光の中で見えないものが 闇の中に浮かんで見える
  まっくら森の闇の中では 昨日は明日 まっくらクライクライ

                                        作詞作曲 : 谷山浩子 

ミロの発想には驚かされることが多い。
私の思いもつかぬことを次から次へとやってのけるのには、驚きを通り越してあきれるばかりだ。
月も中天にさしかかろうというころ、馴染みの小宇宙が近付いてきた。

   こんな時刻に‥‥‥

私は時計に目をやった。
その短針の角度が、私に一つの考えを浮かばせる。
特別な日の始まりだ、ミロが最初に口に出したことを、なんでもきいてやろうではないか。
これは一つの賭けといえるだろう、
ワインが飲みたい、と言うかもしれぬが、もっとほかの、私が困るようなことをいうかもしれぬからな、たとえば去年のように‥‥‥‥。

ミロが部屋に入ってきた。

                      ◆◆◆

自宮に帰っていったはずのミロが再びやってきたのは、もう夜半を過ぎていた。
青い目が妙にきらめいて見えるのは、なにかまた思い付いたに違いないのだが。
「カミュ、お前に見せたいものがある」
「何をだ?」
形のよい眉を少し上げて尋ねるカミュに返答を与えず、ミロは夜の森へとカミュをいざなった。
満月にはまだ幾日かあるが、月の光は十分に明るく、聖域からの路を晧々と照らし出していた。
しかし、ひとたび森へ入ればあたりは闇に包まれる。
奥へ入り込むほどにその闇は密度を増し、しまいには互いの表情も判別できなくなった。 その中でカミュのまとう白い長衣だけが仄かな光を帯びているようで、それがミロには密かな楽しみなのだ。
海岸近くのこの付近は、聖域とは植生が異なり、高木も多い。 かなり高いとおぼしきそのうちの一本の下で立ち止まると、
「この上だ」
ミロは上を指差し、にやと笑ってカミュに手を差し出した。
「余計なお世話だ」
カミュはその手を軽く払いのけると、軽々と枝から枝へ梢を指してのぼってゆく。 やっぱりな、というように肩をすくめたミロもすぐさま後を追った。
木の間を洩れる月の光が時折りカミュの白い長衣を照らし、よい目印になる。
次の手頃な枝を探すため、ほんの僅か枝上にとどまる時間が長くなるカミュに比べ、その後を辿ればよいだけのミロは、すぐに差を詰めていった。
梢に近付くにつれ、闇は名ばかりのものとなり、二人の動きは一層なめらかになる。 樹上を目指すというよりも、これではまるでカミュを高みへ追い詰めているようで、その気になったミロの速さに拍車がかかってきた。 カミュが枝を蹴った数瞬後にはもうミロの手がその枝にかかり、揺れの収まる暇もなく数枚の木の葉が散ってゆく。
わずかに手を伸ばせばカミュのほの白い衣に届くかと思われた時、突然視界が開け、二人は森の上に出ていた。

周囲よりも幾分高いこの木からは風に梢を泳がせる森の木々が一望のもとに見渡せる。 冴え冴えとした月の光が夜の森を照らし、揺れる梢は、さながら全体が海のうねりのようにも見えるのだった。
ゆるやかなリズムで聞こえてくるのは、遠い潮騒の響きか。
昼の喧騒も去った今、陸から海へと吹く風がこころよく体をすり抜けてゆき、眼下の海岸に倦むことを知らず打ち寄せる銀波だけが時の経つのを教えてくれていた。 森の闇の中を抜けてきた目には、意外なほどに清明なもう一つの世界が広がっている。

「見事だ」
ほう、と溜め息をつきカミュが呟いた。
いささかの呼吸の乱れもなく立っている姿は、森の神、それとも夜の女神とでも形容した方がよさそうだが、そんなことは口が裂けても云えるものではない。 夜の夜中に、はるばるこんなところまでカミュを連れ出したのは、冷たい一瞥を浴びるためではないのだ。
「だろ?」

   この眺めを背景にして月光を浴びるカミュのほうが、俺にはいい眺めだ。

などとけしからぬことを考えながら、ミロはカミュにそろりと身を寄せた。
上方には横枝が五、六本あるのみで、梢上に近いこの枝は二人を支えるには、いささか頼りない。 用心しながらカミュの肩にそっと手をまわした時、はっと振り向いたカミュの動きが二人の重心を狂わせて、大きく身体が揺らいだ。 細い幹に軽く添えていたカミュの手が空を掴み、慌てて抱きかかえたミロだが、体勢を立て直すには至らず、横ざまに足下の闇に落下してゆく。
幸い、枝にはぶつかることなく、なんなく数メートル下の横枝につかまると、カミュをさらに下方の太目の枝に下ろす。
この辺りにはあまり月の光は届かず、明るさというよりは暗さといったほうがふさわしいようだった。
「わざとやってないか?」
「まさか」
咎めるように見上げるカミュにかまわず、自分も身軽く同じ枝に移ると、片手で手頃な枝を掴んでから、今度は慎重にカミュを引き寄せる。
「上では月が見てた。」
やはり、わざとではないか、そう言おうとしたカミュの唇がミロのそれでやわらかく塞がれていった。
夜の森は、眠っている。



          標題の 「まっくら森の歌」 は、あとから探し出してきたものです。
          NHKの「みんなの歌」 で多くの支持を集めたこの歌をご存知の方もおいででは?
          うちでも大人気の歌で、その印象の強いことは特別なのです。
         
          蛇足ですが、この花は月下美人。
          月下のカミュ様、ミロ様にはさぞかし美しく見えたことでしょう。