ねがはくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃 西行法師 【歌の大意】 できるものなら春の桜の咲くその下で死にたいものだ 釈迦が入滅なさったと同じ二月十五日のころに |
夕闇が聖域を包み始めた春の宵、アイオリアと話し込んでいた獅子宮を出たサガは、自宮へ帰ろうとしていた足をひとつ上の処女宮へと向けた。 黄金聖闘士となるはるか以前から、思索に耽り、あまり人交わりをしようとせぬシャカのことが気になったのである。 まだ幼さの残る年であるのに、強大な小宇宙と深い英知を併せ持つこの少年は今なにを考えているのだろうか? 「シャカ、変わりはないか?」 「はい、日々精進しております。」 「相変わらずだな。」 サガは苦笑する。 この少年に、もう少し子供らしさを与えてやりたかったのに、どうしてもそれができなかったのだ。 「ところで、処女宮の裏に沙羅双樹の園というのを作ったと聞いたのだが。」 「それが自宮を持つ前からの願いでしたので。」 「何のために?」 「釈迦が沙羅双樹の木の下で入滅なされたのに倣い、私もいずれ死ぬる時には沙羅双樹の下で、と思ったまでです。」 サガは眉をひそめずにはいられない。 まだ幼いのに、自分が死ぬことを考えているとは! サガのその気持ちを読んだのだろう、目を閉じたままでシャカは語る。 「人は生まれ、そしてそのときから一歩一歩死へと向かって歩いてゆくものです。 年齢とは関係なく、死は常に私のそばにあり、忌み怖れるようなものではありません。」 「しかし、早すぎる! まるで、今から死の準備をしているようなものだ!」 「死がすべての終わりではありません。 死ぬことにより、あらたに扉が開かれることもあるのです。」 サガにはシャカの言っていることがわからない。 わからないが、この幼いものが自らの死を考え続けていることがいとおしくてならないのだ。 サガは人知れず溜め息をつく。 「 君にはまず生きることを考えて欲しい、それを忘れぬように。」 そう言ってサガは処女宮をあとにした。 黄金聖闘士になったのは死ぬためではないのに。 生きる喜びを知る前に、死を目標にして欲しくはないのに。 サガの胸をほんのわずかの後悔がかすめ、自分でも説明のつかない不安がよぎる。 暗くなった空に星が一つ流れた。 来るべき冥王ハーデスとの戦いで、シャカは命を落とします。 それも、沙羅双樹の園の、その木の下で、若い命を花と散らせます。 手を下したサガは、血の涙を流さずにはいられぬのです。 |
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