勝 利 の ブ ブ ゼ ラ |
歌 「勝利のブブゼラ」 オランダ : コー兄弟
聖域の最高位にある黄金といえども世間の風を感じるときがある。2010年のときはサッカー・ワールドカップだった。
どういうわけか、たった十二人しかいない黄金聖闘士の出身国は過酷な予選を勝ち抜いてW杯に出場できた国が多かった。
ブラジル : アルデバラン
イタリア : デスマスク
スペイン : シュラ
ギリシャ : サガ カノン ミロ アイオリア
フランス : カミュ
このほかに、ほかならぬアテナ沙織と多くの青銅の出身国である日本の予想外の活躍が一層の話題を提供し、W杯開催中の聖域はサッカー一色に染め上げられた。
年長者はまだしも落ち着きがあるが、年齢相応にはしゃいだのは、やはり貴鬼だ。前回のW杯は幼すぎてなんの記憶もないが、というよりジャミールにはテレビなどあるはずもなく、W杯には無関係だったことを思うと、この2010年はなんと楽しいことだろう。
来る日も来る日も、誰彼となく出会えばW杯の話題に花が咲き、いつもは口を聞いたこともない寡黙で知られるシュラさえ、
「どうだ、貴鬼、昨日の試合を見たか?スペインの強さがわかっただろう!」
と頭を撫でてくれる。 仲のいいアルデバランに至っては、貴鬼を見つけるなりニコニコしながら寄ってきて、
「我がブラジルは19回の連続出場を誇り、強豪ひしめく南米予選を18試合で16勝、堂々の一位で通過だ。どうだ、応援しがいのある国だぞ。」
と肩車をして貴鬼を喜ばせてくれる。
そんな中でいよいよ開幕したW杯のテレビ中継で貴鬼が注目したのはブブゼラだ。
「ムウ様、ブブゼラって?えっ!選手の名前じゃないの?」
という疑問から始まって、ついにはこう言い出した。
「ムウ様、おいらもブブゼラを吹きたいです!」
ワールドカップに夢中になった貴鬼は、現地に行くことが出来ないのでせめてブブゼラを吹きたくなったらしい。
「いいですよ。こんなこともあろうかと、私の聖衣にはブブゼラが標準装備してあるのです。」
「わぁっ、さすがはムウ様!」
貴鬼が尊敬のまなざしでムウを見る。師が修復の技を持っているということはなんと素晴らしいのだろう。
アリエスの聖衣の角を一つはずしてもらった貴鬼がさっそく口に当てた。
♪ふしゅ〜…♪
なかなかうまく鳴らせない。実はブブゼラを吹くのはかなり難しいことなのだ。
「貸してごらんなさい。」
にっこりと笑ったムウが優雅な曲線を描くブブゼラを口に当て、見事に吹き鳴らしてみせた。
♪ぶぉ〜〜ん、ぶぉぉぉ〜〜ん♪
「わぁっ、ムウ様、すごい!」
そこへ現れたのはシオンである。
「その吹き方では甘いな。」
シオンに言わせれば、ムウはまだまだ若い。 くちばしの黄色いひよっこに見える。
小宇宙をすっと高めたシオンが聖衣を装着し、両肩のブブゼラ2本をはずすと高らかに吹いて、その耳慣れない響きは聖域を震撼させた。
「なにごとだ!」
時ならぬ大音響に、瞬時に聖衣を装着した黄金が即座に全員集合し、シオンの前にひざまずく。その中で緊張した面持ちのミロをシオンがさしまねいた。
「待っていたぞ、ミロ」
「……は?」
「おぬしの肩のブブゼラを吹いてみよ。」
「えっ!」
みんながいっせいにミロを見る。思わぬことを言われたミロは動揺するしかない。
俺の肩の角ってブブゼラなのか? ほんとに?
蠍のしっぽの針のデフォルメだと思ってたのに!
はずし方も知らないし、ましてや、吹き方なんてわからんっ!
カミュさえ知らなかった蠍座の聖衣の秘密がいま明かされる。
「し、しかし……それを言うならアルデバランの角もブブゼラなのでは…?」
指名されたアルデバランがずいと歩み出た。
「俺ならすでに応援に使ってる!おかげで我が母国ブラジルは2勝1引き分け、勝ち点7のG組1位で決勝リーグ進出だ。」
「あ…そう…」
ミロがブブゼラを使わなかったせいでギリシャが敗退したのではないかと考えたサガとカノンとアイオリアが愕然とし、冷たい視線を送ったのは当然だ。国家財政破綻の一歩手前という未曾有の経済危機に喘ぐ国民からおおいに期待されていたギリシャは、1勝2敗、グループ三位であえなく一回戦で敗退したのだ。
おおいに焦るミロを見てカミュは気の毒だと思いつつ、我が身を省みてほっとする。アクエリアスの聖衣にはブブゼラに該当する形状のパーツがないので、フランスが負けたのは自分のせいではないとひそかに考えて胸を撫で下ろしたのだ。
カミュに言わせれば、それほど過去の実績がなかったギリシャはまだいい。しかし、前回のドイツ大会で準優勝のフランスは、一回戦を2敗1引き分けで一度も勝利を上げることなくグループ最下位の不甲斐ない成績で南アフリカを去っている。同じグループ三位で敗退した開催国の南アよりも下位で、無理矢理こじつければ、最下位ではなかったと南アに花を持たせたというのが唯一の功績かもしれない。
開催中にチームの内紛がおおっぴらに報道されたのも痛かった。監督に反発した選手が練習をボイコットし、世間を唖然とさせたのも記憶に新しい。国民の期待をあまりにも惨めに裏切った代表チームへ向けられる内外からの視線は厳しく、非難と嘲笑の声は国を揺るがしている。フランスを離れて久しいカミュさえ、ここ聖域では肩身の狭い思いをしている始末だ。
「ええと、それならシュラは?」
焦りまくってほかの者の聖衣のデザインを必死で総ざらえしたミロがカプリコーンの聖衣のことに思い当たったらしい。しかしシュラはいささかも動じない。
「ふっ、むろん俺もそのことはよくわきまえている。我がスペインは2勝1敗、ブラジルほどではないが勝ち点6、チリを得失点差で1上回り、H組を堂々1位で通過している。」
「あ……そう…」
おのれのまずい立場に必死で頭をめぐらせたミロの目に映ったのは、ニヤニヤしているデスマスクだ。
「デスマスクの聖衣にもブブゼラがあるのでは?」
「残念だが違うな。俺のは蟹の足だ。ブブゼラなんかじゃないぜ。イタリアが負けたのは俺のせいじゃない。」
前回の優勝国でありながら1敗2引き分け勝ち点2の、グループ最下位であえなく敗退したイタリアは面目丸つぶれで国民の期待を裏切っている。非難ごうごうという点ではフランスといい勝負である。誰もそんなことで勝負したくはなかろうが。
いつもは蟹の足なんかじゃないって言って、全力で否定してるだろうが!
その場の全員がひそかにそう思ったが、デスマスクはどこ吹く風だ。
「ほんとにギリシャは残念だったのぅ。そうか…ミロはおのれのブブゼラのことを知らなかったのか…」
シオンがため息をついて首を振る。
ギリシャが負けたのは俺のせいじゃないのにっ!
……それとも、ほんとに俺のせいなのか?
サガ、カノン、アイオリアの冷たい視線が突き刺さる。
スコーピオンのミロ、初戦から敗退である。
その後、決勝戦まで聖域にブブゼラ旋風が吹き荒れ、初めての優勝を果たしたスペインを母国とするシュラはおおいに男を上げた。