夏まつり宵かがり  胸のたかなりにあわせて
  八月は夢花火  私の心は夏模様

                           
                         「少年時代」      井上陽水

「どう? 楽しかった? 日本の夏祭りもなかなかいいじゃないか。」

宿からあるいて十分ほどの神社からの帰り道、私たちは連れ立って歩いている。
夜風が心地よく、下駄の音がカラコロと響くのだ。
「太鼓だけの演奏が見事だった。 盆踊りというのも、私たちは見るだけだったがなかなか面白いものだ。」
「国によって違うものだな、実際にその場にいなくてはわからないことが多い。 」
風に乗ってかすかに流れてくる盆踊りの音楽も、近くで聴いていたときは賑やかだったのに、離れて聴くと静かな夏の情景の1ページとなってゆく。
「あの花火、見事だったな!」
ミロの言うのは、神社の境内で行なわれたナイアガラという花火のことだ。暗い森を背景に20mほど張り渡されたロープから一気に火花が滝のように降りそそぐ様は、そんなものを見たことがなかった私たちを驚かせ、かつ喜ばせてくれたのだ。
「ああ、あんなものは初めて見た。………夢のように美しかった。」
ミロがちらっと私を見たのは、夢のように、などという表現が私らしからぬ叙情的なものだったからだろう。
「お前と見られて嬉しいよ。」
たぶんミロはキスしたかったのだろうが、私たちの後ろからも同じ方向に帰る人声がして、そうもならぬのだ。
「私も…」

綿菓子やら金魚すくいやら、いろいろと珍しいことを楽しんできた私たちが宿に戻ってくると、美穂が玄関先で花火をしていた。
「ミロ様、カミュ様、お帰りなさいませ。 花火をなさいませんか?」
もう9時をまわっていて、美穂の仕事も今夜は終わりなのだろう。 勧めに従い、ミロと手持ちの花火に打ち興じるのも風流なことなのだ。
「俺はこれが気に入ったね。」
ミロは長い棒の先から三色の火花が次々と色を変えてほとばしり出てくるのが気に入ったらしい。 煙を避けるように位置を調節しながら庭木を照らしたり、足元を照らしたりしてにこにこしている。 ねずみ花火という、火を点けた途端に激しい勢いでくるくると回転しながら地面に不規則に火花をまき散らす種類には、大きな声を上げて喜ぶのが子供のようなのだ。
「私はこの線香花火が好ましい。」
線香花火は丁寧に扱わないと、すぐに火玉がぽとりと落ちてその命を終わってしまう。 風の当らぬように気をつけて手を動かさぬようにしないと美しさは保持できない繊細な花火なのだった。
「うん、確かにお前には向いてるな。」
ミロも寄ってくると、しゃがみこんでのぞき込む。 ジジ……ジ…ジ……と線香花火の奏でるささやかな、しかし命にあふれた音に耳を澄ませていると、何とはなしに静かな気持ちになってゆく。
やがて小さくしぼんだ丸い火の玉がポトンと地面に落ちてその命は終わるのだ。 息をひそめて手を震わせずに紙のこよりを持っている緊張感は、ほかでは味わえないひそやかな喜びといえるだろう。
「…あっ、また落ちた!」
自分でもやってみて、つい手を震わせたミロが、まだ大きかった火の玉をジュッと落としてしまい悔しそうにするのがおかしくてつい笑ってしまう。
「笑うなよ、俺だって努力はしてる。」
「ミロ、もっと自然体で。 花火と自分を一体化させればよいのだ。」
「無理いうなよ……そんな東洋哲学は俺には向かん! あっ、また!」
真剣に花火を見つめているミロはまるで子供のようなのだ。
「そんなに人のことを笑うなら、お返しに今夜はちょっといじめたくなってきたな。」
「え…」
悪戯っぽい目で見られて、思わず赤面すると、
「冗談だよ……いつもみたいに……いや、いつもより丁寧に、そうだ、まるで線香花火を扱うようにそっと抱いてやるよ。 花火の夜にはそれがふさわしい。」
「ミロ……」

やがて花火を終えた私たちは後片付けをして玄関に入って行った。 事務室にいた主人にお休みの挨拶をすると、例の通りの深いお辞儀が返ってくる。

「花火の最後は線香花火で締めくくるものだそうだ。 そうすると深い余韻と内省に包まれて、静謐な気分に浸れるという。」
「ふうん……日本人はちょっとした遊びにも侘び寂びってのを見出すんだな。」
「欧州の花火なら最後にもっとも派手なものを用意するだろうが、日本人の考えは違うようだ。 私たちも見習うべき点は多い。」
「俺はもう見習ってるぜ。」
「え?」
私は不思議に思ってミロを見た。 妙に自信ありげではないか。
「お前を抱くときは、最初はやさしく……それから大胆にお前を翻弄して、終局にはやさしくやさしく包むように愛でていく。 これが俺の方針。」
私を絶句させながらミロは楽しそうに微笑むのだ。 とてもミロには勝てないことをまた思い知らされる。
「ねっ、お前もそういうのが好きだろ?」
私を赤面させたミロに耳元でささやかれると、胸の高鳴りを抑えることは難しいのだ、悔しいことに。
「線香花火みたいに、そ〜っとに扱ってやるよ……」
私の心の中で、丸い火玉がふくらんでいった。





              井上陽水、「少年時代」。
              いい曲ですね、できることなら全部引用したいくらいです。
              永遠の名曲とは、こういうのをいうのでは?
              切なくて なつかしくて 嬉しくて、何度でもいつまでも聴いていたいのです。