「 スター・ヒル 」

                                                   あさぎ & インファ   共作

カルディアとデジェルが蘇生してから半年が経った。最初こそ現代の聖域に馴染めなかったものの、今ではすっかり溶け込んで現役の黄金ともいい関係を築いているようだ。
そんなある日、執務を終えて教皇宮を出ようとしたシオンがその二人とばったり会った。
「おい、シオン、聞いたところによると、お前、サガのやつに殺られたんだってな。」
「うっ…」
もっとも知られたくないことをカルディアに面と向かって言われたシオンが固まった。ひた隠しにしてきたのにとうとうばれたのだ。これまではシオンの心境とサガの立場を慮って誰一人として触れなかった秘事なのに、先代の二人がその不祥事を聞いて黙っているはずはない。
「あんな若造にやられるなんて考えられんな。 だいたいお前は脇が甘い! どうせ油断したんだろう。私情に流されるなといつも俺が言ってただろうが。その甘さが命取りになるっつって教えてやったのを忘れたか??」
「それは……」
シオンはたじたじである。 いまでこそ誰もが仰ぎ見る教皇の座についているが、カルディアとデジェルから見れば4歳年下の同僚に過ぎないし、たとえシオンが教皇の権威を振りかざしたくても、過去におのれよりはるかに年若い黄金に誅殺された事実を知られてしまったからにはとてもではないが教皇風は吹かせられぬ。
蒼ざめたシオンに今度はデジェルがたたみかける。
「予見できなくて避けられなかったとしても、それが聖域を揺るがす一因になったのは事実だ。我らが少し鍛え直してやらねばなるまいな。カルディア、それでよいか?」
同意を求められて無言で爪をのばしたカルディアがニヤリと笑う。
観念したシオンがこくりと頷いた。

苛烈なしごきの場所として選ばれたのは、あの因縁のスター・ヒルだった。
もとより現役の黄金を立ち会わせる気はない。聖戦を闘い抜いた先代の意地とプライドにかけて現教皇がたじたじとなる姿を披露する気はこれっぽちもない。
むろんシオンは負ける気はないが、カルディアとデジェルもそれは同じだ。
「スター・ヒルでやろうぜ。あそこなら誰も近づかないからな。」
シオンが丸い眉をひそめた。カルディアとデジェルは知らないらしいが、かつての自分が殺された場所である。あんなところに行くくらいなら衆人環視の中で闘技場で闘いたいと思ったがとても拒否できる雰囲気ではなかった。
「俺たちはミロとカミュから聖衣を借りてくる。お前も聖衣で来いよ。久しぶりにたっぷりとしごいてやるから楽しみにしておけ。」
「私も腕が鳴る。こんな日が来るのを待っていた。」
上機嫌な蠍&水瓶コンビと比べるとシオンは旗色が悪い。ただでさえ2対1で、それに加えてカルディアの心臓の件がある。

   カルディアは、かまわずかかって来い、と言うだろうが、教皇たるわしが本気を出すわけにはいかんのだぞ
   もしも心臓にヒットしてカルディアが絶命したらどうするのだ?
   冗談ではない!
   そんなことになったら今度はスター・ヒルでデジェルに刺されかねんわい!

ぶつぶつ言いながら聖衣を身に付けていると、天秤宮にいた童虎がそれを察知してやってきた。
「おぬしが聖衣を着るとは何事だ?」
「それが面倒なことになりおったわい。」
ぼやきながら事情を話すと同情した童虎も同道することになった。

噂はすぐに十二宮に広まった。
黄金同士が華々しく小宇宙を散らして闘えば耳目を集めるのは当然だ。
「ほう!スター・ヒルで先代たちが修練に励んでいるようだな。」
「俺達じゃ、教皇の相手はとても勤まらないからな。シオンもやっとやり甲斐のある相手を見つけて喜んでるんじゃないのか?」
遠くからスター・ヒルを眺めていたミロとカミュが感心をする。
「近くの丘で見ようじゃないか。きっと参考になるぜ。」
「それがよかろう。」
ほかの黄金も続々と集まり始めた。
そのスター・ヒルの周辺には立ち入り禁止とばかりに十重二十重に結界がひかれ、安全対策は完璧である。
代々の教皇が星詠みを行なったスターヒル。その場所では今にもはち切れそうに膨れ上がった攻撃的小宇宙が充満し、一種不穏な空気に包まれていた。
「俺様参上!っと。 覚悟は良いか、シオン!」
ミロから借用した久方ぶりのスコーピオンの黄金聖衣をキラキラと纏ったカルディアはかっこうよくマントをバサァッとはためかすとさも愉しそうに眼を細めてシオンを見下ろした。
蠍座特有のニヒルな笑みを浮かべて爪を舐め上げるカルディアは、攻撃的小宇宙全開!バッチリ戦闘モードだ!
こうなると一目だけでもその姿を見たいのが人情である。しかしシオンはそうは思わなかった。
「わしはちっとも見たくないぞっ!童虎、黙って見てないで加勢せんか!友達甲斐のないやつめ!」
「そんなことを言われても、わしはただの付き添いだしのう。カルディアはお前を鍛えたいんじゃから、しかたがないのぅ。覚悟せよ。ほれ、右脇ががら空きじゃ、注意せい!」
「あっ!!」
シオン、悔しいがカルディアに先制攻撃を許し、見ようによっては手玉に取られているのだ。
むろんデジェルも黙ってはいない。
スコーピオンの聖衣をまとったカルディアと同じく、二度と纏えぬであろうと思っていたアクエリアスの聖衣をカミュから借り受けたデジェルの万感の想いは、いかばかりであったろう。
幾星霜ぶりに纏ったアクエリアスの黄金聖衣は、かつての主人の冷涼な小宇宙に応える様に凛とした光をたたえ、如何にも楽しいとでもいうようにデジェルの小宇宙を高める手伝いをしてくれた。
仄かに冷気を纏った黄金聖衣は喜びにリンリンと微かに澄んだ音をたてながら光り輝き、デジェルの美しい姿を更に引き立てる。そんなデジェルもカルディアに負けず劣らずバッチリ戦闘モードだ。
「聞くところによると、シオン、君を倒したのはナイフ一本だったとか。エルシドのエクスカリバーならともかく、ナイフ一本に黄金が倒れるとはどういう事です?」
そう言い終わる前にデジェルがフリージングコフィンを放った。究極の凍気がシオンを襲う。

「あ〜ぁ、シオンのやつ、苦戦しておるのう。」
少し離れたところから見ている童虎にもシオンの苦境が見て取れる。
「言わぬことではない。わしが修業している間に執務にかこつけて部屋にこもり、AKBとやらにうつつを抜かしていたのがいかん。あのくらいのフリージングコフィンをかわせんでどうするのじゃ?明らかにデジェルは手加減しとるが。」
半身を凍らされたシオンが、それでもスターライトレボリューションを放ち、スターヒルの空気を震撼させる。遠く離れた丘の上からどよめきが聞こえてきたのは、よほど見物人が多いのだろう。
童虎がのんびりとシオンの奮闘ぶりを見物していると不意に耳元でカルディアの声がした。
「そのAKBって何だ?KGBの仲間か?」
カルディアがなぜ旧ソ連の諜報治安機関を知っているかはさておき、悟られることもなく易々と後ろを取られたことにに童虎は冷や汗をかいた。
「もしかして、お前も身体鈍ってんじゃねえの?」

   いくら蠍座がコッソリ忍び寄るのが得意だっつっても、こんな簡単に後ろを取られるなよ

「お前も特訓決定!」
ボソッと呟くと同時にカルディアに背後から蹴りあげられ、童虎は否応なしに特訓に参加させられた。それも対峙しているシオンとデジェルの中間地点だ。

「なにぃぃっっっ!」
「薄情にもわしを見殺しにするからだっ、ざまあ見ろ!童虎!」
厳しい攻撃にさらされ続けているシオンは、すでに教皇の威厳をかなぐりすてたらしかった。
「それみたことか、童虎!お前だけ高見の見物はさせぬぞ!」
しかし、仲間が増えたのを喜んでいる暇はない。
「面白い!わしとて盧山五老峰の大滝の前で無為無策に243年も過ごしてきたのではない!見よ!中国三千年の奥義!盧山百龍覇!」
裂帛の気合いもろとも童虎が放ったライブラ最大の奥義 盧山百龍覇が天に駆け上がり反転して凄まじい勢いでカルディアとデジェルに襲い掛かる。
「させるかっ!」
「なんのこれしき!」
先代ペアが鉄壁の防御体勢で百龍をしりぞけると、すかさずシオンが滅多なことでは披露しない見事な体術でデジェルに鋭い蹴りと突きを入れてきた。間一髪の差で身体をひねってかわすデジェルはまだまだ余裕がある。
「やってくれるじゃねぇか!俺のデジェルに1ミリでも傷を付けたら、どうなるかわかってるんだろうな!」
凄みを帯びた笑みを洩らしたカルディアが地を蹴ってシオンの頭上を飛び越えると童虎の胸元に飛び込み近接した体勢で衝撃波を放った。
「うっ!」
一瞬息を止めた童虎が反撃しようとしたときには、すでにカルディアの姿はない。
「礼をせねばならんな。」
白い凍気が押し寄せる。デジェルの絶対零度がスター・ヒルの上で徐々に勢力を広げ始めた。

「う〜ん、俺も参加したい!」
「私も加わりたいのは山々だが、久しぶりに会った先代たちがあんなに楽しんでいるところに割って入るのも無粋だろう。」
「そりゃ、そうだな。」
あくまで物見遊山のスタンスのミロとカミュは気楽なものだが、シオンと童虎は命懸けである。
「童虎!なんとかせい!わしはもう持ちこたえられんぞ!そもそも、なんで教皇ともあろうものが…!」
「シオン!喋ってる暇はないぜ!」
ニヤリと笑ったカルディアが、いきなりアンタレスを続けざまに撃ち込んできて、シオンの髪を何十本か空中に散らした。
「なにをするかっ!無礼者めっ!」
バァァァ〜〜ン!
童虎があっと思った瞬間にシオンが必殺のちゃぶ台返しを決めていた!
「うっ!」
「なんのっ!」
ちゃぶ台返しが炸裂しカルディアとデジェルが空中に飛ばされた。しかしそこは黄金である。
「デジェル!」
「うむ!」
空中で体勢を変えるのは至難の技だが、デジェルはカルディアの身体を踏み台にして方向転換し、勢いを殺すことなくシオン達へと反撃した。
シオンと童虎が輝ける18の肉体ならば、カルディアとデジェルは聖戦時の若々しい肉体だ。シオンと童虎とは違いブランクも何もない現役時代の鍛え上げられた肉体のままというのは強みである。ふたたび強大な力がぶつかり合った。

先代の蠍水瓶とシオン童虎が死闘を繰り返している時、スター・ヒルの周りでは黄金聖闘士たちが集まり完全なギャラリーゆえの暢気さで見物を楽しんでいた。
「カミュ!見ろよ!先代水瓶座もお前に負けず劣らず美しい凍気技だ。」
ミロが煎餅を食べながらカミュの持ってきたお茶を飲むかと思えば、
「先代蠍座こそ!お前と同じくらい鮮烈な技の冴えだ!」
ミロが皮を剥いてくれたオレンジをカミュが受け取り食べる。和気藹々として周りを気にかけないところはさすがといえるだろう。
その隣に陣取ったデスマスク、シュラ、アフロディーテの年中組は、先代たちがいい余興をしてくれるとばかりにワインとチーズを持ち込んでいてかなりできあがってきたところだ。とくにデスマスクはご機嫌だ。
「童虎はいいんだけどよぉ、シオンのやつがどうにも口うるさくてな〜。おっ、あれが噂に聞く百龍覇かよ、!マジですげぇな!ぱねぇ〜!」
次のワインを開けながらデスマスクが陽気に囃し立てる。
「よしっ!童虎、ぶちかませ〜っ!キャンサーのデスマスクはあんたを応援するっ!」
「飲み過ぎだ、もうやめておけ。」
眉をひそめたシュラがグラスを取り上げようとしたが、
「たかだか3本くらい飲んだからって、この俺が酔うはずはないっ!なんならあそこに行って証明してやろうか、見てろよ!」
と言うなりいきなりスターヒルのてっぺんにテレポートを敢行した。冥界とも行き来できる技を持つデスマスクは結界をやすやすと通り抜けることができるのだ。
「あっ、デス!」
アフロディーテが叫んだときはもう遅い。次の瞬間、
「うぎゃぴぃ〜〜〜っ!」
という蟹の絶叫が聞こえてきて一同を慄然とさせた。
「言わんこっちゃない。アレは酔っ払いの所業だな。」
頭をかかえながらシュラが呟き、アフロディーテは、
「うわぁ!デッちゃん、死んじゃうから、それ!」
と叫ぶ! デスマスクの無謀な行為によってのどかな観戦ムード一色だった黄金聖闘士達は騒然とした
「早く助けにいった方が良いんじゃないか?」
アイオロスの何気無い一言が更に波紋を呼ぶ。
「助けにって………誰が?」
腕組みをしたアルデバランが唸る。
「あの中へですか?死にたいならともかく、蟹なら大丈夫ですよ。」
案外とムウは冷たい。いや、デフォルトかもしれないが。
「カミュ…俺はちょっと行きたい!」
「そうか!実は私もだ!」
しかしあいにくなことにミロとカミュには聖衣がない。カルディアとデジェルに貸与している最中で、あのハイレベルな闘いの場に聖衣なしで参入するのは自殺行為に等しいだろう。
最善の策がなかなか決まらなくて誰が助けに行くかもめているとき、酔った勢いで先代四人組の戦場に侵入してしまったデスマスクは一気に酔いも覚め、絶体絶命、今までに無いくらいの生命の危機に陥っていた!
移動してきたその瞬間、眼前に捕食者の眼をしたカルディアの顔を見て血の気を失う。
「チッ!何だ? 俺の邪魔するつもりか!てめぇ!」
デスマスクが現れたのは、今にもカルディアが童虎にスカーレットニードルを撃とうとしたその瞬間だったのだ!
「うっ!」
あまりにも状況が悪かった。生存本能がせめぎあう真っ只中に聖衣なしで飛び込んでしまったことを悟り一気に血の気が引く。
少し離れた崖際で対峙していたシオンとデジェルも突然の闖入者に気付いたが、咄嗟のことに判断が遅れた。シオンの右腕はデジェルの凍気を受けて凍り付き、光速の動きも封じられている。
「サシの勝負を邪魔する貴様から冥土に送ってやるよ。感謝しろ!」
カルディアの眼が血の色を帯びた。真っ直ぐに伸ばされた指先から真紅の光跡が走り、硬直したデスマスクを突き飛ばそうとした童虎もろとも蠍の餌食にしようとしたその瞬間だ!
「あっ…!」
真紅の針の軌跡が金色の焔に吸い込まれた。デスマスクと童虎を守るように突如出現したそれはやがて朧げな人の形となってゆく。
「ま……まさか!」
カルディアが立ちすくんだ。あまりにもよく知った懐かしい小宇宙が立ち昇る。
( 久しぶりだな、カルディア…… )
「マニゴルドか…!」
( 不出来な奴だが、これでも俺にとっちゃ大事な後継者だ。 ここはひとつ、俺の顔に免じて非礼を赦してくれねぇか? )
金色の人型の焔が揺らめいてデスマスクのほうに向きなおった。
( ほら、てめぇからも詫びを入れろ。俺様の顔を潰すんじゃねえぞ )
「あ……はい!」
やっと事態を悟り、よろよろと膝をついたデスマスクが額をスターヒルの地につけた。

   これは……この小宇宙は間違いなくキャンサーの……
   ………先代だっ!先代が俺なんかのために……

そのころにはシオンとデジェルも駆け付け、懐かしい戦友との再会を果たしている。
( よう!久しぶりだな!お前らも元気そうじゃねぇか )
「マニゴルド!」
「とうしてここに?!」
( さぁ?俺にもよくわからんが、これも不肖の弟子を持ったおかげかもな )
びくっとしたデスマスクが身を縮めた。蟹座の師を持たなかったデスマスクには、我が身を弟子と呼んでくれた先代が畏れ多くてならない。不思議に暖かい小宇宙が全身を包んでいる。
「俺達ばかり蘇生してすまん!いつかきっと…」
カルディアとデジェルがすまなそうに言いはじめるのをマニゴルドがさえぎった。
( なあに、気にするな。 セージとうまくやっている )
「セージと一緒にいるのか!」
( 師匠が世話焼きでな。 まあいつものことだが。 蘇生させてくれるんならセージと組で頼むぜ。そう言えって言われてきた )
「わかった。あいかわらずってことだ。」
( じゃあな、こいつをよろしく頼む。 )
金色の手がデスマスクの頭をひと撫でするとマニゴルドの気配が消えた。跡にはなにも残らない。
「行っちまったか…」
「ああ…行ったな。」
先に蘇生していたカルディアとデジェルには後ろめたさがある。いつの日かセージとマニゴルドが、そして他の失われし命が生身の肉体を持って現れるまでこの思いは失せることがない。
四人の先代が空を見上げた。いつの間にかすっかり日が落ちて、暗い夜空には数え切れない星が瞬いている。
「長いような短いような243年じゃのう。」
「一瞬の光芒だ。生も死も隣り合わせということよ。」
童虎とシオンがデスマスクを立たせてやった。
すでに闘いの余韻も失せてそれぞれの想いを胸に、三々五々にスターヒルを降る。
現役の黄金たちが迎えにくるのが見えた。




 
          当初のギャグの気配は消えて、しみじみとした話になりました。
           マニゴルド、セージと一緒に戻ってきて〜!