短かりし一夜なりしか 長かりし一夜なりしか 先づ君よいへ

                                              若山牧水    歌集「海の聲(こえ)」より

                         【歌の大意】    今宵が短かったか それとも長かったかって?
                                     私に訊く前に まず貴方から言って欲しいのに



ミロと過ごす夜は本当に久しぶりで、気が付けば空が白み始めている。
ミロはよく笑い、たくさんの話をしながら私から目を離すことがない。
まるで、少しでも油断をすれば、私が溶けてなくなってしまうかと心配しているようでもあった。
ミロを安心させるために、私もミロから片時も離れないようにしていたものだ。
せめてそのくらいのことをしなくては、ミロを独り残して旅立った罪は軽くなることはないだろう。

「カミュ……ほんとに戻ってきてくれて、こんなに嬉しいことはない。」
もう何十回となく言った言葉を飽きもせずに繰り返し、ミロが私に口付ける。
「俺は嬉しくて嬉しくて、気が狂いそうだ………」
「ミロ…………」
感情を押し殺していた反動だろうか、今夜のミロは全身で喜びを露わにしていた。
私もそれは同じなのに、ミロほどには思っていることを話せないのはなぜだろう?
きっと、私が言おうとする前にミロが話し尽くしてしまうので、「私も同じだ」としか言えないのだろう。

私がそっと口付けを返すと、ミロがそれはそれは嬉しそうに笑う。
ああ、私はこの笑顔を見たかったのだ、と今にして思い当たるのだ。
冷たい闇に引き込まれていく前に、どんなにそれを願ったことか。

「カミュ……なぁ、カミュ……聞きたいことがある」
懐かしい胸に顔を伏せている私にミロがささやいてきた。
「お前……今夜が短いと思った?……それとも長いと思った?」
「…………え?……それは……」
長いとは思ったのだ、なにしろ夕方には、もうここにこうしていたのだから。
しかし、あっという間に空が白み始めてしまい、朝が来なければよい、と思ったのも事実だった。
「どう?短かった?」
ミロが重ねて訊いてきた、どうやら短かったと言わせたいらしいのだ。
「私のことより、ミロ、お前はどうなのだ?」
逃げかも知れぬが、そう聞き返してみた。
「俺か?もちろん短かったさ!」
私を抱く腕に力がこもる。
「まだまだ愛し足りない………もっともっとお前をいつくしみたい……
 すべての朝が夜になっても、これまでの埋め合わせをするにはまだ短すぎる………」
ミロの真摯な言葉が私の頬を染めさせる。
「………私も同じだ」
朝の光の中で、私は唇を寄せていった。



                            この場面は宝瓶宮戦の後ですが、
                                  当サイトではどの戦いのエピソードのあとでも、
                                  必ずお二人を幸せにするという大前提が存在します。
                                  古典読本の29・30・31は、「別離・再会三部作」 。
                                  いずれも若山牧水の 「海の聲(こえ)」 より採りました。
                                  ちょっと黄表紙かな?とも思いますが、
                                  三部作ですから、つなげておきたかったのです。

                                  白いカサブランカは、とても香りの強い百合。
                                  締め切った部屋では息苦しくなってしまうほど。
                                  お二人の逢瀬に込められた思いが偲ばれます。


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