「 宮沢賢治の誕生日 」


「8月27日は宮沢賢治 (1896〜1933 )の誕生日だ。」
「宮沢賢治ならよく知ってる。 小さいころのお前を書いた古典読本100作目の 『 雨ニモマケズ 』 の作者だからな。」
「うむ。 そのほかにも  『 注文の多い料理店 』  『 銀河鉄道の夜 』  『 風の又三郎 』  『 セロ引きのゴーシュ 』  などたくさんの作品を残している。」
「そこで俺も 『 ミロ的 注文の多い料理店 』 というのを書いてみた。」
「………え?」
「まあ聞いてくれ♪」 


ミロ的 注文の多い料理店

ここはギリシャの聖域、十二宮です。
黄金聖闘士として宝瓶宮を守るカミュは水瓶座の黄金聖闘士で、とても美しい容姿とつややかな髪と魅惑的な声を持つやさしい心の持ち主なのでした。
ある日、聖闘士としての日常に気疲れを覚えたカミュは趣味の植物採集に出かけることにしました。
たまには息抜きしないと、黄金聖闘士といえども疲れてしまうものなのです。

長い石段を降りてゆくと途中でスコーピオンのミロに出会いました。
ミロは蠍座の黄金聖闘士でカミュとはとても仲がいいのです。
「やあ、カミュ! どこへ行くんだい?」
「植物採集に。 ミロは?」
「これから用事で教皇庁に行ってくる。 暇だったら付き合うのに残念だな。」
「ではまたの機会に。」
二人は手を振ってすれ違い、ミロは降りてゆくカミュの後ろ姿をじっと見つめていました。
ミロはカミュのことが好きだったのです。

カミュがスターヒルのふもとの森へ行き珍しいシダ類の採集に夢中になっていると、いつの間にか夕闇が迫ってきました。
そんな時間になっているとは思っていなかったカミュはすっかり驚いてしまい、帰ろうとすると突然の夕立が襲ってきたのです。
それはそれはひどい降りで、雨宿りをしようにも森の木々の枝や葉を抜けてざあざあと雨が落ちてくるほどなのです。
困ってしまったカミュがふと森の奥の方を見ると、ありがたいことになにか建物が見えるではありませんか。
「よかった! あそこで雨宿りさせてもらおう!」
かなり濡れてしまったカミュが急いでそこに駆け寄ると、立派な看板に金文字で  『 西洋料理店 双子の狼軒 』 と書いてあります。
「こんなところにレストランがあるなんてちっとも知らなかった。 きっと、私が宝瓶宮に篭もって読書ばかりしている間にできたのに違いない。」
ともかく雨宿りさせてもらおうと扉を押し開けようとすると、『 どなたもどうぞお入りください。 けっしてご遠慮は要りません 』 と書いてありカミュを安心させました。
中に入ってみると奥まで長い廊下が続き次の扉に 『 若い人は特に大歓迎いたします 』 と書いてあります。
「私は若いからいいけれど、老師がおいでになっても歓迎すべきだと思う。 少し不公平ではないのかな。」
次の扉には、『当軒は 注文の多い料理店ですから、そこはご承知ください 』 とあります。
「ずいぶん流行っているのだな、ちっとも知らなかった。 今度からはミロに誘われても断ってばかりいないでちゃんと食事に付き合うようにしよう。」
世間のことを知らなかった自分を恥じながらさらに進むと、また扉があります。
『 お客様はここで髪を梳かして靴の泥を落としてください 』 
「なるほど!きちんとしたレストランだから身だしなみを整えなくてはいけないということだ。」
カミュはそこのテーブルに置いてあった象牙の櫛で長い髪をくしけずり、靴ブラシで靴をぴかぴかにしました。
美しい髪がますます艶やかに光り輝き、壁にかかった鏡に映った姿はギリシャ神話の神々も息を飲むほどのあでやかさなのです。
自分ではそんなことには気付かないカミュがまた進んでいくと次の扉のところに  『 植物採集道具をここにおいてください 』 と書いてあったので、食事の時には預かってくれるのだな、と考えたカミュは素直にそこの棚に荷物を置きました。
新種のシダの葉が見えて、カミュの心はそのことでいっぱいになりましたから、こんなに長い廊下ばかりが続くレストランの不思議には疑問を持たなかったのです。
次の扉では 『 どうか帽子と上着と靴をおとりください 』  と書いてあります。
「帽子はかぶっていないけれど………靴も?」
上着を脱いですぐそばのコート掛けに掛けたカミュは、持てる知識を総動員して、きっとここが噂に聞く日本式のレストランなのだろうと考えました。
日本では建物の中では靴を脱いで過ごすということを、以前 老師から伺ったことがあるのです。
ああ、何ということでしょう!
老師がそんなことを言いさえしなければ、いかに世間知らずのカミュといえども異変に気付くことができたでしょうに。

次の扉は曇りガラスの美しくデザインされたアールヌーボーの様式で、カミュの審美眼をおおいに満足させました。惚れ惚れしながらそっと開けてみるとそこはなんと洗面室で、『 さぞかしお疲れでしょう、 雨に濡れた身体をどうぞきれいに洗ってください 』 と水茎の跡も麗しいカリグラフィーで書かれたカードが置いてあるではありませんか。開いている右手のドアは浴室に続いており、大きな大理石の浴槽からは湯気があがっていかにも、さあどうぞ、と言わんばかりです。
「え? ここで?」
疑問には思いましたが、確かに雨に濡れた衣服が気になってはいたのです。
広々とした浴室はほんとに気持ち良さそうで、誰もいないのを幸い、カミュは思い切って服を脱ぐとそこのハンガーに掛け、恐る恐る浴室に足を踏み入れました。
「ほぅ! これは!」
そこは今までに見たこともないような贅沢な造りで、水洗金具はプラチナ製、床は薔薇色の大理石、壁には古代ギリシャの神々を描いたモザイク画、そしてシャンプー、トリートメント、入浴剤、ボディーローションなどはフランスの超一流ブランドが取り揃えられているのです。
しかし、フランス語を母国語とするカミュですが、現実的知識はなに一つ持っていなかったので、それらの品がいかに高価かはまったく知りません。
とくに感動もなく 、「ああ、いい匂いがする♪」 程度のことしか思わなかったのは、ちょっと当て外れだったかもしれません。
え? 誰の当てが外れたかですって?
それはまだ内緒です。

さて、気持ちよく髪と身体を洗ったカミュがとても満足して身体を拭いて洗面室に出てみると、さきほどハンガーに掛けておいたはずの服がありません。
「……え?」
困っていると机の上のメモが目に入りました。
『 ただ今、お召し物を乾かしています、それまでの間、このボディーローションをつけて戸棚の中のバスローブをお召しになり、隣りの部屋でお休みになってお待ちください 』 
「こちらへの注文も多いけれど、サービスも良いのだな。」
疑うことを知らぬカミュは感心して、ボディーローションの金色の蓋を開けました。
するととてもいい匂いが部屋中に広がり、なんだかいい気持ちになるのです。
「ああ、こんな匂いは初めてだ! 」
手のひらに取り、腕や首筋にすりこんでゆくとすべすべしてとてもいい気持ちです。
満足したカミュは戸棚から真っ白なシルクの綾織のバスローブを取り出すと、足取りも軽く先へと続くドアを開けました。
「………あれ?」
休憩するというのでソファや安楽椅子を思い浮かべていたのですが、そこにあるのはベッドだけなのです。
鈍い金色のシルクのベッドカバーの上には美しい白い百合が一輪置いてありました。
「それはたしかにベッドも休憩には使うけど………」
当惑したカミュはもう一度洗面室に戻ろうとしましたが、どうしたことかドアが開きません。
驚いてノブをがたがた揺すっていると突然部屋の灯りがちかちかと明滅して消えてしまったではありませんか。
「あっ!」
さすがに危険を感じたカミュが自らをひしひしと包む闇に対して身構えたとき、ベッドサイドの灯りがぽうっとともりました。
しかし、それは普通の灯りではありません、小宇宙のエネルギーによってともされた灯りだったのです。
「これは………!」
はっとしたとき、いきなり正面の壁が音もなく開き、そこから現れたのは………!

「あなたは……教皇! なぜこんなことをっ!」
「フッフッフッ、カミュ………この日が来るのをどれだけ待っていたことか!」
「なにっ!」
「大人しくしたほうが身のためぞ。 逃げようとしても無駄なことだ、すでに身体の自由が効かぬであろうが。」
そうなのです。
さきほど塗ったローションには、なんと、身体の自由が効かなくなる特別な薬が混ぜてあったのでした。
「あ………そんな…!」
立ちすくむカミュをなんなく捕らえた教皇がかたわらのベッドの上に押し倒しました。
「なにを………なにをなされるっ!」
「なにをだと? 決まっておろうが……」
不気味な笑いがこだまして、カミュは恐ろしさと屈辱で気が遠くなりそうでした。
教皇の手が襟元にかかり、白い肩が露わにされます。

   ああっ、もうだめ………!
   ミロ………ミロ! 私を助けて………!

そのときです、大きな音とともにドアが引き開けられ聖衣を身につけたミロが部屋に飛び込んできました。
「俺のカミュになにをするっっ!!貴様、許さんっ!!」
さしもの教皇も油断していたので聖衣を身につけたミロの敵ではありません。
リストリクションをかけられた上、続けざまにスカーレットニードルを撃ち込まれてその場に倒れ伏して消えてしまいました。
「カミュ!大丈夫かっ?!」
ベッドの上に倒れているカミュをかきいだくと、それはそれは美しい瞳がミロを見上げました。
「ミロ………どうしてここが……?」
「お前のことをわからぬ俺ではない。 どんなときでもお前を守ってやるよ。」
気が付けば、そこはスターヒルのふもとの森のはずれなのです。
カミュの植物採集道具や服が近くの木の枝にかかっているのが銀色の月の光で見えました。
「あれは………幻だったのか?」
「さあな………俺にはよくわからん。 それにしても、カミュ………お前、ずいぶんいい匂いがするが?」
「あ………」
頬を染めたカミュは立ち上がろうとしましたが、やはり身体が思うように動きません。
「あの………力が入らなくて動けない……」
「抱いて帰りたいところだが、人に見つかってもまずかろう。 回復するまでここで月でも見ているか。」
「ん………それがよい…」
こうして危機を脱したカミュは夜明けまでミロと月を見て過ごしました。
その後、このレストランは二度と現れなかったということです。



「ざっとこんなもんだ、どう?」
「な、なんという話を作るのだっ、お前という奴はっ!」
「そんなに柳眉を逆立てることはなかろう? ちゃんとお前を助けたし、元が童話だから色艶も極力省いたぜ。 俺にもそのくらいの常識はある。 キスさえしてないんだからな、誉めてくれてもいいんじゃないか? それともこの展開じゃ不満か?」
「不満って………」
「なんなら大人バージョンを創ってもいいんだぜ、やってみるか?」
「………いや……それでいい……」
「なんか納得してないみたいだな。 それなら、こうしよう! 今夜はお前が俺に注文を出していいぜ、なんでも言うことを聞く。  どんなに注文が多くても俺はこなしてみせる♪ これでどうだ? 」
「え………そんなことを言われても……」
「いいから、いいから♪」




              
書き始めたときはまったく予想していなかった展開に………!
              ミロ様がいきなり創作活動を始めまして………ああ、驚いた!
              それにしても、カミュ様、もっと早く気付いたらどうですか??
              ずいぶん時間がたったので、きっと新種のシダ、しおれちゃいましたね。
              今度からは植物採集はミロガードつきで行って下さい。