「デスマスク、ミロの様子がおかしいっ!すぐ来てくれぬか!」

   三時間しか寝ていない俺の耳にカミュの声が飛び込んできた。
   いったいなんだっていうんだ? そりゃ、確かに 「なにかあったら叩き起こしてくれ」 とは言ったが、まさかほんとに来るとは
   思わなかったぜ。
   時計を見るとまだ6時だ。昨日の夕方に天蠍宮を出た俺はすぐにベッドにもぐりこむつもりだったのだが、帰る途中でふと
   シャカに「精神攻撃を避けるコツ」 を聞いたのが間違いだった。 ふっと薄い笑いを浮かべたシャカは俺を処女宮に引き込
   むと、それから延々6時間も説教、ではなく講義をしてくれて、やっと満足したらしく夜中過ぎに俺を解放してくれたのだ。
   要領のいいムウは、引き込まれる俺を横目に見ながら、「私は聖衣の修復がありますので」 と平気で言って白羊宮へ降り
   ていきやがった!
   くそっ、俺一人でシャカの説教6時間だぞっ! すこしでも姿勢を崩したり眠気を起こそうものなら、「いったい君は聞く気が
   あるのかね? 教えてくれと言ったのは君だったと思うのだが。」 と冷徹極まりない声で言うのだ、 逃げられるわけがない。
   恐怖で金縛りになるというのは、ああいうことをいうんだな。 敵よりもシャカの精神攻撃のほうがよっぽど恐ろしい、と俺は思う。

   ともかくやっとの思いで解放されると、自分の宮に帰った俺はとてもすぐに寝る気にはなれなくて、ちょっとばかり寝酒をやった。
   なにしろ目の前に、目を閉じたシャカの顔がちらついて、まるでやつの天空覇邪魑魅魍魎かなんかを浴びている気がするのだ
   からな。
   いや、むろん俺はそんなものを喰らったことはない、まだ死にたくはないからな。 しかし、6時間もシャカの顔を見つめ続けて
   いれば、その半分くらいの効果は確かにあるに違いない。

   で、カミュだが、おれの寝室のドアをいきなり開けてずかずかとベッドの側まで来ると、まだ朦朧としている俺の肩を揺さぶり冒頭
   の台詞を言ったというわけだ。
   「…あぁ?ミロがなんだって??」
   事態がすぐにはつかめずにぼ〜っとしている俺には、なんのことだかわからない。
   「ミロが……!ひどく熱が出て、意識がない!脈拍・呼吸数も速く、普通とは思えないのだ!」
   はて? 昨日別れたときは、ミロは小宇宙が乱れているだけで、肉体的にはなんてことなかったはずなんだが? まあ、聖域に戻っ
   てきてからは一睡もしていなかったので、疲れてはいたと思うんだが。
   俺はカミュにせかされながら服を着込んで、天蠍宮へと出向いた。青ざめたカミュは早足を要求するのだが、こっちだって睡眠不足
   の上に酒が残り、あまつさえシャカの顔がちらついているのだ。そんなに活発に動く気はない。
   「じゃあ、ミロはあれから寝てないんだな。」
   「いや、あのあと十分ほどで眠りについた。」
   「……え? で、何時間眠ったんだ?」
   「私より先に目を覚ましていたようだが、12時間は寝たと思われる。」
   俺は首をかしげた。 いくらなんでも、それだけ寝れば十分じゃないのか?
   「夜中に具合が悪そうな気配はあったか?」
   「いや、私はミロが心配だったのでしばしば目を覚ましていたのだが、ミロは熟睡していたようだ。」
   それで、なんで朝になってから体調が悪くならなきゃいけないんだ??
   「ふうん……お前、ミロにどんなことをした?」
   「寝たほうがいい、と言ったら素直に従ってくれたので、ベッドに押し込み、手を握ってやっていた。」
   「手を握った??……ふうん……それから?」
   「朝になってミロを見たら顔が赤かったので額に手を当てて様子を見て、そのあと朝食の用意をしに行って、戻ってみるとベッドに倒れ
   ていて顔が真っ赤なのだ。驚いて抱き起こしたらそのまま気を失ってしまった。 ミロはいったいどうしたのだろう?」

      ふうん……額に手を当てて、抱き起こしたのか?お前が?
      それだな、原因は。
      そりゃ、心拍数も上がるだろうさ……
      やれやれ、そんなことで俺が起こされたのか

   見ると、カミュは本当に心配そうで、眉を寄せている。 自分が原因だとはわかってないんだから、手のつけようがないが。

   ミロの部屋に入ってみると、なるほど赤い顔で目を閉じたミロが寝かされている。
   「おい、ミロ!大丈夫か?」
   カミュをドアの近くに待たせておいてミロを揺すぶると、
   「……あれ? デスマスク……どうしてここに?」
   なんのこともなく目を開けたミロがきょとんとした顔で俺を見る。赤かったはずの顔色がみるみるうちに元に戻っていくのは、論理的とい
   うんだろうか?
   「どうしてもこうしても……お前の様子がおかしいっていうんで、カミュが俺を呼びに来たんだよ。」
   「……え?」
   「え?じゃないぜ、いい加減にしてほしいぜ、まったく!」
   俺はカミュに聞こえないように声をひそめた。
   「いいか、飯を作ってもらおうと、熱を測ってもらおうと、お前らの勝手だが、そんなことくらいでいちいちぶっ倒れたり、深窓のご令嬢
   みたいに頬を赤らめるのはもうやめてくれ、迷惑でかなわん!」
   「え?」
   「そのたんびにカミュが俺のところに急を告げにくるようになっちゃ、迷惑だって言ってるんだよ。いいか、お前の相談に乗ってやっても
   いいが、周りにわかるような真似はするな。だいたい、気絶だの赤面だのは女がすることだぜ、そんなものを男の前でするなよな、まあ、
   今回、体調が悪かったのは事実だが、これからは気をつけろ、分かったな。」
   噛んで含めるようにそう言うと、ミロも朧げながらやっと事情が飲み込めたらしく、こくこくと頷いた。
   「もう大丈夫だぜ、カミュ。 ちょっと任務の疲れが出ただけらしい。もう熱も下がったようだ。うまいものでも食ったら、元気になるだろうよ。」
   「すまない、デスマスク、足労をかけた。」
   「なあに、かまわんさ、長い付き合いだからな。」
   ごそごそと起き出したミロに
   「さあ、シャワーでも浴びて飯を食ったら元気が出るってもんだ。もう熱を出すんじゃないぜ♪」
   そう声をかけておいてから、俺は足りない睡眠をとるためにさっさと戻ることにした。

   それにしても、これからカミュが戻って来るたびにあんなことが起こるような気がする。
   ミロにいくら言っても、「ミロが熱を上げる⇒赤面する⇒カミュが額に手を当てる⇒のぼせて倒れる⇒俺を呼びに来る」 この図式は変わら
   んからな。
   これは一刻も早くあいつらをくっつけるのが一番の早道だが、カミュがああもこの道にうといんでは、いつのことになるかわからんな。
   俺は、溜め息をつきつき巨蟹宮へと戻りベッドにもぐりこんだ。

   それから一時間後、
   「デスマスク、すぐに来てくれ!」
   カミュの声が巨蟹宮に響き渡ったのだった。






                                    前作 「聖女たちのララバイ」 が面白かったので、
                                            「デスマスクの自主制作」 として掲示板に現れたものです。
                                            デスが一人称で語るというのは初めてでしたがなかなか愉快!
                                            シャカもムウ様も、個性的な人で描いてて楽しいし♪
 
                                            デスマスクの話は、次の作品に続きます。