◆ 一輝が離れを訪ねたら

午後のお茶と一緒に美穂が運んできたのは和菓子の老舗・虎屋の羊羹 「 夜の梅 」である。
「日本の菓子は自然を詩情豊かに表現することにかけては他の追随を許さぬ。実に素晴らしい!」
鼠志野の湯飲みを置いたカミュが、黒文字で小さく切り取った夜の梅の一片を口に運ぶ。
早くも一切れ食べ終えたミロが満足そうに溜め息をついた。
「日本の菓子を和菓子っていうんだぜ、知ってるか? そのせいで、お前のファンには和菓子を買いたがる傾向があるんだそうだ♪」
「……え?」
その瞬間だ。
ミロの神経が究極まで張りつめ、指先に集中した小宇宙が臨戦体勢にまで高まった。眉をひそめたカミュも次の間の襖の向こうを見つめ、緊張ただならぬ様子である。
 バシッッ!!
手荒く襖を開け放ってそこに立っているのは誰あろう、フェニックス一輝であった!
「ほう!これは優雅なことだ、黄金の面々にはよほど暇があるとみえる!」
「貴様は一輝!!なぜ、ここにっ!」
不敵に笑っている一輝に挑発されたミロは激高した。 両者の小宇宙が際限なく高まりまさに一触即発の危機である。
「よさぬか、ミロ! 一輝もこの場は控えてもらおう!」
割って入ったカミュの冷静な、しかし威圧を含んだ声が響く。
「突然の訪問だが、何用あってのことか?」
にやりとした一輝は瞬時に戦闘的小宇宙を解き、
「驚かせて悪かったな、ミロ、なぁに、たいした用ではない。」
そう言うと部屋の中を見回した。
「なかなかいい部屋じゃないか、戦士の休息というところか。」
「貴様、俺たちがここに滞在していることをどうして知ってる?」
ムッとしたミロは機嫌が悪い。

   いきなり現われる奴がどこにいるっっ!
   考えてもみろ! 
   い、いや、考えてもらっては困るが、ここで昼間っから俺がカミュを抱いてないと、どうして言えるっ??
   今までにも、ためらうカミュをなだめすかして何回かは日のあるうちからカミュを抱いているのだ!

   たいていは結界を張っているが、なりゆきで忘れたこともあるからな!
   それでも、宿の者は必ず声を掛けてからでないと入って来んから安心だが、
   一輝なんぞに踏み込まれたら、即座に血を見ることになるのは確実だ!
   冗談じゃないっ、カミュがどんな反応をするか、さすがの俺にも想像できんっっ!!
   礼儀を知らないにも程がある!
   こいつにも囲碁を習わせるべきだっ!

「星矢に聞いて様子を見に来てやった。 惰弱な生活をされては聖闘士の風上にも置けんからな。」
「言っておくが、一輝、私たちはここ日本にいても、アテナとともに地上を守るということを片時も忘れたことはない。」
相変わらず冷静なカミュが冷めた煎茶を一口含んで、一輝に涼しい眼差しを送る。

   ふうぅ……こんなときでもお前の冷静さ、美しさは変わらんな♪
   まったく、いつどんなときでもお前は最高の存在だよ♪

「それなら、まあよかろう、邪魔したな。」
その言葉を残して一輝の姿は消え、後にはフェニックスの羽が落ちている。
「なんて奴だ、許せんな!」
息巻くミロは憤懣やるかたない様子なのである。
「気にすることはない。 一輝はカノン島の温泉に浸かり、我々は登別の温泉に浸かっているだけの話だ。」
「しかしなぁ……!」

「失礼いたします。」
そこへ、茶を下げにきた美穂が現われ、襖の側に落ちていた羽根に目をとめた。
「あらっ? なんてきれいな羽! どうしたのですか?」
「ああ、さきほど庭で拾ったのだ。なんなら持っていくとよい。」
「まあ、ありがとうございます、大事にします。」
美穂が嬉しそうにして、色鮮やかな羽根をたもとに入れた。
「ところで、今日のお菓子はいかがでしたでしょうか?」
「たいへんに結構だった。茶が冷めたので、すまぬがもう一杯もらいたい。」
心得た美穂が、今度は清水焼の雲錦模様の茶碗に玉露を淹れる。
急須を傾けて最後の一滴まで落とし切ると、若緑の色の底に描かれた桜の花びらが揺らぎ、爛漫の春を感じさせるのだ。
「ああ、これはよい! ミロも夜の梅が残っている、はやくいただくのがよかろう。」
「ああ、そうだな、和菓子と玉露、この幽玄な世界が実にいい♪」

   和菓子は五感の総合芸術というが、まったくだ!
   姿、名前、香り、感触、味わい、
   どの一つが欠けても完璧ではないからな

   ふうむ………これはカミュとぴったり重ならないか?
   姿よし、名前よし、香りよし、感触よし、味わいよし!
   うん♪ 確かにお前は五感の総合芸術だよ、
   第六感があるとすれば………声だな!
   感 極まったときのカミュの声は、どうにも、こう、なんとも言えんっ!
   まさに魂を揺すぶられて、こっちが天に昇る気がするんだからな……♪
   ああ!今夜が楽しみだ♪

「ミロ、何を考えている? せっかくの玉露が冷める。」
「うん、和菓子のすばらしさについて考えてた♪」
満足そうに夜の梅を頬張ったミロが、玉露に手を伸ばす。
庭の福寿草の鮮やかな黄色が目にしみる春の午後である。

                                   夜の梅 ⇒ こちら




           なにしろあの一輝ですから、ただではすまない!
             あやうくミロ vs 一輝になるところを、
             さすがにそんなことをしたらこの離れを追い出されると危惧した(?)カミュ様の仲裁により
             なんとか事なきを得ました。
             ほんと、この人にも平和な時間は似合いませんね。
             しかし、普段は感じない二十歳の大人っぷりをしみじみ思います。
             カミュ様、素敵だわ!