サソリ バー


住宅街を抜けたところに、その店はあった。
鈍く光る看板には、なるほど「サソリバー」の文字が読み取れる。

どっしりしたチークのドアを押し開けると、流れるピアノは「夢旅人」、
その心震わせる曲に包まれて、先ほどからカウンターの二人の語らいがひそやかに続いていた。
艶やかな翠の黒髪が揺れると甘やかな香りが匂いたち、ふと誘われる心地がするのも無理はない。
背の高いカクテルグラスに金色の照明が落ち、その白い指を浮かび上がらせる。
黄金の秋を待ちつつ、今宵も濃密な時間が過ぎてゆく。

必要以上の明かりを抑えた店内のところどころに品の良い間接照明が灯っている。
偶然、壁の近くの席に案内された男は、そこではじめて壁になにかが描かれていることに気がついた。
いや、絵ではない、壁紙には黒を基調とした赤色の映える刺繍が施してあったのだ。
ほの暗い店内に慣れた眼で良く見てみると、天の蠍、地の蠍が大きく刺繍されている。
平面的な壁のはずなのに、じっと見ていると奥行きを感じることができる。
男は、まるで砂漠の真ん中で夜空を見上げているような、そのまま星空に飲み込まれてしまうような、
体ごと、時間も空間も越えて、壁の刺繍の中に招かれていくような空気に包まれた。

ふと気がつくと、テーブルには金色のカクテルが満たされた背の高いグラスが置かれている。
「これは?」
と訊くより早く、カウンターの向こうから、
「本日のスペシャルです。」
という声が聞こえてきた。
頷いて一口含んだその時だ、金色の光芒に全身が包まれたかと思うと、
突然、宙に持ち上げられる感覚に襲われたではないか。
漆黒の闇に吸い込まれる恐怖に、固く目を閉じていると、やがて、あたりが静寂で満たされるのが感じられた。
おそるおそる周囲を見回してみると、これは一体なんとしたことであろう。
身体は宇宙の闇に浮かび、全天に輝くのは黄道十二星座ではなかったか!
その星座の輝きに圧倒されつつも、目は一つの真紅に煌めく星に吸いつけられずにはおかぬ。
「あの輝きは、蠍座のアンタレス!」
と思った瞬間、その星は凄まじい力で男を引き寄せ始めたのだ。
鮮烈な赤い光の只中で、思わず声にならぬ叫びを上げたときだ、
気が付くと、もといたサソリバーの席に座っているではないか。
茫然としている男の耳に、
「本日のカクテル 『ギャラクシアン・エクスプロージョン』 は、お気に召していただけましたか?」
涼やかな声が響いてきた。
はっとして見上げると、眉目秀麗、長身の青年が少し身をかがめて立っている。
それが、サソリバーのオーナー、サガその人であった。
アルトサックスの柔らかい音色が「夢旅人」を運んでいる。

その時だ、いきなりドアが開いた。
「サガ!僕の兄さんに何をしたっ!!」
「瞬か、よくここが判ったな。」
「あの小宇宙に気付かないはずはないでしょう。もう帰りますよっ。兄さんはまだ未成年なんだから。」
面白そうに聞いていたサガが口を挟む。
「そうか、君はまだ子供だったのか。十二宮戦では、ずいぶん大人っぽく見えたものだが。」
一輝は怒りに燃えた目でサガを睨んだ。
「黙れ!俺が子供かどうか、ハーデス編で目にもの見せてくれる!」
「それはいい。我々も皆、君達の活躍には期待している。」
そう云って、サガは店内を見回した。
その時初めて、瞬は、そこにいるのが黄金聖闘士達だと気付いたのだ。

ムウがピアノを弾き、ベースはアルデバラン、サックスはシュラだ。
ミロとカミュはカウンターを離れて奥まった席を占め、カミュの頬は既に朱に染まっている。
ミロの肩に頭をもたせかけ、その目は半ば閉じられようとしていた。
シャカは、カウンター内でシェイクに余念がない。
ほかの黄金聖闘士も、やがてやってくるのだろう。

サガは、爽やかな笑顔を見せた。
「よい考えがある。ハーデス編の撮影が終了したら、ここで打ち上げパーティーをしないか?
 アテナや青銅諸君にはソフトドリンクを用意しよう、うちは、ソフトドリンクの種類にも自信があるのでね。」
「車田先生と荒木さん、姫野さんも呼ぶべきだな、サガ。」
ミロが声をかけると、ピアノの向こうからムウも言った。
「横山さんもぜひ!一度、お目にかかりたいのですよ。」
「脚本も演出も、そのほかのスタッフもだ!」 アルデバランの太い声が響く。
「声優の方々もお忘れなく。」とシャカ。

「やれやれ、その人数では、アナザーディメンションで店を拡張したほうがいいかもしれんな。」
サガは笑うと、瞬に手を差し出した。
「日時が決まったら追って連絡しよう。他の青銅諸君にも、よろしく伝えてくれたまえ。」
「はい、楽しみにしています。今夜は兄がお世話になりました。」
「ちょっと待て、瞬!俺は十二宮篇ではろくに出番がない!いまここで、サガに俺の真価をわからせてやるっ!!」
ふらつく足取りで小宇宙を高める一輝を瞬は慌てて押しとどめると、急いで店を出た。
「大丈夫ですよ、兄さん。きっと続編も製作されます。」
「・・・・夢だな。」
「兄さんっ!まさか夢とは不可能と同じ意味だと思っているんじゃないでしょうね? 僕達にとって夢とは決して不可能なことじゃない。どんな夢も信じて貫けば、必ず現実のものとなるんです!」
夜道を歩きながら、一輝は黙って頷いた。

   そうだ、瞬の言う通りかもしれん、希望を持とうではないか、
   俺達は、どんな不可能なことも可能にしてきたのだ。

ドアの開く音に振り返ると、暗い道に金色の光の帯が長く伸びる。
アイオリアとデスマスクが連れ立って入っていくのが見え、
その僅かの間、ムウのピアノが聞こえていたが、すぐにドアは閉ざされた。
漆黒の夜空から、輝く星座が二人をみつめていた.



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この短編はサイトを持つとは思いもしなかった頃、某所BBSに書いたものです。
第三段落は三輪ヨーコさんが書いてくださいました。
そのころ世間はハーデス編DVD化の話題で盛り上がっており、その勢いで書いたものです。
少し手を入れてありますが、ほとんど原形をとどめています。
しかし一輝は、ほんとに出番が少なかったのね、冥界編、期待しています♪


ところで、なぜサソリバーなのか?

野沢温泉に行き、バスの車窓からちらっと見えた手書き看板に  「 サソリ バー 」  の文字を発見!
「???」
しかしすぐに  「 サン リバー 」  の読み間違いと分かりましたが、
管理人の心は、まだ見ぬ  「 サソリバー 」  でふくらみました。
こうして出来上がったのがこの短編です。





                     今なら絶対に書きませんね、この展開!
                     黄金が演奏するなんて、あ、あり得ない………。

                     でも、ミロ様カミュ様の扱いはOKです♪
                     この頃から原型はできていたものと見えます(笑)。