◆ 瞬が離れを訪ねたら
「やっぱりチーズケーキはトップスに限るな♪
この舌にとろけるような濃厚な味わいはなんとも言えん!」
「うむ、実に素晴らしい!」
白くて甘くて、固いようでいて舌に乗せるととろりと溶けて………
ふふふ、これはやっぱりカミュの…♪
あらぬことを考えながらミロが珈琲を一口飲んだとき、電話が鳴りカミュが受話器を取った。
「ミロ、青銅のアンドロメダが来たらしい。
通してもかまわぬか?」
「アンドロメダ?
ああ、かまわないぜ。」
アンドロメダといえば、確かハーデスに憑依されていた奴じゃなかったか?
まったくあのハーデスのおかげで、俺たちはどれほど苦渋を舐めたことか!
カミュは望みもせぬ仮初めの命を与えられ、十二宮に舞い戻って俺たちと闘う破目になり、
ついに俺は怒りに目が眩んでこの手でカミュの首を絞めたのだからな!
ああ、思い出すたびにゾッとする……あれから何度あの夢を見たかしれないのだ!
あれ?まてよ……デスから聞いた話では、
アンドロメダが憑依されたのは
、「 その時代で最も清い精神を持った人間」 として選ばれたからだというが、
するとなにか?
俺のカミュよりアンドロメダのほうが精神が清いっていうのか??
気に入らんっ、ハーデスの目は節穴かっっ??!!
俺のカミュは黄金のみならず、世界人類最高の清い心と知性と美貌と高潔な魂と…!
「失礼いたします、あの…お客様がおいでになりましたが…」
「ああ、こちらへ…」
カミュがそう言ったとたん、
「失礼しますっ、もしかして、兄さんがここに来ていますでしょうか!!」
美穂の後ろから真剣な表情で顔を出したのは瞬である。
「…え?
兄さんとは?」
「あ、申し遅れました。僕の兄は青銅のフェニックス一輝です。」
「えっ!」
いきなり先日の無礼な訪問を思い出したミロは、ふと瞬の握りしめているものに目をやった。
あの時に部屋に落ちていたフェニックスの羽根を嬉しそうに持っていった美穂はそれをフロント横の棚に飾り、それ以来訪れる泊り客の注目を集めているのはミロも知っている。
あの羽根が部屋にあった経緯を考えなければ極彩色の華麗な造形はたしかに美しく、一輝の無作法ぶりに怒りを覚えたミロもそれは認めざるを得ないのだ。
その後、たまたま宿泊に来た山科鳥類研究所の研究員が一目見て新種の鳥の羽根ではないかと見抜き、頼み込まれた美穂が1ヶ月ほど研究所に貸し出していたほどだ。当たり前のことだが、結局なんの鳥の羽根かは特定できないままに先日返却されてきて美穂を残念がらせたのだった。
「あの……これは兄さんが使う羽根なので。
兄さんはいつここに来たのでしょうか?」
「あれは一週間ほど前になるだろうか。 まあ、話は座ってからに。
美穂、客人にもチーズケーキを頼みたいのだが。」
カミュに座るように促された瞬は、さすがにいきなり私事を口走ったのを恥ずかしく思ったらしく顔を赤くする。
「ブロンズのアンドロメダ瞬です。ご無沙汰しています。」
きちんと頭を下げるあたりは一輝とは違って常識が身についている。
もっとも兄のことになると、頭に血が上るようだがな
顔立ちも女のように優しいが、まだまだ俺のカミュには及びもつかん!
「それで今日は私たちになにか?」
涼しい瞳のカミュに問われて瞬も本来の目的を思い出したようだ。
「はい。
星矢と紫龍がこちらをお訪ねしたと聞いたのですが、明日は氷河がお伺いする予定だというので、僕も一度ご挨拶に伺おうと思ったのです。」
「そうしたらいきなりフロントでこの羽を見つけたってわけか?」
「ええ……兄さんとは冥界戦以来、一度も会っていなくて…」
そこへ美穂が珈琲とチーズケーキを持ってきた。
「どうもありがとうございます。」
お辞儀をした瞬がきれいな動作でジノリの珈琲カップを手にし、ますます一輝との違いをミロに思わせる。
「ああ、これ、おいしいですね!
こんなケーキを兄さんにも食べさせたいのに…!あの……兄はこちらでご無礼などしませんでしたか?元気そうだったでしょうか?」
「残念だが、茶を出す暇もなく帰ってしまったので…」
「ああ、極めて元気だったぜ、その点は保障する。
で、あれからぜんぜん会ってないのか?え? 今いるところもわからない?
たった二人きりの兄弟なんだろう?」
ただでさえ身内に縁の薄い聖闘士が多い中で実の兄弟が同じ聖闘士というのは珍しい。ミロの知る限りではアイオロスとアイオリアの例があるだけだが、そのアイオロスは非運な死を遂げている。
こんなにいい弟がいながら、どうして一緒にいてやらないんだ?
俺たちは聖闘士なんだから、
いくら平和な時代とはいってもいつなんどき事が起こって命を落とすかわからんのだぞ?
だから俺は一日一日をカミュと大事に過ごしている!
一輝の奴、俺たちに迷惑をかけるだけじゃなく、弟にまで要らぬ心配をさせてるってわけか……
……甘えだな、俺にいわせれば!
「一輝に会わせてやってもいいぜ!」
「えっ?!」
カミュと瞬が驚いたようにミロを見る。
「ただし、ここではだめだ、ちょっと危険が伴うんでね。
食べ終わったら一緒に来てもらおうか、いい場所がある♪」
「は、はいっ!」
瞬が急いで口の中のケーキを飲み込んだ。
「で、カミュ、お前も来る?」
「ではお手並み拝見するとしよう。」
「見物人がいると俺も燃えるね♪ では、二人とも手を出して。」
立ち上がったミロが二人の手をつかんだかと思うと、一瞬でその姿は消えた。離れには珈琲の香りだけが残っている。
「あ……ここは…!」
「そう、お前の嫌いな地獄谷だ。
とんだところに連れてきて、すまん。」
「いや、そこまで嫌ではないが…」
ここは登別温泉の奥、温泉街にも接している地獄谷と言われるところである。湧き出る温泉の湯気と硫黄の匂いがまるで地獄のようだとこの名がついた。
国立公園の一角を占めるこのあたりの山は亜硫酸ガスの影響で草木一本生えてはいない。
登別に来て間もないころに宿の主人に勧められて初めてやってきたときに、その景色を一目見たカミュが蒼ざめた。聞いてみると、ハーデスに仮初めの命を与えられ現世に戻るまでの道筋によく似ているという。
「あの時は………目覚めたばかりで、まだ先が見えなくて………それでも、お前やほかの者と闘わねばならないことや逆賊の汚名を着なければならぬことが苦痛で………」
まるで意思に反して屠場に曳かれてゆく気がし、それに加えてあたりの陰々滅々たる眺めと吸い込むたびに身体に粘りつくような瘴気に満ちた空気とがさらに重い気分を助長したのだという。自らの運命を嘆きつつ互いに励まし合い、秘めた決意を冥界側に悟られぬよう細心の注意を払いながらの道行がどれほどつらかったことか……。
言葉を選んで語るカミュの話はミロにも初めて聞くもので、今さらながらその慟哭の想いが偲ばれたものだった。
今朝の登別の気温は3度。
午後になっても曇り空の今日は日中も5度ほどしかなく、もうもうと立ち昇る湯気があたりの景色を見え隠れさせる。
「お前はこのあたりの高みから見ていてくれ。」
カミュを目立たない岩陰に残してミロが瞬を伴い地獄谷の奥へ足を向ける。
そのあたりは一般人の立ち入りが禁止されている地域だが、聖闘士にとってはまるで危険には思えない。
「あの……ここでいったいなにを?」
「本気で立ち会う!」
「…えっ!」
「幸い、互いに聖衣は身につけてない。
噂に聞くお前のチェーンも身を守る役には立たん!
ここで実力のほどを見せてもらおうか!」
ミロの小宇宙が一気に高まり、突然のことに動揺を隠せぬ瞬が目を見開いた。
「ほう!」
高みから見ているカミュが歎声を上げる。
あっさりと極限まで小宇宙を高めたミロが一気に拳圧を放つと一瞬あたりの大気がビリビリと震え、大地が揺れた。ずっと離れたところにいる観光客からは二人のいるところを見通すことはできないが、そちらにもこの余波が伝わったものとみえ、かすかな悲鳴が聞こえてくる。
防御体勢をとった瞬がぎりぎりの位置で踏みとどまったのを見たミロがにやりと笑い、
「そう来なくちゃ面白くない♪
では、これはどうかな?」
はっとした瞬が次に備えようとした瞬間、最初の一撃をはるかに越える衝撃波が襲い掛かってきた。
「うわぁ〜っっ!!」
まさかと思う心の一瞬の隙を突かれた瞬の細い身体が吹っ飛んで岩肌にたたきつけられる。それはかなりのダメージになったはずで、見ていたカミュをはっとさせた。
……少しやりすぎではないのか?
カミュが眉をひそめていると、瞬がようやく立ち上がりかけた。
「やはり青銅クラスはひよっこだな、黄金の前にはひとたまりもない。まるで話にならん!」
冷笑したミロが背を向けたときだ。
「僕はあなたと戦いたくはない……でも、青銅の誇りは僕が守る!
星矢たちと、そして兄さんのためにも!」
「ふっ、無駄なことを…」
肩越しに振り返ったミロが瞬に目をやったときだ、凄まじい速度で矢のように襲い掛かってきた一筋のチェーンがミロの頬を掠めた。
「なにっっ?!」
〜〜ここでBGM挿入!〜〜 ♪チャ〜ッチャチャチャチャ〜〜〜〜〜チャ〜ッチャチャチャチャチャチャ〜〜〜〜ッ♪
「僕はあなたを傷つけたくはありません!
でも、青銅のために、兄さんのために、僕はあなたを倒さなければならない!」
ミロの頬からかすかに血の筋が流れる。
「すこしは手応えがあるようだな!
よかろう、もう少し本気を出してやろうか♪」
向き直った刹那、ミロの両腕が伸び、見ていたカミュがはっとするほどの拳が放たれた。
危ないっ!あれがヒットしたら瞬は…!
「守れ、チェーンよ!!」
……え?
瞬の左手から放たれたチェーンが身体の回りで渦を巻き、ミロの拳圧を鮮やかに跳ね返してゆくではないか。
「貴様、いつのまにチェーンを!」
「僕のチェーンはどんなときでも僕を守ってくれる!
今度はこっちからいかせてもらいますからね!サンダーウェーブ!!」
予想をはるかに越える角度で曲りこんできたチェーンがミロの身体を直撃し数メートル後ろに下がらせる。防御体勢を取るのが百分の一秒でも遅れたら、ミロの身体は真っ二つに引き裂かれていたに違いない。
ふう……なんて奴だ!
ほんのお遊びのつもりだったが、そうもいかんようだ!
すまんが本気でやらせてもらうぜ!
このころには二人の小宇宙のぶつかり合いが大気を鳴動させ、大地の遥か奥深くで感応した溶岩がさかんに沸騰し始めている。岩の割れ目から立ち昇る湯気が層倍し、強い硫黄の匂いが立ち込めるところはまさに地獄であった。地獄谷の入り口付近にいた観光客もすでに逃げ出したらしくなんの気配もない。
(
ミロ!早くケリをつけぬと、環境に影響を及ぼす! )
( ああ、わかっている。 ここまできたら、あとわずかだろう!
)
ミロが恐るべき力で放った衝撃波が瞬を圧倒し始めた。
かろうじて左手のチェーンで守られてはいるものの、瞬がいくら念じても右手のチェーンはだらりと地に垂れたままでピクリとも動かないのだ。じりじりと押され始めた瞬のかかとがやがて崖下の岩にぶつかって止まった。
「ここまでだな、青銅にしてはよく頑張ったと誉めてやろう!
さらばだ、アンドロメダ!」
冷徹な笑みを浮かべたミロが、伸ばした右の人差し指に小宇宙を集中させ、今まさに真紅の衝撃を放とうとしたそのときだ。一本の羽根がその研ぎ澄まされた指先をかすめ、ふつふつと湯気を立てている大地に突き立った。
「なにっっ?!」
二人が対峙しているすぐ横の大気が激しく揺らめき一瞬燃え上がったかと思うと、その灼熱の焔の中から一人の男が歩み出す。
「兄さんっ、やっぱり来てくれたんだね!」
「待たせたな、瞬。」
かすかに瞬に微笑を見せたあと、一輝がミロに向き直る。
「貴様、黄金の分際でよくも俺の弟を痛めつけてくれたものだな。
あとはこの俺が相手だ!」
「やれやれ、やっと御到来か!」
「…なにっ?」
すでに臨戦態勢を解いたミロがにやりと笑う。
「いつまでも大人に手を焼かせるんじゃないぜ。
じゃあな、瞬! 今度は逃がさないようにそのチェーンでつかまえておくんだな♪」
「兄さんっ、もう離しませんからね!
僕と一緒に城戸邸に行って沙織さんに会ってもらいます。みんな、兄さんのことをとても心配してるんですからね!!」
「は、離せっ!
瞬!」
兄の腕をしっかとつかんだ瞬がにっこり笑ってミロにお辞儀をし、次の瞬間にはもう二人の姿は消えている。
「やれやれ、手間のかかることだ。
携帯でも持たせておいて、連絡を取り合うわけにはいかないのか?」
カミュと合流したミロがぼやくのだが、見ていたカミュにはミロが楽しんでいたようにしか見えないのだ。
「夢だな。」
「そうあっさり言うなよ。
今度アンドロメダが来たときにはお前がやるんだな。 うん、そうだ、今度は真冬がいいな♪ ちょっと足を伸ばして、流氷に埋め尽くされるオホーツク海なんてどうだ?
オーロラエクスキューションをやったら観光客誘致に一役買えるぜ♪」
「勝手なことを!」
「でも、見ててワクワクしなかった?
これでもお前の目を意識して雰囲気を盛り上げたんだけどな♪
チェーンにもわざと当たってやってハラハラさせたし。 ほら、ここのところ♪あとで舐めて直してくれる?痛々しいだろう?」
「お前というやつは…!」
呆れて聞いていたカミュが吹き出した。
「ああ、十分に楽しませてもらった。
さあ、そろそろ戻って一風呂浴びたら夕食にせぬか。適度の運動のあとはきっと食事が美味しいことだろう。」
「うん、そうしよう! で、食事のあとも軽い運動ね♪」
「…え」
ウインクをしたミロが姿を消し、頬を染めたカミュの姿もすぐにその場から消える。
ライトアップされた湯煙がもうもうと夜空に立ち昇っていった。
※ 山科鳥類研究所 ⇒ こちら 実在するのは山階鳥類研究所 ( 千葉県我孫子市
)
※ 地獄谷 ⇒ こちら 行ったときには本当にハーデス篇を思い浮かべてました。
※ ジノリ ⇒ こちら 高いお品は一客2万円。
ミロ様カミュ様にはふさわしいです。
瞬の話には困っていました。
前日までなにも浮かばなかったからです。
一輝を探しにくることにしようとは思いましたが、そのあとどうする??
手の打ちようがないままに書き始め、トップスなんか食べさせてたら、やはりミロ様が助け舟を♪
書きながらニヤニヤし、読み返して大笑いです。
ミロ様すてき!
やっぱりあなたは素晴らしい!
これこそ創作の楽しさです、一つの境地に達した思いがします。
しかし、初めて書いたまっとうな戦闘シーンがミロ vs
瞬になるとはね……(笑)。
瞬と一輝の声が完全にアニメそのままで聞こえてきます。
特に闘いのシーンでの一輝はすばらしい美声です、この人に普通の会話は似合わない!
長年の刷り込みはすごいものだと思います。
それにしても、戦闘シーン、とっても書くのが楽しかったのでした、
予想外の驚きです♪