「世間はもうすぐ夏休みだが、私たちにはありえない。」
「でもさ、もし夏休みがあったらどうする?」
「そうだな………たまにはお前と海もよいかもしれぬ。 さんざん私のことを 『 海だ 』 といってくれたから、ほんとうの海に行くのもまた一興というものではないか。」
「海はだめだ!」
「え?どうして?」
「お前ね……海に行ってなにをする気だ?」
「なにって、泳ぐに決まっている。 シベリアでも夏は それなりに楽しく泳いだものだ。」
「それがだめなんだよ、泳ぐってことは水着になるんだぜ?!お前が水着になるなんてことは、この俺が許さんからなっっ!!」
「許さんって………それは横暴ではないのか?」
「いいか? よく考えてみろ。 たとえプライベートビーチだとしても、海岸の直射日光がどれだけ肌に害を与えると思う? オゾンホール拡大のことは、お前が一番よく知ってるはずじゃないのか? お前の玉のような肌は、それこそ世界遺産にも匹敵する。 それをむざむざ日光に当てるわけにはいかん!」
「しかし……」
「それにだ、プライベートビーチに行くわけじゃないんだから、海岸には有象無象、一般大衆、不逞のやから、その他大勢がいるんだぜ?そんなところにだな、無防備なお前が出ていったら、海の空気を胸いっぱいに吸い込む前に、四方八方から視線が集中してさしものお前も一歩も歩けなくなるぜ。」
「まさかそんな……」
「お前は自分が他人の目からどう見えるか知らないから、そんなことを言うんだよ。 いいか、普段は互いの宮で俺と一緒にいてばかりだし、たまに十二宮を降りても、まわりは格下の聖闘士や雑兵ばかりだろう?俺たちに向けられる視線は畏敬もしくは尊敬だけだが、世間はそうじゃない。 外に出れば、俺たちは聖闘士じゃなくて、『 若い男 』 でしかないんだよ。 で、お前はそんなにきれいだから、不本意だろうが目立ちすぎる。 やめたほうがいい!」
「ちょっと大袈裟ではないのか?」
「お前ね……汝 自身を知れっていう言葉を知ってるだろ?ああ、デルフォイ神殿に刻まれている名言だ。 俺が日々お前を賛美しているのは、けっして誇張じゃないんだぜ。 神々の座に名を連ねても遜色ないほどの美質を誇るお前が海岸なんぞに行ってみろ。 あまりの神々しさに誰も近寄れんだろうが、その代わりに遠慮のない視線がお前から離れんぞ。 そんな状態でくつろげるか??それじゃあ、ひとつも夏休みにならんだろうが。 悪いことは言わん、海はよせ。 どうしても海がよければ、東シベリア海まで俺が付き合ってやろう、あそこなら人目がないから俺たちもゆっくり泳げるだろう。」

   カミュが人前で水着になるなど、とんでもないっ!
   もう子供の頃のお前とはわけが違う!
   俺でもそんな光景は、想像するのもはばかられるくらいだ、考えるだけでも血圧が上がるっ!   
   夜でさえも灯りの下でお前の上半身をはっきりと見たことがないというのに、
   どうして赤の他人にお前のそんなあられもない水着姿を見せねばならんのだっ?!
   カミュは神々し過ぎるし、横で俺が爪を研ぎ澄ませておくから誰一人として手が出せんだろうが、
   もし、ろくでもないことを考える奴がいたら、お前の聖性が穢れるだろうが!
   この俺にそんなことが看過できるはずがないだろう!
   その点、シベリアなら大丈夫だ、いつ行っても、人に会ったためしがないからな
   東シベリア全体がプライベートビーチっていうのは、なんとも贅沢じゃないか!  

「ミロ、ちょっと尋ねるが、東シベリア海は真夏でも海水温が5℃ほどだが、お前、泳げるのか?」
「…え?」
「私は大丈夫だが、普通の人間は1分とたたずに心停止する可能性がある。 あまり感心したことではない。」
「あ………そうなのか?………カミュ、ともかく夏休みは俺と過ごそう。場所は……そうだな、ニュージーランドなんかどうだ?」
「なぜ、いきなりニュージーランドなのだ?」
「あの 『 ロード・オブ・ザ・リング 』 のロケ地だからさ。馬を借りて自然の中を駆けて、夜になったらテントを張って野営する。 降るような星がどれほど美しいことだろう!」
「それは確かに悪くない。」
「だろ?よし、決めた!今年の夏はニュージーランドだ。ローハンの都、エドラスのような丘の上でお前を抱いてやるよ、満天の星空がBGMだ。」
「あの………インドの次は、そこで……?」
「いいだろう?俺は一度じゃ満足できん。」
「あ………」
ミロが近付いたと思ったときには、もう引き寄せられてやさしい口付けが与えられている。
それはとても甘く切なくて、カミュを芯から酔わせるのだ。
「ミロ……」
「どう?いい計画だろう?十二宮じゃ外では絶対に愛せないが、ほかの土地なら可能なんだよ。」
「ん……私としては…」
「やさしくするから………けっして困らせないから……カミュ……」
「……わかった…」
頬を染め、熱っぽい身体をもたせ掛けてくるカミュがミロは嬉しくてならない。
「あれ、待てよ?もしかしてだな……」
「どうした?」
「サウロンが復活して、見られたら困るな!」
カミュが呆れ顔でミロを見る。

   それは確かに困るし願い下げだが、どうしてそんなことを思い付ける??

「それならば、先に指環を捨てる旅に出ればよい。 お前との逢瀬はそれまでお預けとしよう。」
「あ、それ、だめ!お前は俺に抱かれに行くんだから。」
「では、サウロンの復活はなし、ということでよいな?」
「ああ、冒険もしたいが今回はあきらめる。 その代わり馬に見せつけてやろうか?」
「ばかものっ!」
「ふふふ、冗談だよ、大事なお前を誰にも見せるものではない、安心して。」

すでに夕刻を過ぎ、部屋の中は夜の色が濃い。
ミロに手を取られたカミュが寝室へと姿を消すと、静かにドアが閉められた。
十二宮の夜が秘めやかに始まる。





                             日記に現れたミニミニが古典読本に出世しました。
                               あとから知恵を絞ってくっつけた曲は 「 海・その愛 」。
                               この歌も好きなので、なかなかいいかなと。
                               「 男の想い 」 という言葉が効いています。

                               これを書いた頃は指環熱が高まっていたんですね、むろん、いまだに大好きですが。
                               あの雄大な風景の中にお二人を置いてみたいものです。

  海よ俺の海よ 大きなその愛よ   
  男の想いをその胸に抱きとめて  あしたの希望を俺たちにくれるのだ

「 海・その愛 」 より      作詞:岩谷 時子  歌:加山 雄三