嘆きつつひとり寝(ぬ)る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る

              
                              右大将道綱母 ( うだいしょうみちつなのはは )    百人一首より

          【 歌の大意 】    あなたのおいでがないのを嘆きながら独りで寝る夜の長いこと
                      夜明けまでがどれほど長いか 知っておいでになりますか



「遅くなってすまぬ。 処女宮でシャカにつかまっていた。」
朝から聖域に出掛けていたカミュがそう言いながら戻ってきたとき、すでに夜は白みかけていた。
そっと襖を開けると、ミロがパソコンの前に突っ伏してどうやら寝入っているようである。
「ミロ……こんなところで寝ていては風邪を引く。 さあ、奥へ行こう。」
「ん………」
静かに揺すぶってやると低い声が洩れた。
「カミュ………遅すぎた……あと少し早ければ……」
「……え?」
その声に滲む苦渋の色がカミュを立ちすくませた。


「つまり………キリバンを踏めなかった、と……?」
「そうだっ、ずいぶん前から俺は楽しみにしていたんだよ! ああ、それをっっ………たった2つの差で逃したのだ!」
悔しさのあまりカミュを抱く手に力がこもり、重い溜め息が夜を震わせた。
「ミロ………」
あまりの力に耐えかねたカミュが苦痛の声を洩らし、ミロははっと我に返る。
「あ………すまん、つい力が入りすぎた。」
詫びの気持ちも込めてそれまで以上にやさしい口付けが与えられ、やっとカミュは解放される。
「それにしても、お前がそこまで楽しみにしているとは……いったいどうして?」
「うん……キリバンを踏めば好きな絵を書いてもらえるんだよ。」
ミロがちょっと恥ずかしそうに目をそらせた。
「いいか、笑うなよっ、俺は本気で狙っていたんだからな!」
「笑いはせぬ、どうして笑うことがあろう。 誰しも欲しいものはあるものだ。」
金髪を指に絡ませて口付けたカミュが上気した頬を広い胸に寄せ一つ溜め息をつく。
「私も……欲しいものはある………そして毎晩手に入れている…」
「カミュ……」
「で、お前はどんな絵が欲しかったのだ?」
「お前…」
「………え?」
「お前の絵を描いて欲しかったんだよ、とびっきり素敵なお前を。」
「私を……?」
思いもかけぬことを言われて戸惑うカミュをミロはやさしく抱きなおしてやるのだ。
「ああ、そうだ。 こんなにきれいでやさしくて、俺を愛してくれる大事なお前を絵にしてみたい。 どれほど素敵なことだろう。」
胸に頬に首筋に熱い唇が押し当てられ、カミュをひとしきり震わせた。
「俺の腕の中にいるカミュは、他の者の目にはどんな風に見えるのだろう……それが知りたくてたまらない……お前の優しさ美しさはどんな風に表現される? 」
「ああ……ミロ…」
「現実のお前も、絵の中のお前も、余すところなく愉しんでみたい………いけないか?」
「生身の私がここにいて、すべてお前のものになっているのに、それでもまだ足りないと?」
「ああ、スコーピオンは貪欲なんだよ。 今ここにいる生身のお前だけじゃなく、この世の全てのお前が欲しい……カミュ………」
「ミロ……」
情熱に任せた手が夜明けの光に恥じらうカミュを翻弄し、時を忘れさせた。

「私だって………ミロ……お前の絵が欲しいのに……」
寝息をたて始めたミロの耳元でささやかれた言葉を聞くものは誰もいない。 震える吐息が忍びやかに首筋をくすぐっていった。



            ミロ様、残念でした!
            本物のカミュ様を手中にしているのに、それではまだ足りないとおっしゃる?
            まことに恋は貪欲! その気持ちわかります!
            目指せ、次のキリバンっ!

            右大将道綱母は、時の権力者藤原兼家の妻の一人です。
            夫の訪れの間遠いのを日頃から嘆き、
            ある夜、やっと訪れた夫が門を叩いたのに、素直に開けてやらなかったので夫は帰ってしまいます。
            そのあとで詠んでやった歌がこれ。
            プライドがありすぎて、素直になれなかったのでした。
            喜んで迎え入れてやって、ちょっぴりすねるほうが得策だと思うのですが、
            そんなこと、千年たってから言ってもしょうがないですね……、
            そのとき彼女はそう思ったんですから、どうしようもないです。

           
 「お前なら、すぐに俺を入れてくれる?」
            「え? 私か? ……そうするだろうとは思うが……」
            「あれ? 即答じゃないの?」
            「この場合は、正妻がおり、他にも愛人がいたはずだ。 平安時代の権力者なら当たり前だろう。
             私は自分をそのような立場になぞらえることはできぬ。」
            「あ……それもそうか…」
            「私は……お前にとって唯一無二の存在でありたい………」
            「カミュ……」