初めて航空機で北海道に到着したときは、とくになんとも思わなかった。ただ、日本人というのはみな髪が黒く、背が低いのだな、と思っただけだ。
大きな差異に俺たちが気付いたのは、登別郊外の閑静な宿に降り立ったときだった。
入り口を入ると、屋内へは二段ほどの段差があり、その上の段にはなぜか10足ほどの室内履きが並んでいるではないか!
「おい、あれはなんだ? なぜあんなものがあるんだ?」
「さあ? 私にもよくわからぬ。」
ちょっと戸惑っていると、宿の主人と思しき人物が愛想よく話しかけてきた。 カミュがさっそく受け答えを始め、しばらく経つと納得したらしい。
「日本では、室内では靴を脱ぎ、室内履きを履いて過ごすのだそうだ。 個人住宅では靴下をはいていたり、素足で過ごすことも多いが、このような宿泊施設では、ここに並んでいるような 『 スリッパ 』 というものを履いて移動するのが一般的だ。 脱いだ靴は、そこの小部屋の棚に保管してくれるそうだ。」
「なにっ?!するとここで靴を脱ぐのか??」
「そういうことだ。」
とても信じられん! 俺は耳を疑った。
俺たちにとって、いや、これは聖闘士としての俺たちでなく、ギリシャ人もフランス人も同じはずだが、靴を脱ぐのは 『 イコール寝るとき 』 というのが常識だ。 寝室の中でこそ室内履きでくつろぐこともあるが、ベッドに入るときに初めて靴を脱ぐこともよくあることなのだ。

   それをなにか? 昼間っからここで靴を脱ぐのか? ほんとに???
   海で泳ぐわけではあるまいし、
   俺にとって、靴を脱ぐというのは、ほとんど、カミュを抱く、という行為に等しいのだぞ!
   俺がそう思うということは、カミュにとっても、靴を脱ぐことは、俺に抱かれることにつながっているはずだ。
   う〜ん………とても目があわせられん……俺の動悸がカミュに聞こえてるんじゃないのか?
   むろんカミュの動悸も聞こえてくるような気がするぜ!

俺たちの動揺も知らぬげに、居並んだ宿の従業員が一斉に頭を下げ、宿の主人が俺たちに奥のフロントを指し示した。
もう、とてものがれることはできんようだ。 俺は観念して、おそるおそる靴を脱いだのだ、それも人前で!
考えまいと思っても、頭の中にはとても人に言えない光景が広がり、赤面せずにはいられない。
カミュはどうだろう、とちらっと見ると、いつもと変わらぬように見えるが耳朶だけがはっきりと赤いのが目についた。

   やはりな………

日本に到着早々、衆人環視の中で情事をさらされているような気分になるとは思わなかった。
予想外の出来事に茫然としながら、俺たちはチェックインしたのだった。