「 ちんちん千鳥 」    作詞 : 北原白秋



カミュが双魚宮を訪ねたのは、まだ春も浅い二月の夕暮れである。
訓練を終えて麓から宝瓶宮に登るあいだも日はぐんぐん沈み、自宮に着いたころにはもう夕闇が迫ってきた。 見上げる双魚宮には明かりが灯っている。

「私の薔薇園の水の管理を頼みたいから、時間のあるときに寄ってほしい。 薔薇の育て方の本を貸してあげよう。」
すぐ上の宮に住むアフロディーテにそう云われたのは昨日のことだ。 そのときはミロとの訓練に夢中になっていて、とうとう本を借りにいけなかったのだが、早く借りに行かないと失礼になるだろう、と小さいながらも考えたのだ。
お茶に誘われてミロと一緒に来てみたり、アフロディーテ本人に連れて来られたりしたことはあったが、自分ひとりで訪問するのは初めてのカミュである。
見上げるような背の高い扉の前で、ドキドキしながら背伸びしてノッカーを三度鳴らす。 緊張して耳を澄ませていると奥から規則正しい靴音が響いてきてアフロディーテが扉を開けてくれた。
「やあ、カミュ、よく来たね。」
「あの、薔薇の本を借りにきました。」
にっこりとしたアフロディーテに伴われて広いホールを抜けていくあいだも、どこからかいい匂いがしてくるようだ。
「あ………薔薇の匂い?」
「そうではなくて、これは薔薇のエッセンスの香り。 今は寒すぎるので薔薇は咲かないけれど、何年かしたらカミュと二人で力を合わせて一年中薔薇を咲かせられるよ。」

   力を合わせてなんて、すごい!

聖域に来てまだ日の浅いカミュは、年上の黄金聖闘士から対等に扱われたことに胸をときめかせる。 初めて会ったときからこの美しい人にはやさしくしてもらっているのだった。
「カミュには、どの本がいいかな。」
アフロディーテが書棚を探しているあいだ、カミュも目を輝かせて色とりどりの背表紙を読んでみる。 ギリシャ語がほとんどであまり意味がわからないのだが、本が好きなカミュにはなんとも魅力的に見えるのだ。
「どれでも読んでみていいからね。」
アフロディーテがそう言ってくれたので、嬉しくなって手を伸ばす。 最初の本は細かい字ばかりのギリシャの本でカミュをがっかりさせた。

   ………それなら、これは?

運のいいことにそれは植物図鑑のようで、きれいな花や葉の絵であふれていた。 目を輝かせたカミュが、アフロディーテの許しをもらって机の上でページをめくっていたときだ。
「あれ?」
薔薇のページに一枚の写真がはさまっている。
「ん? どうしたの?」
寄ってきたアフロディーテが 「ああ!」 と声を上げた。
「ここにあったのか、カミュのおかげで見つけた♪」
それは大人の男女とまだ小さい子供の写真で、どうやらその子供は……。
カミュの表情に気付いたアフロディーテがくすりと笑う。
「これは私の写真だよ。 ほら、ここのほくろが同じだろう。 そしてこれが私の両親だ。」
「……え?」
カミュがまじまじと写真を見直した。
母親という人はアフロディーテと髪の色が同じでとても美しいし、父親も聡明そうな額をしている背の高い人だ。
「お父さんとお母さん……アフロディーテの…?」
「そう。 スウェーデンに住んでいる。」
大事そうにその写真を引き出しにしまったアフロディーテが、カミュに一冊の本を手渡した。
「これがよい。 とてもわかりやすく書かれている。 春になって新苗を植える時期が来たら一緒に水遣りをしながら覚えればいい。」
「はい。」
「もう暗くなってしまったね、一人で大丈夫かな?」
「一本道だから平気です。」
「それじゃ、気をつけて。」
扉が閉まると、中からの一筋の光も消えてあたりは夕闇に包まれた。
足元に注意しながら石段を降りてゆくと、遠くに見え隠れする宮には灯りの付いているところもあるが、目指す宝瓶宮はもちろん真の闇である。
重い扉をやっと押し開けて入ったホールは、高い丸天井のてっぺんについている筈のステンドグラスも見えなくて、自分の足音だけがコツコツと響く。 何かに追いかけられるようにして居間に入って明かりをつけたカミュは、ソファに座って本のページを開いてみるのだが、どうにも頭に入らない。
こんな小さな灯りでは、明るいのはテーブルとソファの周りだけで、そのまわりは暗く沈んで見えるのだ。 隅の暗がりからなにか得体の知れないようなものが立ち上がって来るような気がして、思わず当たりを見回したカミュが、どこからか吹いてきた風の冷たさにゾクッと首をすくめて、開いている窓を探してきちんと閉めた。 風の音がやけに淋しく聞こえてきて、一人でいる寂しさが急に押し寄せてくる。
「ちょっと散歩をしようかな…」
わざと大きな声で言って、自分でその声が反響したことにビクッとしながらもう一度外に出た。
今日は綺麗な星空で、やっと東の空に大きな月が昇ってきたところなのだ。 石段の近くのお気に入りの岩に腰掛けて下を眺めてみると、磨羯宮の灯が暖かくまたたき、人馬宮こそ岩陰に隠れて見えないがその下の天蠍宮の明るい色の窓が手に取るように見えるのだった。

   みんなまだ起きてる………なにをしてるのかな………

一人淋しく宝瓶宮の中にいるよりも、まだ寒い外にいることを選んでからどのくらい経っただろう。かかえた膝に顎をうずめていたカミュが降りてくる足音に気付いたのは、その人が間近に迫ってからのことだった。
「そこにいるのは……カミュ…?」
「あ……はい。」
サガに見下ろされていることに気が付いたカミュが大急ぎで立ち上がった。
「こんなところでなにを? 散歩には向かない時間だね。」
「夜の景色を見てました。 他の宮の灯りがきれいだから…」
カミュはそっと目をこすったが、夜目のきくサガにはそれが眠気を紛らわすためのものではないことがわかるのだ。
「教皇庁の会議が終わったところなんだけど、宝瓶宮でお茶をもらえるかな。」
「はいっ!」
小さな肩に手を置いてやさしく言うと、元気な返事が帰ってきた。

「そう、それはよかったね。」
隣り合ったソファで薔薇の本をめくりながらサガが羨ましそうに言う。
「アフロディーテは薔薇にとても縁の深い聖闘士だから、きっと素晴らしい花を咲かせるだろう。 カミュがその手助けをするなんて素敵じゃないか。」
サガが台所で あっという間に作ってくれたサンドイッチがおいしくて、カミュは三つ目にそっと手を伸ばす。
「でも、バラのこと、あまりわからなくて……」
「だからアフロディーテがこの本を貸してくれたんだよ。大丈夫、とてもよく書けている。カミュならきっといい花を咲かせられるさ。花が咲いたらアイオロスと一緒に見に行くからね。」
「はい!」
「それから明日の正午に双児宮で食事をしよう、ほかのみんなも呼んである。楽しんでもらえると思う。」
「はい!」
ますますカミュが顔を輝かせた。

小さいカミュをベッドに押し込んでから、サガは宝瓶宮をあとにした。延べ床面積は500坪をゆうに超えようという大理石の宮にわずか7歳になるやならずの子供が一人きりで暮らすのだ。

   淋しくなるのも無理はない……

磨羯宮でシュラの様子を覗いてから、やってきた天蠍宮でちょっと足を止める。
「ミロ、明日は来てくれるね?」
「もちろん行きますっ、ずっと前から楽しみにしてるカミュの誕生日なんだから♪」
ブルーのパジャマに着替えていたミロが、金髪を振りたててはきはきと言う。
「では待っているよ。」
扉に手を掛けたときカミュの白い顔が浮かんだ。
「そうそう、カミュは恥ずかしがりやだから、明日はそばにいてやったほうがいいだろうね。ミロがいると元気が出るみたいだ。」
「はいっ!」
ますます張り切ったらしいミロがにこにことして手を振った。

星明りの十二宮は静かに眠っているようだ。高みからシュラとカミュのおだやかな小宇宙が流れてきた。




                               
サイト3年目のカミュ誕は、しっとりしずかに柔らかに。
                               それも幼い子供篇、地味な壁紙で大人のサイトを目指します。
                               いや、それは、ある意味、すでに大人ですけれど(笑)。

                               ミロ様、きっと歯なんか磨いて寝る準備万端なんですよ、可愛いわね♪
                               テレビなんかないから、本を読む以外は全員早寝に決まっています。
                               ちっちゃいミロ様、
                               早く大きくなってカミュ様と仲良くなってあげてくださいね。



























  ちんちん千鳥の啼く夜さは 啼く夜さは  硝子戸しめてもまだ寒い まだ寒い
  ちんちん千鳥は親ないか 親ないか  夜風に吹かれて川の上 川の上