ともすれば君口無しになりたまふ 海な眺めそ海にとられむ |
接吻(くちづ)くるわれらがまへに涯(はて)もなう海ひらけたり 神よいづこに |
若山牧水 歌集「海の聲(こえ)」より
【歌の大意】 ふとした拍子に君は無口になるのだね
そんなに海ばかり眺めていると海に引きこまれてしまうよ
唇を重ねる私たちの前に こんなに果てもなく海は開けている
いったいこの世界のどこに神がおわしますのだろうか
「 何を見ている?」
「 海を……海を見ていた」
岬の先端で海を眺めているカミュをミロが見つけたのは、もう夕暮れがあたりを色濃く染めるころだった。
「 ずいぶん捜したぜ」
「 すまぬ………急に海が見たくなったのだ」
ミロがやれやれといった様子でカミュの隣に腰を下ろす。
「 風が冷たいな」
「 ああ……そうだな………」
水平線の彼方に沈んだ夕日の残照が空と海面に茜の色を刷き、ようやく青から紺へと変わりゆく空には星が瞬きはじめている。
「 カミュ、そんなに海を見るのはよせ。海に引き込まれるぞ。」
黙ったまま海を見つめて動かないカミュに業を煮やしたのか、ミロはカミュの肩を引き寄せて自分の方を向かせた。
「 見るなら俺を見ればいい。お前が黙っていると、海に引き込まれやしないかと心配になる。」
「 なにを馬鹿なことを………私は海が好きなだけで……」
その言葉が終わりもせぬうちに、ミロが唇を重ねてきた。
海から吹き上げる風が艶やかな髪を乱し、汐の香りが頬をなぶってゆく。
潮風の中で心ゆくまでカミュの唇の感触を味わいながらそっと薄目を開けたミロの視界の隅に、果てしもなく広がる蒼い海が映った。
「 カミュ………俺と海とどっちが好き?……答えて」
「 私は………」
目をあげたカミュが蒼い瞳を覗き込む。
「 お前の瞳の中に海が見える……いつでも私を包み込んでくれる蒼い海が………」
ミロが、我が意を得たりとばかりに頷いた。
「 わかっていればいいんだよ、これからは海を見たくなったら俺を見ればいい。
ただし、あっちの海と違って、お前をほうってはおかないぜ。いつでもお前を懐に引き込むが、それでいい?」
返事の代わりに頬を染めたカミュに、さらにミロがたたみかける。
「 カミュ……今夜、俺の海に溺れ込まないか?」
柔らかな唇に息をのむ暇も与えずに、ミロが口づけていった。
ミロ………私の蒼い海……………
夕星が一段と輝きを増していった。
ともかく、しっとりしたものが書きたかったのです。
書かなくてはならぬ必然性は何もないけれど、
理屈もなにもなく優しい気持ちになれるのが嬉しいです。
かねてから
「惑溺」 という言葉を使ってみたかったのですが、
ちょっときつすぎるような気がしていました。
そこでもう少し柔らかく変換して、上記の表現に。
これならすっきりしてきれいかと。
如何なものでしょう?
※「海な眺めそ」
「な〜そ」は、呼応した形で禁止の意を表します。
「海を眺めないで」の意味ですね。
竹取物語には「月な見給ひそ」というのがあります。
夜になると月ばかり見ている姫のことを心配しているのですね、
おや?
カミュ様のことを心配しているミロ様と妙に重なるではありませんか。
「カミュ様かぐや姫説」というのは成り立たないかしら?
「そんな迷惑な話はやめてもらおう!!!」(byミロ)
はい……………。
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