歌 : 元ちとせ   「オーロラの空から見つめている」   作曲 : 山崎将義


「 我が師の秘儀 」( ← 陰のタイトル・笑 )


なぜだかわからないが夜中に目が覚めた。
しばらくは寝返りを打ったりして眠ろうとしたが、どうにも目が冴えて眠れない。
仕方がないので水を飲みに行こうとベッドを降りる。
誰もいない廊下が寒々しくて急ぎ足で角を曲ったときだ、すぐ目の前のドアを開けて誰かがそっと中に入っていった。

   今のは…ミロだ………こんな時間に先生の部屋に何しに…??

胸がどきどきしてきた。



今朝早くやってきたミロは、いつものように山のような食料や本を抱えてきて、先生と俺たちを喜ばせてくれた。
果物は甘かったし、きれいなケーキは夢のようで、俺も氷河も興奮したものだ。
なにしろ一番近い村さえ歩いて半日かかるのだ。ミロが話してくれるアテネの街のケーキ屋の様子はまったく夢物語なのだった。
「早く大きくなって聖衣を得るんだな。そうすれば一人前になって行動もかなり自由が効くというものだ。時々はケーキ屋にもいけるさ!」
「ミロ、それではまるで、ケーキを買う自由を手に入れるために聖闘士になるようではないか!」
「あれっ?そうなるかな?おい、お前たち、まさかそんなこと本気にしてないだろうな?」
「まさか!そんなことありません!」
口を揃えてそう言いながら、俺たちの頭はまだ見ぬケーキ屋の陳列棚のことで一杯になるのだった。

そんな風にして修行の合間に楽しい一日を過ごし、とっくに部屋にひきとったはずのミロが、先生の部屋に足音を忍ばせて入ったのはなぜなんだろう??
台所に行く筈の足がいつの間にか先生の部屋の前で止まる。
いけないと思いつつ、目は鍵穴に吸い寄せられる。
緊張で震えながら俺は耳を澄ませていた。
「どう…?カミュ…」
「お前が明日に帰ってしまうのでは、今しかチャンスはないだろう………二人の眠りは深い………目覚めるはずはない。」
「……それじゃ、今でもいいんだな?」
「ああ………お前がそれを望むのであれば…」
ガタッと椅子の音がして沈黙が下りた。
その重さに耐え切れなくて、俺はいつの間にか鍵穴に顔を寄せていた。
白い寝衣姿の先生が横を向いて立っていてミロの姿は見えない。見えないが息づかいは聞こえてきて、それがいかにも興奮を抑えかねているらしいことは俺にもわかるのだ。
先生が大きく息を吸って目を閉じた。白い両の手が滑らかな動きで差し出される。俺からは見えない位置にいたミロの手も差し出され、先生の手に重ねられる。

   見ちゃいけない…っ!

なぜだかそう思った俺が目をそらした瞬間、突然に先生の小宇宙が激しく渦を巻くようにして流れ出し、それに呼応するかのようにミロの小宇宙も鮮烈に輝いてあふれ出した。
「ミロ………もう少し私に……寄り添って…」
「こうか……これでいいか…………カミュ…つらくはないか?」
「まだ…それでは足りぬ………もっと………もっとだ……私を…包み込んで………ミロ………力を入れすぎないで…」
「カミュ………もっと抑えて……そんなにされては俺は………」
「ミロ………早く……私はもう…」
押し殺したささやきが途切れ途切れに聞こえてきて、先生の声はなんだかとても辛そうなのだ。
二人の黄金聖闘士の小宇宙が融合し互いに溶け合いながら次第にそのきらめきが収まってゆくのを俺は茫然として感じていた。 先生の小宇宙しか知らない俺には二人の黄金聖闘士の小宇宙の密度が高すぎて圧倒されるしかないのだった。
気が付くと廊下に座り込んでいる俺をミロが呆れたような顔で覗き込んでいる。
「アイザック、お前、ここでなにしてる?」
「………え?あの…俺…」
「おい、カミュ、ばれちゃったぜ、参ったな!」
先生が溜め息をつきながら俺を部屋に招じ入れてくれた。
「お前が見たかったものはこれだ。」
「あ………」
そこにあるのは虹を封じ込めたような二つの漆黒の玉。
石のように見えるけど、中でたくさんの色の渦がぐるぐると不規則に回っていて夢のように美しい。
「先生……これは?」
「簡単にいえばオーロラを封じ込めた玉だ。」
「オーロラを?」
「聖域にお前たちより6歳小さい貴鬼っていう男の子がいる。ギリシャには雪さえ滅多に積もらないから、そいつにオーロラを見せてやったら喜ぶと思ったんだよ。で、カミュに頼んだら、これを作ってくれたというわけだ。」
「この地に住まう私たちはしばしばオーロラを見られるが、聖域ではそれは望めない。考えた挙句に、ミロの小宇宙と私の小宇宙を融合させてこの玉を作るのにやっと成功したということだ。」
「こいつを作るのには恐ろしく集中力が必要だ。で、お前たちが寝静まった深夜に頑張ってみたんだよ。 中のオーロラの部分はカミュの小宇宙で、透明な外殻は俺の作品だ。 球形に凝縮させた小宇宙を完全に包み込むのは一苦労だったぜ!カミュはかなり消耗した筈だ。 おい、大丈夫か?」
心配そうにミロが先生を見た。 髪をかきあげた先生は、なるほどちょっとつらそうなのだ。
「なかなかきれいだからお前たちの分もこしらえた。 暖炉の上に飾ってインテリアにでもするといい。」
ミロが俺の手のひらに乗せてくれた玉はずしりと重く、きっと二人の黄金の小宇宙が天文学的な質量で凝縮されているのに違いなかった。
「明日の帰り際に渡して驚かせようと思ったのにな!」
ミロが俺の頭をくしゃくしゃっと撫でて、
「大事にしろよ、俺とカミュの小宇宙のコラボレーションだ。世界に二つしかないんだからな♪」
と自慢げに言った。
「はいっ、明日の朝、氷河にすぐに見せてやります!きっと大喜びします!」
にこにこしながら見上げると、ミロも先生も嬉しそうにする。
「さあ、私たちも寝るとしよう。かなり小宇宙を消費したようだ。」
「朝飯はトナカイのステーキにしよう!頭がくらくらするようで、これでは聖域までのテレポートが覚束ん!」
「そんな贅沢な!」
先生の抗議にもミロは耳を貸さない。
「いいんだよ、この玉にはそれだけの価値がある。カミュ、ちょっと灯りを消してみてくれ。」
先生がランプを消すと漆黒の玉の中でオーロラが青や緑や紫やいろいろな色で光り輝いてとても美しいのだ。部屋の壁や天井にまでその色は光を投げかけてユラユラと揺らめいては明滅を繰り返す。
「わぁっ♪」
「ほぅ、これは…!」
「なっ、ステーキで祝うだけの価値は十二分にあると思うぜ、どう?」
「よかろう♪」
先生の許可が出て、ミロが目くばせをしてくれた。
「さあ、寝るとしよう、カミュもご苦労さん!ゆっくり休んでくれ。」
おやすみの挨拶をして、扉が閉められた。
「お前も大きくなったら氷河と力を合わせて誰かのために作ってやるんだな。ちょっと難しいが、心を合わせればきっとできるだろうよ。」
「はいっ、ありがとうございます。」
「じゃあ、おやすみ。」
ちょっと眠そうにしたミロが自室の扉を閉め、俺も光の玉を抱きしめながらベッドにもぐりこんだ。

   やっぱり黄金聖闘士はすごい!
   先生もミロもほんとにすごいっ!
   俺もきっといつか、あんなふうな聖闘士になる!

ワクワクしながらそっと撫ぜると、オーロラの光が俺の手や顔に色の帯を映し出す。
先生とミロの暖かい色に包まれながら俺はいつしか目を閉じていった。






前日の日記に 「我が師の秘儀 」 という言葉が出たのを受けて、
ほんの冗談のつもりで日記に書いたミニミニがあまりに長くなり、
レイアウトを整えて本編に昇格です。
シベリア一家、うちではミロ様はまだ想いを伝えていないので色模様はありません。
そのかわりに、きれいなオーロラの色模様♪
それはもう、公明正大な素行のミロ様です。

来るべき将来を知らないアイザックは、誇らしい未来への夢を抱いて眠りにつくのでした。



  オーロラの衣(きぬ)が広がる空で  こうして見つめてる
  紫と青が重なるところ  私は氷の粒 星の欠片(かけら)