卯の花の匂う垣根に ホトトギス早やも来鳴きて
   忍び音もらす 夏は来ぬ

                                               佐々木信綱 作詞   小山作之助 作曲


「なぜ、卯の花が垣根で匂うんだ?」
「なぜって………卯の花の垣根だからだろう。」
「え? どうして?」

おかしなことを聞くものだと思う。
卯の花とはユキノシタ科の落葉低木ウツギの花のことで、成長すると枝が中空になり、そのため、空ろな木 ⇒ ウツギ、という名になったものだ。 卯月、すなわち4月の頃に花が咲くのでその花を卯の花とも呼ぶのだと解している。
「卯の花と垣根と、いったいなんの関係があるんだ?」
「関係って………」
そこではたと気がついた。
「もしかして卯の花を料理だと思っているのではないのか?」
「だって料理だろ。 豆腐を作るときに出るおからで作ったやつ。」
「そうではない。 この場合の卯の花は実際の植物の花だ。」
「え? そうなのか?」

滞在している登別の宿では本格的懐石料理に北海道の郷土料理を織り交ぜた献立が基本だが、長期滞在している私たちのために他の客には用意されない昼食を出してくれている。
その折には懐石にこだわることなく日本の家庭でよく食べられている料理を出してくれることも多いので、私たちも卯の花 = おからのことをよく知っているのだ。
「おからとはもともとは女房言葉で、豆腐を作る際の大豆をしぼった 『 殻 』  に接頭語の 『 お 』 をつけたものだ。 しかし 『 から 』 が空を意味することにも通じて縁起がよくないということになり、白いおからを真っ白な卯の花に見立てて卯の花と呼ぶようになったのだという。」
「ふうん、そうなんだ! で、ホトトギスがいつも来るのか?」
「さて? そこのところはわからないが、万葉集の昔から卯の花とホトトギスは一緒に詠まれるものらしい。」
「じゃぁ、忍び音って?」
「おおっぴらに堂々と鳴くのではなく、人目を忍ぶようにひそやかに鳴くのが風情があるというような解釈なのだろう。 情緒があるということだ。」
「卯の花 + ホトトギス + 忍び音 = 夏ってことね。 なあるほど♪」
ミロがいたく感心した。

五月に入ったとはいえ、登別の今朝の気温は8度、晴れた昼でも14度にしかならずまだまだ肌寒い。
「だからさ………う〜ん、最高だな! そうは思わない?」
「ん………それはたしかに……」
暑くもなく寒くもないこんな晩には互いのぬくもりが心地よいのは確かだ。
「お前はこんなに白いから卯の花で。 おっと、勘違いするなよ、おからじゃなくてウツギの花の方だからな。」
「私が卯の花?」
「で、俺がその卯の花に誘われてきたホトトギス♪ 卯の花にホトトギスはつきものだからな。」
ミロの手が動く。
「あっ……」
「ほら、もっと鳴いて! 忍び音を聞きたいね、情緒あふれるのが所望だ。」
「でも………あの………あぁ………忍び音はホトトギスが洩らすもので………あ………ミロ…」
「今夜は特別に卯の花が忍び音を洩らすんだよ………俺がそう決めた♪………ほら……」
「ミ………ロ………」
「いいから、いいから♪」

汗ばむ夏がやってきた。



               
 この歌を思いついたらこの展開しか浮ばなくて。
                最近には珍しく短いあっさりとした古典読本です。
 
                        ウツギ ⇒ こちら