「 目隠しされて 」


「ちょっといいかな。」
「え?」
私を見てくすっと笑ったミロが手にしているのは瑠璃色のバンダナだ。そういえばいつのころからか、サイドテーブルの引き出しの奥にそんなものが入っていたような気もする。
「それがなにか?」
「うん、目隠し。」
「え?」
ミロはいつもの調子で 「いいから、いいから。」 と言いながら、そのバンダナで私に目隠しをしてしまった。
「あ………」
戸惑う私を導いてベッドに横たえたミロは、
「ねぇ、どこにさわって欲しい?」
と言いながら私の髪をもてあそぶ。
「どこって………そんなこと…」
ミロの気配をすぐそばに感じながら、なにをされるかわからないでいる不安とほんのわずかの期待が私を包む。
「ねぇ、早く言って。でないと、どうすればいいかわからないだろう?」
耳元でささやかれて動悸が高まってゆく。
「それとも、そんな恥ずかしいことは言えないの?」
「ん………」
困ってしまって黙っていると、
「それじゃ、俺が今、どこを見てるか当ててみて。」
ミロがそんなことを言い出した。
「…ミロっ!」
それきりミロは黙っている。 
濃密な沈黙に耐えられなくなって思わず身をよじると、
「だめ。もっと見せて。」
と制された。 さっきより離れたところで声がする。

   ああ………いやっ………見られたくない………
   なぜなら私は………!!
   ミロ……いま私のどこを見ている?
   見えない視線が痛い………ミロに……視姦されてる?

ミロが動く気配がした。でも、なにをされるのかわからない。胸に触れられるのか、キスされるのか、それとも他のことなのか。
「ほんとにお前ときたら………」
こんなことを言うときのミロは私を融かしそうな目をして抱きにかかるのだ。その予感に思わず身構えていると、いきなりさわられた!
「ああっ!」
反射的に身体が跳ねてミロの手とぶつかり、それがまたひどく私に感じさせた。

   だめっ………だめだから……ミロっ!

「それからここも。」
はっとしたとき、胸の蕾にゆるやかに触れ始めたのはミロの指。
「………い…やっ………ミロ………やめて…!」
どんなに哀願しても、ミロの愛撫は止まらない。
「お前が、どこにさわって欲しいか、はっきり言わないからいけないんだよ。 だから、さわって欲しそうなところを選ばせてもらった。 いけなかった? いやならやめてもいいんだぜ?」

   やめる? ………やめるなんて………だめだから…
   ああ、ミロ………………ミロ………

含み笑いが耳元で聞こえ、私は羞恥の淵に追い込まれてしまうのだ。答える余裕などなくて、ミロの指先によって与えられる甘美な、そして気も狂いそうな感覚が私を揺さぶってゆく。

   見たい! せめてミロを見たい!
   あの輝くような金髪を、こんな私を見るときの歓びに満ちたミロを見ていたい!

「もっと悶えていいから……………もっと思いのままに乱れていいんだよ……」
ミロが私から急に手を引いた。
突然もたらされた静かな時間が却ってつらい。
耐え切れなくて身悶えた。
見られているとわかっていて、それでも丹念な愛撫が待ちきれなくて私はいつの間にかミロの目の前で狂おしく身をよじっている。
「ミロ………頼むから………せめてお前が見たい! このままでは耐えられぬ!」
やっと口にした哀訴をミロがやさしく、しかしきっぱりとしりぞけた。
「でも、俺はこのままのお前が見たい。 俺に見られて昇り詰めていく いとしいお前の姿が見たい!」

   でも、見られているだけなんて………
   私を見ているはずのミロの顔が見られないなんて……!
   せめて………ああ、せめて……

「では…あの……」
「ん? なに?」
「さわって………このままでは耐えられないから………………せめて私にさわって欲しい……」
見えないミロの視線の下で身悶えながら、私はいつのまにかそんな恥ずかしい言葉を口にしていた。なのにミロは、たった一言でもっと私を追い詰める。
「どこに?」
絶句する私。 羞恥のあまり気が遠くなりそうだ。
「ねぇ、どこ? 早く言って! 俺もお前に早くさわりたい! そしてお前を満足させてやりたい!」
もう耐えられない。私が言わなければミロは羽根の先ほどにも触れてはくれないのだ。このままほうっておかれたら自分で触れてしまいそうで、それがとても恐くなる。 恐ろしい、しかし甘美な誘惑が私を招く。

   ミロが触れてくれぬのなら自分で………
   そうすれば恥ずかしい言葉を口にしなくてもすむ……

シーツを掴んでいた手がピクリと動く。
そのときに気が付いた。もしかしたらミロはそれを狙っているのでは?欲望に耐え切れなくなった私が自ら手を伸ばすのを待ち望んでいる?
私からはミロが見えない。 ミロからは私が見える。 そのミロの目の前で私が………。

   いけないっ、そんなことをしてはいけないっ!

私は歯止めが効かなくなるだろう自分に恐れおののいた。 ミロに………ミロに助けてもらわなくては!
「あの………あそこに………………お前が一番最初に触れてくれたところに………さわって…」
とうとう言ってしまった。恥ずかしさで頭の芯が焼ききれそうだ。ゆるやかに、しかし無理強いされた屈辱と極限まで追い詰められた羞恥に身体が熱くなる。
そのとき、ミロが私に触れた。
「ああ……」
堰を切ったように歓喜の渦が流れ出す。 全身が歓びに沸き立って私は快楽の波に身をひたす。指先だけでなく唇もあったかもしれないが、歓喜と羞恥に飲み込まれた私には、もうそれの区別さえつきはしないのだ。
「カミュ………ほら………カミュ…」
タッチがいっそう繊細になりミロの声が少し低まった。 慎重になるときのいつもの癖だ。
「お願いだから………ミロを、お前を見たい……頼むから…」
泣きそうな声で訴えた。いや、私はすでに泣いていた。 あまりの羞恥と快楽に。目隠しのバンダナが十分濡れそぼったとき、ふいにそれがはずされた。
「ミロ………」
濡れた目で見上げたミロはいつも通りのやさしい笑顔で私を迎えてくれた。
「ずっと………会いたかった…」
泪をぬぐって手を差し延べた。 たくましい手に抱きしめられて、私はミロに口付ける。
「愛してる………もっとよく顔を見せて…………」
金の流れをいとおしく指で梳いて私のミロを抱きしめた。
「目隠しの味はどうだった?」
「ん………それは…」
返事をためらうと、
「あ〜、そんなによかったんだ!」
すらっと言ってのけて、私を絶句させ、
「また今度ね。」
と、とどめを刺してきた。ほんとにミロという男は………
「大好きだ……」
私はもう一度唇を寄せていった。