「カミュ、新しいのが出たぜ、読んでみろよ。」 
「私は別に読まなくてもよいのだが。」 
「そう言うなよ、今度のは七夕話だ。」 
「七夕? ああ、それは日本の伝統行事だろう。氷河に聞いたことがある。」 
「なんだ、お前、知ってるのか!すると、シベリアでも毎年やっていたってわけか?」 
「いや、それは不可能だ。 七夕に使う竹という植物のアジア大陸における北限は樺太あたりで、 シベリアには自生していない。」 
「ああ……そうか、うん……そうだろうな………まあ、いいから読めよ。」 
 
「それで?」 
「それで、とは何のことだ?」 
「決まってるだろ?お前、短冊になんて書いたんだ?具体的に教えろよ♪」 
「……そ、そんなことは私は知らぬ!」 
「知らないとは言わせない。自分のことだろう?」 
「しかし、私は……」 
ミロに腕をつかまれたカミュが、困ったように目をそらし頬を染める。 
「……なるほどね……そういうことなら場所を変えよう。ここでは人目がありすぎる。」 
肩を抱き寄せ、そっと耳元でささやいてやる。
「わかってる………ほかの誰にも知られたくないことを書いたんだろうからな……」
「………ミロ……」 
ためらっているカミュを引き立てるようにしてミロがドアを開けた。 
「夜は長いんだぜ、今夜はゆっくり聞かせてもらおうか」 
肩越しにこちらを見たミロがくすりと笑った。

「………どう?カミュ……そろそろ教えてくれてもいいだろう?こっちを向けよ。」 
「あ………ミロ……」 
「………ふふっ」 
「お前は……いつもそんな………」 
「ほら、もうすぐ夜が明けるぜ……そんなに待たせるなよ♪」 
……Nihili est qui nihil amat. Si vis amari, ama.」 
「え………?なんて言った??」 
「ニヒリー・エスト・クウィー・ニヒル・アマット。 シー・ウィース・アマーリー・アマー。  『何も愛さない者は、何の値打ちもない。愛されることを望むなら、自分から愛せよ。』 という意味だ。 私が書いたのはこの言葉だ。」 
「でも、それは願い事じゃないぜ、格言みたいだが。それに、あとのほうはキケロだろう?」
聖闘士の必須履修科目としてラテン語の習得を人並みに果たしたミロだが、何年もたてば覚えているのは格言集の中の印象的な名言が多い。
キケロのこの言葉は、まだカミュに自分の気持ちを伝えることのできなかったその当時のミロの心境をよく代弁しており、サガやアイオリアにラテン語の手ほどきを受けながらちらちらとカミュの方を盗み見ていたころのことをまざまざと思い起こさせた。

   そうか………カミュもこの言葉を覚えていたのか………

「お前ではあるまいし…………」
カミュが少しすねたように横を向いた。
「私に 『 ミロに愛して欲しい 』 だの 『 ミロを愛したい 』 などと書けるわけがなかろう。」 
そうつぶやいたカミュの首筋が朱を刷いたようで、ミロの目を楽しませる。

   今、自分でそれを言ったら、書いたも同然だろうが……
   仮定の話とはいえ嬉しい台詞だぜ、いいことを聞いたな………

「そりゃそうだ」 
くすくすと笑ったミロがほんのりと染まった頬にキスをする。 
「でも、こんなお堅い格言でどうして赤くなれるんだ?」 
「堅い? これのどこが堅いのだ?  書くだけでも恥ずかしいのに、お前はしつこく聞きたがるし……」 
しかし、カミュの反論はすぐにふさがれた。 
 
   こんなラテン語で赤くなるのは、カミュ、お前だけだぜ、考えすぎじゃないのか? 
   でも、そこが可愛いんだよ………
 
もうすぐ夜が明ける。 
それまでにもう一度カミュを愛してやろう、と思ったミロだった。 





                 ※  マルクス=トゥルリウス-キケロ (Marcus Tullius Cicero)
                    ローマの政治家、雄弁家、文人。雄弁術をもって政界に進出。
                    執政官に選ばれ、カティリナの陰謀を暴露して「国父」の称号を得る。
                    のち、アントニウスを攻撃し、暗殺された。
                    「国家論」「法律論」「義務論」「友情論」など多方面に著作を残す。
                    英語読みではシセロ。(前一〇六〜前四三)


                日記のミニミニ小説から、古典読本への出世を果たしました。

                聖域での天の川ってどんなふうに見えるのでしょう?
                都会の明かりも大気の汚れも無関係に、
                神話の時代と同じ美しさで見えると思うのですが。

                抽象的な格言もカミュ様の目には妙に具体的に映るようです。
                ミロ様だってそんなこと考えてないのに。
              


                           
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 Nihili est qui nihili amat. Si vis amari ,ama.