「なにを見ている? ずいぶん探したぜ。」
   「わからない………ただ………」
   「ただ……なに……?」
   「………無性に月を見たくなったのだ…」
   
   隣りにいたはずのカミュの姿が見えないのにミロが気付いたのは、夜中をとうに過ぎた頃だ。
   しばらく待っても戻ってこないカミュに不安を覚えたミロは宝瓶宮のうちそとを捜し歩き、やっと裏手の崖近くの岩場   
   にその姿を見つけ出したのだった。
   そっと抱きしめたカミュの身体はとても冷たくて、ミロを震わせた。
   「月を見たければ、ベランダに出ればすぐに見られるだろうに……十二月の風は冷たいぜ……身体によくない。」
   吹き上がってくる風が裾を乱し、ミロがいくら両手で包もうとしてもカミュを守り通せないのだ。
   「もう戻ろう、俺にお前を暖めさせてくれ。」
   「もう少し……もう少し月を見ていたい……頼むから、ミロ…」
   「月なんか見なくていいっ、俺だけを見てればいいから!!」
   「今戻っても、お前が眠ったらもう一度ここへ来る。」
   いらだたしげに、強引に手を引いて来た道を連れ帰ろうとしたミロだが、カミュの言葉が足をとどめさせた。
   向き直ったミロが寒さに震える肩を抱き、青い目をのぞき込む。
   「そんなに月を見たいのか……?」
   吐く息が白くなり、夜更けの寒さを眼で教えてくれる。
   黙って頷くカミュの頬が、さらに白く思えた。

   カミュがすぐ見つかるだろうと軽く考えていたミロが寝室を出るときには風もなく、そのため、薄手の夜着を羽織って   
   きただけだった。
   手頃な岩に腰を下ろしたミロは冷たい身体を抱いてやり、自分は少し震えながらカミュを夜着で包んでやった。
   「………いったいどうした?このまま二人して仲良く肺炎になるのか?」
   冗談交じりにそういってやると、腕の中のカミュがびくりと身体を震わせた。
   「すまぬ……私はただ……寂しくなって……一人で月を見たくなって……ミロ…」
   「でも、今は俺と見ている……そうだろう?」
   頬を寄せた髪の一本一本にまとわりついている冷気が、ミロを凍えさせる。
   「ギリシャ神話では月の女神はセレネだが、ローマ神話ではルナだ。 知ってるか? ルナティックっていうのは、
   『 気がふれた 』 って意味なんだぜ。月は綺麗だが、昔から狂気に結び付けられることが多い。 だから……」
   ミロがカミュを強く抱きしめた。
   「俺はお前に月を見てほしくない……俺の気持ち、わかってくれる?」
   「ミロ………」
   初めて寒さに気付きでもしたようにカミュが声を震わせた。
   「夢で………私は一人でいて、回りには何もなかった……ただ白くて、でも冷たくて……まるで、あの時の……」
   声を失ったカミュがいとしくて、あらん限りのやさしさでミロは冷たい身体を抱きしめる。
   「もうお前にも逢えないと思ったら目が覚めた……暗くてなにも見えなくて……生きているのか死んでいるのか、今   
   どこにいるのかもわからなくて……」
   「隣りに俺がいただろうに……… 一人じゃないのに……カミュ…」
   「お前がいるのに気がついて……抱いて欲しかったけれど、それには身体が冷えすぎていた……だから……」
   「だから……月に抱かれにきたとでも? 月は俺ほどにはお前を暖めてくれやしないぜ、わかってる?」
   頬に額に首筋に、押し当てられた唇が冷たさを吸い取り、ミロの暖かさを伝えてきた。
   「お前が見るどんな冷たい夢も、俺が打ち砕いてやろう。 冷たい夢の褥(しとね)からお前を掬い上げて、懐にいだ    
   いてやろう。 遠慮をすることはない。 そのために俺がいるんだぜ、忘れるな、カミュ。」
   「すまない……ミロ……いつもお前には気をつかわせてしまう……」
   腕の中のカミュが小さく溜め息をつく。
   「ミロ……黄金にあるまじき弱さだな………結果として、いつもお前に頼っている。」
   「かまわんさ、俺でなくては出来ないことだ。 アクエリアスのカミュには俺が必要なんだよ。」
   やさしい口付けが与えられ、月の光に黄金の髪が金の光を散らす。。
   「俺だけに見せるお前の弱さが、明日の強さを生み出してゆく。 日が昇れば、気持ちも切り替わろうというものだ。    
    気にするな、カミュ。 俺に弱さを見せつけて、それからゆっくり眠るがいい。 心ゆくまで抱いてやろう。」
   淡く笑ったカミュからの口付けが、冴え冴えとした銀色の月の光に彩られてミロの唇に与えられる。
   それはなによりも清冽な、夜の女神からの贈り物に似て。

   「戻ろう……迎えに来てくれて嬉しかった……」
   「月には独り寝をしてもらおうか。 俺のカミュは渡さない。」
   それぞれの想いが眠る十二宮を冬の月が明(あき)らけく照らし出す。

      冷たさも暖かさも俺たちで分かち合おう
      俺のカミュ……俺のいとしい宝物……

   やがて宝瓶宮の丸屋根が二人を迎え入れた。
   十二宮は月明かりの下で眠っている。





                                   なんとなく寂しくなって書きました。
                                   冬の月の光の冴え冴えとした白さに息をのむとき、
                                   昔の人も同じように物思いに耽ったのだろうと思います。
                                   照らす地上の景色は大きく変わりましたが、
                                   人の心は何千年も前から変わってはいません。

                                   この話は、
                                   MIDIでドビュッシーの「月の光」を聞きながら書きました。
                                   いつも来てくださるひろみさんのサイトの名曲スケッチの中から
                                   場面に合った曲を選んで別窓で開いてBGMにするのです。
                                   ちょっと楽しい私的コラボレーションです♪

                            ひろみさんのサイト ⇒ こちら 


     山里は冬ぞさびしさまさりける  人目も草も枯れぬと思へば

                            源宗于朝臣 ( みなもとのむねゆきあそん )   百人一首より


【 歌の大意 】      山里はいつも寂しいものだが
              草は枯れて 人も離 ( か ) れてしまう この有様が
               いっそう身に沁みることだ