「氷河! どうして消えるんだっ?!魔法なんかあるはずないだろ!」
カミュがどこの誰かというより、こっちのほうがずっと知りたい!
「ええと、あれはテレポートといって、遠く離れた場所にも瞬間的に移動できて、小宇宙を高めて修業を積むことによって可能になる技で。」
「え? なんのことだかさっぱりわからないよ!」
「ええと、つまり、」
そのとき突然ミロが戻ってきた。 来たのだが、さっきまでとは全然違う!
ミロは金色に輝くすごい鎧みたいなのを着ていたのだ。 見たこともないけど、すごく立派で強そうに見えた。 驚きのあまり言葉も出ない。 両方の肩のところには尖った角みたいな飾りがあってさわると痛そうだし、頭につけた飾りには長い鎖みたいなのがついているのが、ミロが横を向いた拍子に見えた。
ロシア軍は鎧なんて使ってないと思うし、そういえば世界中のどこの国でも使ってないような気もする。 鎧って古代ローマ軍とか中世の騎士とかの時代じゃなかったか? でもミロの鎧はとてもきれいでちっとも古くなんか見えない。 まぶしいくらいの輝きだ。 これって本物の金でできてるんだろうか?
「氷河! ミロはどうしてあんなすごい鎧を着てるの?! どうしたのっ!」
我に返った俺が氷河を揺すぶったとき、カミュに近付いたミロがすっと腕を伸ばして手のひらをカミュに向けた。
「あっ…!」
小さく叫んだカミュがまぶしそうに目を細めたのがわかる。 ミロの手のひらも指先も金色の金属で覆われていて、こんな不思議な鎧なんて想像したこともなくてドキドキしてきた。 いったいミロはなにをしようというのだろう。
「ミロ……ミ…ロ…」
呟いたのはカミュだ。 額を押さえて苦しそうにしてる。 するとミロがカミュに金色の大きな立方体の箱を指差してみせた。 それまではミロの鎧に圧倒されて、そこにそんなものがあるなんて気がつきもしなかった。 箱の表面にはきれいな模様が浮き彫りされていてとても美しい品物だ。

   あの箱はなに?
   ミロの鎧と同じ金色だから、きっとミロが持ってきたのに違いない!

と、カミュが箱に近付いた。 懐かしそうな不思議そうな表情だと思ったとたん、辺りが金色に輝いたような気がして眩しさのあまり俺は目を閉じた。
急に風が吹いたようにも思うけど、窓もドアも閉まっていたのでそんなはずはない。
ともかく一瞬目をつぶり、次に目を開けた瞬間驚いた。

   ……え?これって……だれ?
   まさか………カミュ?

俺の前に誰かの後ろ姿が見えて、その誰かは金色の鎧を着てて、それはミロじゃなくて。
長いきれいな髪が見えてカミュだとわかった。 この村に、こんなきれいな髪を持つ者はほかにいない、いるはずがない。 ミロの鎧とは違う形の鎧は全体に丸みを帯びて美しいというのが当たってる。
ぽかんとしているとミロが近付いてカミュの手を取った。 俺にはわからない、たぶんギリシャ語で二人はなにか話していたが、やがてカミュが振り向いた。

   きれいだ!
   それになんて言ったらいいんだ?
   ええと、もしかして神々しいって言うんじゃないのか? こういうのは!

本気でそう思った。 そのくらいカミュは人間離れして美しかったのだ。 気がつくとカミュが俺に話し掛けていた。
「イザーク、とても親切にしていただいてありがとう。 君にもご両親にも、そして部屋を貸してくれたサガノフにも礼を言わなければ。」
「いえ、あの、お礼だなんて………すると思い出したんですね!」
「ああ、なにもかも。」
カミュが微笑み、それはいままでとは違っていかにも自信に溢れた微笑みで。

それからしばらく話し合い、カミュは俺の山のような疑問に丁寧に答えてくれた。 そうだ、まるで因数分解を教えているときみたいに丁寧に。
「でもどうすればいいですか? カミュがギリシャに帰ってしまったら、また先生がいなくなってしまうけど?」
「そのことについては……」
カミュがミロとなにか相談し始めた。 カミュが記憶を取り戻してからのミロはすっかり安心したようで、ゆったりと構えて貫禄がある。 氷河もカミュになにもかもまかせたというように、にこにこしてカミュを見ているのだった。
「代わりの教師が来るまでは私が責任を持って教えたい。 パブロワ先生に頼まれた責任は果たさなければ。」
「でも新しい先生がいつ来るかなんてまったくわからないですよ。 この国はなんでも遅いんです。 とくにこんな小さな村は忘れられたも同然だって父さんたちがいつも言ってるし。 この教室の黒板だって古すぎて字がうまく書けなくなったんで郡役所に要望を出したけど、新しいのが届くまでに5年もかかったんですよ!」
「5年とは!」
呆れたらしいカミュがミロに通訳してきかせ、ミロが唸り声をあげてギリシャ語でなにか毒づいた。 うん、これで呆れなきゃ、人間じゃないと思う。
「俺達はみんなカミュ先生が好きだし、ほんとのところはいつまでもいてもらいたいって思ってますけど、ギリシャに帰らなければいけないですよね。 もしも新しい先生が来るのが5年先だったら?」
「そのことについては、おそらくなんとかなると思う。」
そして、カミュが言った通りになった。

いったんミロとギリシャへ帰っていったカミュは一時間ほど経ってから普通の服装でなんでもなかったようにうちに戻って来た。 翌日の授業を普通に済ませたころ、父さんが学校にやってきた。
なんと、明日から新しい先生が来てくれることになったのだという。
「いや、まったく驚いた! 要望を出してからたった十日ちょっとで新任の先生が来るなんて!」
そうじゃなくてたったの一日で話が決まったのに違いない。 テレポートっていうのも魔法みたいだけど、こっちのほうもまるで魔法だ!
「いったいどうやったんです?」
あとでカミュに聞いてみた。
「この国の上層部に知り合いがいそうな方にお願いしてみたのだ。」
「それでたった一日で?!」
「そういうことだ。」
にっこり笑ったカミュが授業内容を記録したノートを閉じた。

翌日新しい先生がやってきて、出迎えたカミュは学校や授業のことについて説明をした。 カノフ先生は背の高い若い男の人で、とてもやさしそうな目をしてる。 あとで父さんから聞いたのだが、なんとカノフ先生はモスクワ大学にいる兄のサガノフのゼミの先輩で、すごい秀才なのだそうだ。
そんな人がうちの村に来てくれるなんて、カミュはどんな魔法を使ったのだろう?

その日の午後はたっぷり時間を使ってカミュのお別れ会をした。 ミロと氷河もカミュの友人としてやってきて、たくさんのケーキや花を持ってきたので教室はまるでお祭り騒ぎのようだった。
「先生、ほんとに行っちゃうの?」
「ぜったいに遊びにきてね!」
みんなカミュとの別れを惜しみ、女の子たちはいよいよ最後というときにはみんな泣いていた。 俺はカミュをつかまえて耳打ちをした。
「まさか、ここからテレポートじゃないですよね?」
「それは……ミロ?」
カミュがミロになにか聞き、
「4時に街道の三叉路に車が迎えに来るそうだ。」
真面目な顔でそう言った。 でもミロの目が笑ってる。
「ほんとに?」
「いや、実はそこからテレポートだ。」
「やっぱり!」
俺達は声を合わせて笑った。

カミュがいなくなって一週間ほどしたある日、学校に大荷物が届いた。 図書館がないことを残念がっていたカミュが立派な本棚を三つとそこにぎっしり詰まるくらいのたくさんの本を贈ってくれたのだ。 絵本も図鑑も歴史書もある。 みんなで歓声をあげて読み耽り、うちに帰ると今度は母さんが興奮の真っ最中だ。
「ああ、イザーク、見てちょうだい! こんな素晴らしいものをいただいたのよ! どうしましょう!」
それは羊の毛でできた敷き毛布で、すごくふかふかしてる最高級の品だった。 もちろん贈り主はカミュ。 兄のサガノフの分まで家族四人分、間もなくやってくる寒さの厳しい冬を暖かく過ごせるようにとのやさしい心遣いなのだ。

いまごろどうしているのかなと思う。
授業をしているカミュと金色の鎧を着ているカミュと、どっちがほんとのカミュだったのだろうか。
最後の日にみんなで撮った記念写真は今も教室に飾られている。





                   ロシア辺境の地で子供たちを教えるカミュ様。
                   二十四の瞳みたいです、ちょっといい感じ。
                   イザークはもちろんアイザック。 サガとカノフ先生も特別出演です。
                   おっと、ヤコフも出てますね、これはもしかしてシベリアン話?
                   標題の歌が論語なのが、はい、実に教育的です。