「カミュ…まだ起きてる?」
「……ん…なに?」
「ちょっと疑問を感じたことがあるんだが……聞いてもいいか?」 
「………何のことだ?」 
「あのさ……お前………いや、やっぱりよそう。」 
「その言い方は非常に気になる……ファジイなことを私が好まぬのは知っているはずではないのか?」 
「ああ、そうだな、悪かったよ。………では単刀直入に聞くが、お前、初めて俺に抱かれたとき、どのくらいのことを知ってたんだ?」 
「……え?」 
「だからさ、お前、『抱かれる』 ってことに対する知識はどのくらいあったんだ?」 
「……え?……言ってる意味がよくわからぬが………」 
「う〜ん、さすがに言いにくいな………え〜と………抱かれるってことが具体的に何を意味するか知ってたの?」 
「……あの…それは………知らなかった……と思う……たぶん…」 
「ずいぶんファジイな言い方だな。つまり………何も知らなかった?」 
「あの………誰からも…なにも聞いたことがなかったし………ただ、結婚というものは男女がするもので、愛し合う同士がキスをすることは知っていた。 フランスでは街中で何度も見かけたから………」 
「それだけ?………ほかには?」 
「……なにも…」 
「なにも、って………じゃあ、『抱く』 ってことが、人形を抱く、以外の意味もあるってことは、まったく知らなかったのか??」 
「し、知るわけがなかろう!お前も知っての通り、聖域にはテレビも新聞も通俗小説の類も何もない。 ここに来て以来、周りにいるのはサガとアイオロス、それに教皇庁の人間くらいで、耳に入ってくるのは、黄金聖闘士にふさわしい教養と心構えだけだったのだ。 そんな環境で、どうして私が知るはずがあろうか!」 
「う〜ん……そりゃそうだな、確かに俺もお前にそんなことをしゃべったことはない。」 
「だ、だいたい、お前は、いつそんなことを知ったのだ?私を……そのぅ……好いてくれるようになったのは自然な感情の発露としても、それがどうして……その…キスや抱擁や………そのほかのことにつながっていくのだ?」 
「キスや抱擁は、好きになったら当然の行為だよ。 可愛い猫がいたら抱き上げて頬ずりして可愛がるだろう?そんなことは教えてもらってすることじゃないぜ。」 
「それは私にもわかる。 私が聞いているのは………その……そのあとのことだ。……どうしてあんな……あんなことを思いつく?」 
「ああ、それなら、俺が自分で思いついたわけじゃない。 デスから聞いた。」 
「なにっっっ??!!」 
「デスはちょっと年上だし、いろいろと物知りなんだよ。 きっと雑兵あたりから聞き込んできたんじゃないのか? で、あるとき俺に、『知ってるか、ミロ? 世間の愛し合うもの同士はこんなことをするんだぜ………』 と言って、なにやかやと教えてくれたってわけだ。それは俺だって、仰天したよ。天地がひっくり返るかと思ったね。」 
「……で……お前はデスマスクの言に唯々諾々と従って私を……その………抱いたということか?!」 
「おい、誤解するなよ。 デスマスクは男女のことについて、さらっと教えてくれただけだ。 きっとあまりにも俺が無知なんで、いくら黄金でもこれではまずいと思ったんじゃないのか?たしかにサガとアイオロスの教育は、語学や歴史、自然科学に比重が置かれすぎていたからな。 あと、社会科学がほんの少しだ。 今から考えれば、性教育の類も入れるべきだったとは思わないか?」 
「そ…そんなことは、私は知らぬ。では、なぜ、お前はデスマスクから聞いたのに、私は誰にも教えてもらわなかったのだ?……私は…無視されたのか?………気に掛けてもらえなかったのか?」
カミュが唇を噛み、目を伏せた。 心なしか青ざめているようで、ミロは胸を衝かれるのだ。 
「そうじゃない、カミュ……そんなことを言わないで…」 
やさしく抱きしめたミロが蒼ざめたまぶたに口付ける。 
「誰もお前に言えなかったんだよ………あまりにきれいすぎて純粋すぎて………お前は冗談に紛らわすこともできないし、受けたショックを他に転化することも無理だろう。 妙なことを教えて、お前が困ってしまうのを誰も見たくなかったんだよ……俺はそう思う。」 
「でも………なにも知らなかったから、私はあの時………とても驚いて……困ってしまって………ミロ……」 
「すまない………すまなかったと思ってる……カミュ……まさか、なにも知らないなんて思いもしなかったし……」 
途切れ途切れに話すカミュが切なげに身を揉み込むようにするのが、ミロにはどれほどつらいことだろう。
「……でも……私が……そんな…そんなことを…知っていたはずがないではないか……ミロ…」 
「泣かないで、カミュ………今から思えば確かにそうだ。お前がそんなことを知っていたはずがない。 この俺にしてからが、デスから聞いた後も、けっしてお前には言わなかったからな。 お前をきれいなままでとっておきたかったんだと思う。 それに、そのときはすでにお前のことを好きになってたから、ますます言えるわけがない。」 
「ミロ……」 
「突然、あんな形で知らせてすまなかった………遅きに失したが、今、詫びよう……驚かせてすまなかった……」 
腕の中のカミュがゆるゆると首を振る。
「詫びずともよい………お前が私を好いてくれなければ、私は今も何も知ってはいないだろう。 聖域で、この私にそんなことを教えてくれるものがいるはずはない。 私は………クールで人付き合いが悪いと思われていて……冗談を言い掛けられたこともない……お前が…もし、お前がいなかったなら、私は心許す相手もなくて一人でいたのだろうと思う……」 
「カミュ………」 
「だから……お前が私に人間の本質を教えてくれたことをとても感謝している。………少々、唐突過ぎたが。」 
花の唇がやわらかく重ねられ、ミロを瞠目させた。 
「愛してくれてありがとう……私のミロ……」 
「それはこちらの台詞だ……俺のカミュ………俺の宝……」 
風もない静かな夜、二つの影が重なっていった。 





                      日記のミニミニに現われた挿話です。
                      あまりにいい内容なので、ついに本編に昇格を果しました。
                      
                      カミュ様、ほとんどなにもご存知なかったんですよ………、
                      ああ、なのに、ある晩、ミロ様が…。
                      この場では、これ以上は申し上げますまい、
                      いずれそのうち機会があるかもしれません。

                      人は誰かのONLY ONEになりたいものです、親子でも恋人でも夫婦でも。
                      もっとも確かな関係は親子ですね、子にとって母は一人きり、誰も介入できません。
                      そして親にとっても、子はかけがえのないものです。
                      では、友達は?
                      いいえ、友達は不安定、自分が一番の親友でも、相手が結婚するかもしれません。
                      世の中で親子の関係がもっとも強い絆なのです。

                      ミロ様カミュ様にはすでに親はなく、子も生まれようがありません、
                      あとに残すものはないけれど、いえ、それだからこそ、お互いをいつくしみあうのでしょうね。



   今ならあの夜を越えられるかな  君の涙に答えられるかな
  胸も苦しくて張り裂けるほど  全部君だった
                        
「全部君だった」   山崎まさよし