしはギリシャ出身でございます。 カミュ様、覚えておられますか? モレル様のお部屋でカクテルパーティーをいたしましたときに御用をさせていただいたバトラーは、わたくしでございます。」
「……え? モレル………」
「お忘れでいらっしゃいますか? そうですね……モレル様は猫を飼っておられましたが。」
「猫?………あっ!」
カミュの顔が輝いた。 急に昔のことを思い出したのだ。
「そうだ! たしかに猫がいた! ふわふわとした可愛い猫だ!」
「たいそう可愛がっておいででしたよ、モレル様のベッドの上で猫と一緒にお休みになっておられたのをよく覚えております。」
「私が猫と一緒に?」
「さようでございます。 たいそうお可愛くていらっしゃいまして、お起こしするには忍びなくて。」
さあ、ミロにはこの話が面白くてたまらない。
「せっかくギリシャ語ができるんだし、もっと詳しく聞きたいんだが時間はあるのかな?」
バトラーに予定を尋ねると、これから忙しくなるが午後三時からは時間が取れるという。 
「それじゃ、そのときに部屋に来てもらえると嬉しいんだが。」
「喜んでお伺いいたします。 ではのちほどお目にかかります。」
丁重に会釈したバトラーが去っていった。
「おい、猫と一緒に眠るお前っていうのはなんともいえない風情だね! ギリシャ語のわかる人間がいてありがたい♪」

   昔のことを知っている人間がずいぶんたくさんいるじゃないか!
   カミュをこの船に乗せた甲斐があるというものだ  これでアイオロスがいれば申し分ないんだが……

五月の地中海を渡る風が爽やかで、一点の曇りもない空の青と海の蒼、そして白い雲が目に眩しい。
十五年前のアイオロスとカミュが人目を惹いたのと同じく、やはりこの船にも熟年の富裕層があふれていて、飛び抜けて若いミロとカミュに船客の視線が集まっているのだが、当の本人たちにはその意識はない。 通り過ぎた背中に熟年のご婦人方の熱い視線が投げかけられていることなど、まったく気付かないのだ。
「それにしても贅沢な船だ。 俺なんか、サガに手を掴まれていきなり聖域にテレポートだぜ!お前のは大名旅行じゃないか、カミュ様と呼ばれて上げ膳据え膳だ。」
「私のせいではないが。 なんなら今からでもサガと一緒にマルセイユから乗りなおすか?」
「どうしてそうも発想が似るかなぁ?」
「え? なにが?」
「まあいい、俺は今のお前と一緒にいられるから満足だよ。 俺がお前の猫になってやってもいいぜ♪」
カミュが頬を赤らめた。

3時に部屋を訪れたバトラーはいろいろな思い出話を披露して、カミュを絶句させミロをおおいに喜ばせた。
「ええ、カミュ様はアイオロスさまととても仲がよろしくて、よく抱かれておいでになりましたよ。 お食事時には給仕の者がお二人の係りになろうと陰で競っていたそうでございます。」
「カミュ様はお小さいにもかかわらずたいそうお行儀がよろしくて、さようでございますね、わたくしどもはフォントルロイ様のようだと噂したものでございます、ええ、さようで。 あの小公子のフォントルロイ様でございます。」
「モレル様ご夫妻はたいそうカミュ様をお可愛がりになりまして、お部屋でこっそり飼っておいでの猫とお遊びになるお姿に目を細めていらっしゃいました。」
そして、バトラーが持ってきた写真帳が二人を驚かせた。
「あっ、………これはたしかに私だ!」
「おいっ、ものすごく可愛いじゃないか! この猫を抱いてる写真なんか、まるで天使だな!」
この船の勤務が長いバトラーは過去の船客との写真をいろいろと保存しており、その中の数枚にはカミュが写っていた。
すこし古びた写真の中で髪がやや長くて目の青い子供がにこにこと笑っている。 まだ聖域の苦労を知らぬ幼いカミュの素直な笑顔がミロの目を奪った。
「う〜ん、ほんとに来てよかったな! 小さいころのお前の写真が残っているとは思わなかった。」
「………たしかどこかで見たような気が……」
「見たもなにも………自分のことだから違和感がないんだろう?」
二人で話し合っているとバトラーが首をかしげた。
「カミュ様はもっとたくさんの写真をお持ちになっておられるはずですが?」
「……え?」
「モレルの奥様は、カミュ様への贈り物にすると仰いまして写真をたくさんお撮りになり、このわたくしが現像に出しましたのでよく覚えております。 奥様はそれを小さなアルバムにまとめられてカミュ様にお渡しなされたように聞いております。 お持ちではございませんでしょうか?」
「え?………あっ!」
カミュが真っ赤になった。
「たしかに………そういえば、たしかに小さいアルバムを持っていた!子供のころはよく見ていたが、その後ずっと取り出さぬままになり、あの……」
声が小さくなった。 大事なものをもらっておいて、その後 忘れていたことを恥じたのだ。
「仕事が忙しかったから仕方ないさ。 そのかわり帰ったら見せてもらおうかな。」

   おいおい、そんなものの存在を忘れるなよ!
   いくら黄金になって弟子の育成で何年もシベリアに籠もりっきりだったからといって、忘れすぎだぜ

「ところで、こんなことがありましたのを覚えておいでですか? アイオロス様が勇敢にも…」
カミュのきまりわるさを気の毒に思ったらしいバトラーがアイオロスの英雄的人命救助の話を始め、その場はおおいに盛り上がった。
「ほぅ、そんなことがあったとはね!」
「そういえば、なにか騒ぎがあったような気が…」
「いくら小さかったからっていっても、もっとよく覚えてろよ、いい話じゃないか!」
「カミュ様はとてもご心配なさいまして、モレルの奥様とご一緒にデッキから暗い海をじっと見ておられました。 アイオロス様がお部屋に戻ってこられたあとはお手をぎゅっと握ってお離しになりませんでした。 キャプテン以下クルー一同もたいへんに感謝いたしまして、アイオロス様のことはこの船では語り草になっております。」
「ふうん……」
聖域ではもはや誰一人知るものもないアイオロスの無償の行為がバトラーの口から語られて二人の胸を打つ。 おそらく聖域に帰ってからは、そのようなことはサガにも一言も言うことなく幼い者の教育に寝食を忘れて打ち込んだに違いない。 アイオロスとはそういう人物だったのだ。
「モレル様ご夫妻もあれから何度かこの船にお乗りになって、そのたびにお二人のことを懐かしくお話しなさったものでございますよ。」
バトラーのアルバムにはカミュと一緒にモレル夫妻も写っており、いかにカミュが可愛がられていたか、三人の様子を見ればよくわかるのだ。 カミュとは長い付き合いのミロといえども、こんなに子供らしく笑うカミュを見たことがない。 やわらかい眼差しで写真に見入るカミュはなにを考えているのだろう。
バトラーが辞したあとのカミュは黙りがちで、ミロもあえて声を掛けることはしないでおいた。

ディナーの席では手の空いたクルーがかわるがわるやっては、それぞれが覚えていた小さいカミュの思い出を語り握手を求めていった。
「人気者じゃないか。」
「人気といっても、当時も今も小さい子供が乗るような船ではないから記憶に残るのだろう。」
「いや、それだけじゃないね。 お前がたぐい稀なる可愛さだったからみんなの心に残ったのさ。 素直に認めろよ。」
食後の散歩に展望デッキに来てみるとすでに暗くなった夜空には満天の星が光る。
「俺はアイオロスのことを忘れない。 知ってるか? 人は二度死ぬってことを。」
「二度とは?」
「一度目は肉体的に死ぬとき。 そして、その人を知る者が誰もいなくなったときに二度目のほんとうの死を迎えるのだそうだ。 だから俺はアイオロスのことをいつまでも思い返そうと思う。 けっして忘れてはならない。」
「うむ。」
言葉少なに頷いたカミュの長い髪を夜風が乱す。 小さかったカミュの手を引くアイオロスの姿が見えるような気がした。

「ここではお前を抱かないからな。」
「……え?」
ベッドに入るとき突然ミロがそう言った。
「この船に乗ったのはお前とアイオロスの旅の軌跡を辿るためだ。 幸いなことに、お前の小さかったときのことを知ることもできた。 アイオロスの記憶が残るこの船でお前を抱くわけにはいかない。 ここは思い出の場所なんだよ。」
「ん………私もそう思う。」
「そのかわり、猫みたいにお前のそばで寝てやるよ。 時々は撫でてくれてもいいぜ、なにしろ猫だからな。」
くすくす笑ったミロが白い額にひとつキスをした。


こうしてマルセイユを出た船は当時のカミュの記憶をなぞるように地中海を進み、フィレンツェではドゥオモやダビデ像が、ローマではコロッセオや真実の口がカミュに懐旧の情を起こさせた。
「面白いものだな。 あの頃の小さかった私はこんなに大きくなったというのに、街の様子は記憶の中にあるものと少しも変わっていないとは。」
「それはそうさ。 二千年も前からここにある建造物に比べれば、お前がここを訪ねた15年前なんてほんのまたたきする間のことだ。 ダビデ像なんか、あの子はこの前 私の足元をちょろちょろ動き回っていた子だ、なんて思ってるぜ、きっと!」
「そうかもしれぬ。」
「そうだよ、きっと!」
なにも知らなかったカミュにいろいろなことを教えてくれた人はもういない。 そのかわりに今はミロがいてくれることを思いながらカミュは海を渡っていった。




          
言葉がわからなくて殻に閉じこもりがちだった小さい子供というのがカミュ様の第一印象だったはず。
          でもこの船には、ミロ様が今まで知らなかった普通の子供のカミュ様の思い出がありました。
          今は亡きアイオロスの記憶はいつまでも忘れられることはありません。

          これで 「赤い靴」 「青い眼の人形」 「この道」 という一連の流れは完成です。
          古い童謡でまとめられたことを嬉しく思います。