「 棋 院 に て 」 「これは、桑原先生、北海道はいかがでした?」 「緒方くんか、いや、まだまだ寒いのぅ、年寄りには温泉が一番じゃな。」 「なにをおっしゃいます、まだまだ若い者には負けん、というのが口癖ではありませんか。」 「ああ、本因坊の座は渡さんよ、特に君にはな、緒方くん。 どうじゃな、久しぶりに一局。」 「いいですね、お相手しましょう。」 ここは東京市ヶ谷の日本棋院、満開の桜も散りかけた春の午後である。 「今度の手合いもお見事でしたね。」 静かな部屋に石を打つ音が鋭く響いている。 「なに、相手が弱すぎるんじゃよ、君も含めてな。」 「次は本因坊をいただきますよ。」 「ほぅ、待っとるよ♪」 序盤から打つ手は早く、盤面を白と黒の碁石が埋めてゆく。 「時に、北海道では、ずいぶんゆっくりなさいましたね。」 「うむ、去年の手合いで泊まった宿がなかなかよかったんでな、二週間ばかりのんびり温泉に浸かっておった。」 「それは羨ましい、私など、講演や指導に追われてなかなかそんな時間がないのが困ります、桑原先生はお暇でいいですな。」 「君ら若い者とは、時間の使い方が違うんじゃよ。」 桑原は、緒方九段をぎろりと睨むと、左辺に厳しい一手を打ってくる。 もとからそのつもりの緒方は返す手で地を切り取り、まだまだ余裕を見せるのだ。 「しかし、温泉だけでは時間を持て余されたでしょう?」 「それが、若い者に碁の手ほどきをしての、これがなかなか面白いんじゃよ♪」 「ほう! ご老体みずから新人の発掘とは、お珍しい!」 「わしが娯楽室で一人で打っておったら、向こうから声をかけてきてな。 退屈じゃったから、ちょっと教える気になったんじゃが、この男がなかなか飲み込みがいい上に熱心で、一週間ほどでめざましい上達振りじゃった。」 「将来の内弟子候補というわけですか?」 緒方の目がきらりと光る。 「いや、それは無理じゃ、なにしろギリシャから来た観光客で、じき帰国するのだという。」 「……え? ギリシャ人にいきなり囲碁ですか?」 「ギリシャといっても、出身はフランスと言っていたな。 もう二十歳じゃが、磨けばものになるのに、惜しいのぅ。」 「いくら才能があるようでも、二十歳からでは遅すぎるでしょう。」 「いや、わしが手元で育てれば、そのうち本因坊はあやつがさらっていったかもしれんぞ。」 にやりと笑う桑原の口調には明らかに挑発が含まれているようで、緒方はむっとする。 まったく食えない爺さんだ……いや、ちょっと失言か まあいい、来年はこの俺が本因坊をいただかせてもらう! 「しかし、ギリシャに帰っては、その青年ももう囲碁はできませんね。」 「君は知らんのか? 最近 、ギリシャ囲碁協会が設立されとる。 いちおう教えてはみたが、仕事が忙しくて通えそうもないと残念そうじゃった。」 それにしてもすじがよかったのに、いかにも惜しい! まあ、あやつなら、なにをやっても大成するじゃろうて…… それより面白かったのは、あやつの金髪の連れのほうじゃ♪ あれはどう見てもできとるな、わしの目には見え見えじゃよ 面白いから黒髪のほうを碁盤に引きつけておいたら、金髪がすねてふくれるのが、いや、愉快じゃった♪ わしが宿を発つときは、黒髪のほうは残念そうに見送ってくれたのに、 金髪のほうは満面に笑みをたたえて、これ以上はないほど愛想がよかったのも正直で可愛かったの また会いたいものじゃが、もうギリシャに帰ったころじゃろうて 「桑原先生、早くも手詰まりで長考ですか?」 「なにを言うか!」 桑原は碁石を掴むと、右隅に鋭い一手を打ち込んだ。 突然、思い出したエピソードです。 碁の話を書いたときに考えてたのに、きれいさっぱり忘れてました(汗)。 この調子で、どれほどたくさんの話が埋もれてきたことか…………。 これは週刊ジャンプに連載され、日本はおろか世界的に有名になった「ヒカルの碁」の話です。 「ヒカ碁」を知らない方には、あまり面白くないでしょうけれど、 桑原先生と緒方九段、どっちも好きですよ〜♪ 桑原先生はたぶん80過ぎてます。 緒方九段は30くらいかしら?虎視眈々と上位を狙っている若手ナンバーワンの美形です。 この人が眼鏡をはずした回は、おそらく日本中を沸かせたはずです (笑)。 で、カミュ様に囲碁を教えた人が、なぜ、桑原先生だったのか?? 答えはこちら ↓ (反転してご覧ください、いえ別に人目をはばかるものじゃないんですけど) アニメでの桑原先生の声は、納谷六郎さんです。 この方は、カミュ様のお声の声優さんでいらっしゃいます ( ←敬語使いまくり♪ ) 黙って見過ごせない組み合わせだったのです。 それにしても、老師といい桑原先生といい、お年寄りの眼力は恐いわね………… |