十二宮だけでなく聖域中が騒がしい頃、天蠍宮では二人の黄金のさそりがまるでバレエレッスンで使う様な大きな鏡の前でワイワイと盛り上がっている。
「これでどうだ!」
  バサァッ!
「いいと思うぜ!」
  バサバサァッ!
「やっぱ、出来るようになったら誰かに見せたくなるよな〜!」
と顔を見合わせて笑うミロとカルディアが居た。
そんな事に夢中になる所が子供っぽいとカミュとデジェルは思うのだが、マントを翻す姿はとても凛々しくて見とれざるを得ない。
「そういえば、以前、ミロがシベリアに遊びにくる時と戦闘モードの時の態度が別人の様に違うのを知った氷河がとても驚いていたのを思い出す。」
カミュの言葉にデジェルが笑う。
「戦闘中の言葉遣いも変わるのなら、それだけ黄金としての自負と誇りが高いのだろう。一度見てみたいものだ。」
言われてみれば、カミュも本気の戦闘モードのミロは見たことがない。訓練中の様子から、きっとシビアな態度だろうと類推するだけだ。
「カルディアの戦闘モードも相当だ。」
「見たことがあるのか?」
「いや、ない。ただ、本人がそう言っていた。半端じゃないぜ、俺はとことんやる、って。」
「さそり座だからな。」
「ああ、さそり座だから。」
マントバサァッの練習風景を見ながらのどかにそんなことを言っているが、実際に戦闘中のかれらを見たら二人とも言葉が少なくなるだろう。
凄惨な血の匂いに彩られた対氷河戦も見ようによってはS全開だったし、アテナの目の前でカノンに真紅の針を極限まで撃ち込んだときもそうだった。戦士という宿命を考えれば当然ではあるのだが、そのどちらもカミュは見ていないのでいまひとつ実態がわかっていない。
今は楽しげにマントの裾をひるがえしているカルディアも対ラダマンティス戦は実に苛烈で、凄惨さでは負けていない。自分はラダマンティスに右腕を砕かれ、対するラダマンティスは自ら心臓をえぐり出すというスプラッタの競演である。
ほんとにさそり座は血の気が多い。というよりあふれかえっているといったほうが正しいだろう。
さそりの赤は実に凄惨だ。苛烈な闘いで身に纏う残酷なまでに激しく鮮烈な真紅がさそり座には似合う。
全星座の中でももっともおびただしい血を見る必殺技スカーレットニードルの、その最大奥義のアンタレスは古来よりギリシャでは 『 マルスに反抗せしもの 』 の意味を持つ。 その星を守護星に持つというのは伊達ではない。

「そろそろ12時だ。誰か来てるかな。」
そう言いながら正面の扉を開けたミロは驚いた。そこに整然と列を作っているのは黄金の面々だ。
みんなが聖衣を纏っているのでおりからの昼の陽射しに華やかに輝いて、ミロは思わず目が眩んだほどだ。まさかこんなに集まるとは思っていなかったので、心の準備ができていなかったのは不覚だった。
「うわ…まるで俺が勝手に召集をかけちゃったみたいでまずかったかな?」
  キィィィィィィン……
「って、聖衣が共鳴してるし!独断専横だ、ってシオンから咎められるんじゃないのか?」
不安に思いながら列の後ろのほうを見ると、誰か私服らしい姿が見えた。

   ああ、よかった!
   全員を聖衣で集めたなんて教皇にばれたら、叱責を喰らうからな
   それはぜひとも避けたい……って、あれはシオンだろうが!

列から抜けたシオンその人がズンズンとやってきた。
「わしも聖衣で来たかったのだが、あいにくムウがわしより早く回覧板に気付いたので先を越された。大目に見ろ。よいな!」
シオン、どこまでも偉そうである。その後ろからひょいと顔を出した貴鬼が、
「おいらも聖衣はないけど、後学のためにぜひ見学させてください!」
と期待に満ちた目でミロを見上げている。
「ええと…まあともかく中へ。教皇猊下、老師、外も何ですから」
思いがけない黄金聖闘士全員招集に躊躇いながらほかの黄金たちを天蠍宮に招くミロ。
「ミロの言う通りだな。まぁシオン、童虎、遠慮すんな。入れよ。」
緊張しているミロに対してカルディアは気持ち良いほどいつも通りだ。シオンと童虎よりも年上なのでいささかも遠慮しない。

ミロとカルディア、W蠍座が皆を出迎えている頃、リビングに居たカミュとデジェルのW水瓶座は、シオン以下の黄金が勢ぞろいしていることを察知すると急いで来客用のお茶の準備を始めていた。くじ引きを済ませたら当選者以外はさっさと帰ってもらおうというアバウトな思想のさそり座とは違うのだ。
「紅茶がいいだろうか?」
「コーヒー豆からでは間に合うまい。アイスとホットどっちかな?暑いからアイスかな。」
「では、デジェルはアイスティーを。私はなにかお茶菓子を用意する。」
昨日ミロが買ってきてくれた W.bolero のアイアシェッケがあるのを思い出したカミュは急いで冷蔵庫に走る。
アイアシェッケとは、砕いたそぼろ状のクッキーの下に風味豊かなバターとカスタードの層、そしてその下にレーズンの入ったクリームチーズの層、最後にクッキーの層と四段にもなるたいそう手の込んだ濃厚で贅沢なドイツのベイクドチーズケーキである
もちろん、カミュを喜ばせようとミロがわざわざ現地まで行き購入した品物だ。

   うわっ! あれって俺が昨日買ってきたばかりのアイアシェッケだろ!

ミロ、衝撃である。
いとしいカミュに賞味してもらいたくて日本への出張のおりに時間を作って滋賀県の店舗まで出向き、カルディアとデジェルもいるからとロングサイズのを二本購入してきたというのに、いまカミュが真剣な顔で切り分けているのはその大事なアイアシェッケではないか。

   カミュ、あの、それ……

思わず喉元まで上がってきた抗議の声をミロはやっとのことで捩じ伏せた。時刻は午後3時、たしかにお茶の時間だ。
教皇以下の黄金が正装で勢揃いしては生真面目なカミュがお茶を出そうとするのは当然で、その場合のお茶請けはこのアイアシェッケしかなかっただろう。ほかに宝瓶宮の菓子棚には南部煎餅と雷おこししかなかったはずだ。カミュの感覚ではそれはない。
落胆しているミロにカルディアが囁いてきた。
「気にするな、ミロ。デジェルも楽しみにしていたはずだが、この場合はしかたがないだろう。接待しなかったら、あとでシオンから、気が利かないと言われるのはカミュだからな。あとで俺がシオンのやつから秘蔵の20年物のブランデーとキャビアの大瓶をふんだくってくる。今日のところは我慢しろ。」
シオンが満足そうにアイアシェッケを食べはじめた。