翌朝のことだ。ミロとカルディアが朝食前の露天風呂に出かけたのを見計らってデジェルがカミュに話しかけた。
「あの、カミュ………書物を読んでいるところを申し訳ないのだが……ちょっと良いだろうか?」
「えぇ、デジェル。なんでしょう?」
読んでいた本にブックマークを挟んだカミュがにこやかに顔をあげた。だがデジェルは声を掛けたもののどこか言いにくそうにうつむいているばかりだ。いつもと違うデジェルの様子にカミュは首をかしげた。
「どうしました?同じ水瓶座同士、まして貴方は私の兄のような方ですのに。」
とカミュが声をかけると、思いもよらずデジェルが泣きそうな眼差しをした。この感じはカミュには覚えがある。カルディアとのことを告白されたのと同じ気配が濃厚だ。この時点でカミュの思考回路にハザードランプが着いた。先入観がカミュを支配する。
「あの………こんな事ことを弟とも思える貴方に聞くのは何だけれども……」
「…はい?」
「その……ミ、ミロとカミュが昨日の昼に………部屋であれを………したのは本当なのだろうか?」

   どっ、どうしてそれを…!

一瞬でカミュは固まった。
「あのっ……カルディアから聞いたのだっ!しゃぶしゃぶのことを…」
凄い勢いで顔を真っ赤にしてカミュから眼を逸らしながら言うデジェルは思いっきり挙動不審だが、言われた方のカミュもデジェルの口からしゃぶしゃぶの言葉を聞いて動転してしまう!
カミュの唇の端に付いてしまった脂を舐めとるミロの舌の熱さを思い出す。柔らかくジューシーな肉を互いの口に運ぶ動作は、やけにエロティックで背筋がぞくりとしたのも鮮やかな思い出だ。その後に繰り広げた濃密な二人の時間を含めていろいろなことを思い出したカミュは思わず赤面した。
しかし、しゃぶしゃぶが料理の名前だと知らないデジェルは、カミュが真っ赤になって黙り込む姿を見て、カルディアの言う通りだったのかと勘違いした。

『知ってるか? しゃぶしゃぶって………のことなんだぜ。あいつらもなかなかやるじゃないか。』

まさに驚天動地である。それを聞かされたときの衝撃は大きくてその後の夕食でもカミュを直視できなかったほどだ。

   まさか………カミュとミロがあんなことを!

カルディアにからかわれたとも知らず動揺したデジェルの頭の中で、カミュに激しくむしゃぶりつくミロだの、ミロの優しい命令に抗しきれずにあらぬ行為に及んで奉仕するカミュの姿が浮かんでは消える。この道に入って日の浅いデジェルにはミロとカミュは大先輩だ。悩ましい画像がデジェルを翻弄して離さない。
「あの……デジェル……私も好き好んで昼間からあんなことを望んでいるのではなくて…」
「いや、あの……私はまだ慣れないから、どうしてもまだそこまで思い切れなくて…」
「すると、あの……ミロがカルディアにしゃべったということか?」
「ん……あのとき茶室に入って二人だけでしゃべっていたときのことだと思う。」
「どうしてミロはそんなことを…」
「…さぁ?」
二人で赤くなっていると露天風呂からミロとカルディアが帰ってきた。
「いい湯だった。」
「あれ?どうかしたのか?」
「いや、別に、なにも……」
口ごもるデジェルにはさそり座の二人が普通でいられる神経がわからない。もしかしたら、秘密のことを洗いざらいしゃべっているのではないかと思うと気が気ではないのだ。
「そうそう、来週にでも四人でしゃぶしゃぶをやろうと思って。」
「えぇっ!!」
ミロがさらっと言ったことがデジェルには衝撃だった。
「そっ、そんなことは私にはできないからっ!」
「え?どうして?……ああ、箸の使い方か? かなりうまくなってるから大丈夫だろう。あのくらいならちゃんと牛肉をすくえるはずだ。」
「……え? 牛肉って?」
さすがに疑問を持ったデジェルが聞き返し、しゃぶしゃぶの真実の姿が明らかにされたのは当然だ。
「カルディア!!」
「あ〜、もうばれた。」
「なんということを! 私がどれだけ気に病んだと思っている!」
「でもちょっとはらはらしたろ。面白くなかったか?」
「面白くないっ!」
勘違いされていたことを知ったミロとカミュも赤面し、そのあおりで朝食はさんざんだった。
「ほんとに俺が悪かった。今夜は詫びとして、お前の好きなようにさせてやるよ。それでいいだろ?」
「……ほう……それなら私は今日はカミュたちと寝る。」
「えっ!」
「ろくでもないことを考えるカルディアといっしょでは寛げないからな。そのくらいなら三人で寝たほうがましだ。」
この話はミロにとってはいい迷惑だ。デジェルがいては何もできないし、おとなしくしていればいたで、デジェルは自分がいるせいでミロとカミュは何もできないのだとかえって気にするだろう。

   それって、俺とカミュが普段なにをやってるか、想像させるようなものじゃないのか?

「ええと、それなら俺もたまにはカルディアと一緒に寝ようと思う。たまにはさそり座同士、水瓶座同士もいいだろう。」
「なるほど、ではそれで。」
頷いたカミュがその場を締めくくった。

その夜、すぐに寝息を立て始めたカミュとデジェルの気配を探っていたカルディアがミロをつついた。
「おい、子供じゃないんだからすぐに寝るなよ。お前たちのノウハウを教えろ。」
「えっ!」
「フトンの中で夜っぴて話し込むのが青春だっていうじゃないか。俺たちだって世間並みに青春しようぜ。」
「いやあの、青春は…」
「20と22は青春真っ盛りに決まってる。ほら、話せ!お前ら、どんなふうなんだ?」
ミロ、たじたじである。
どこまで口を割ったかはフトンの中のことなのでよく聞き取れなかった  (ということにしておこう)。

なお、しゃぶしゃぶは翌週再び大々的に挙行され、日本の牛肉はおおいに面目を施したという。