成人の日

「明日はちょっとしたイベントがあるから楽しみにしていろよ。」
腕の中のカミュが眠りに落ちる前に俺がそう云ったら、よほどに疲れていたのだろう、閉じかけたまぶたの下から蒼い目がもの問いたげに俺を見たが、すぐに瞳は閉じられ、安らかな寝息が聞こえ始めた。
まあ、いい。 明日になれば、わかることなのだから。

朝食から戻るとすぐに、仲居の美穂が、なにやら平たい箱を捧げ持った年配の日本女性と一緒に離れにやってきた。 うむ、打ち合わせ通りだ。
首をかしげたカミュが玄関で美穂と話し始める横から、俺が割って入る。
「お前には内緒にしていたが、今日1月15日は、日本では 『 成人の日 』 といって、二十歳になったことを祝う祝日だ。俺たちが二十歳なのを知った宿の主人から、成人の祝いの誘いを受けたので、これもいい経験だと二つ返事でうけたんだよ、別にかまわんだろう?」
「え? そうなのか? むろん、私はかまわぬが、美穂はなんのためにここへ来たのだろうか?着替えがどうとか、言っているのだが。」
「日本じゃ、成人の日には、伝統的なキモノを着るのがトレンディなんだよ。」
そう言うと、俺は二人を八畳間へと通したのだ。
年配の女性は、畳に正座して俺たちに丁寧なお辞儀をすると、持ってきた平箱から何枚ものキモノを取り出して広げ始めた。

   ふうん、 『 キモノを着ませんか? 』 と勧められたので、面白いと思って頼んだんだが、ずいぶんと数があるものだ!
   あの、やたらたくさんひだのついた四角いスカートのようなものは、いったいなんだ?
   ほぅ! 美穂がいつもはいている白い先割れソックスのようなものは、たたむと平面になるのか!
   おや? あれは、なんだ?

俺は25cmくらいの長さの紙と木でできているらしい細長いものを取り上げた。 持ってはみたものの、まったくわからなくて首をかしげていると、美穂がなにか言いながらそれをさっと広げてみせた。
「ミロ、これは 『 扇子 』 といって、暑いときにあおいだり、咳払いをするときに顔を隠したりするものだそうだ。」
「ふうん、たたむと小さくなって持ち運びしやすいってわけか! モバイル好きな日本人らしい発想だな!」
俺が面白がって開いたり閉じたりしていると、美穂がカミュになにやら説明している。
「では、お着付けのほうをよろしくお願いいたします。」
といって美穂がお辞儀をして出て行った (らしい )。
「ミロ、キモノを着るためには、シャツとズボンを脱がねばならぬそうだが、肌着はそのままでいいそうだ。 この女性に任せて
 いれば、こちらは立っているだけでキモノをうまく着せてくれる。 お前から先に着るか?」

   え? カミュの見ている前で服を脱ぐのか?
   それはまあ、毎晩のことだから別にかまわんといえばかまわんが………

「ああ、俺から先でいいぜ。 俺が頼んだんだしな。」
「では、私は隣に行っている。」

   あ………なるほどね……

というわけで、カミュが境の襖を閉めると、俺はさっそくキモノを着せてもらったのだ。 色が二種類あったので、俺の判断でカミュに似合いそうなキモノを取りのけておいた。 そんなことは言葉が通じなくても、身振りで十分に伝えることができる。
このキモノは、浴衣と似てはいるものの、生地の手触りが全然違うし、縫製も格別に丁寧らしい。 黒いキモノを着せてもらったと思ったら、次に、俺が不思議に思っていたひだの多い四角いスカートみたいなものを、なんと、足にはかされたではないか?!

   えっっ? なんだ、これは?
   いったい、どうなっているんだ?

すると、女性が指差しながら、「 ハカマ、ハカマ 」 とどうやら名前らしきものを教えてくれた。 日本人はなにかを言うたびに言葉を二回繰り返す傾向がある、とカミュが言っていたが、なるほど確かなようだ。
ともかく、俺が唖然としているうちに実に手早く前と後ろで紐が結ばれ、気がつくと、なにやらゆったりとした上着に袖を通し終わっている。 コタツにおいてあった扇子を左腰に差してもらって、どうやらこれで出来上がりらしかった。 部屋の隅に置いてあった縦長の小引き出しつきの鏡を見せてもらうと、………なるほど、これがキモノというものか!
俺はニコニコしながら女性に 「 ありがとう 」 を言うと、カミュに声をかけたのだった。

「…………ほう!」
カミュが俺を見る目が眩しいような気がする。
「お前の番だぜ。」
そう言って隣に行ったが、座っていいものかわからなくて、なんとなく立ったままで待っていることにする。 足が自由すぎるようだが、腰回りはきゅっと締められていて、気が引き締まる。 どうにも面白い。
そのうちに俺と同じく、カミュの礼を言う声が聞こえてきた。
「ミロ、よいぞ。」
慌てて出るのもなんなので、一つ咳払いをしてから襖を開けた。

    ………きれいだ!
    カミュ……お前、きれい過ぎるぜ!!

「着慣れぬのでよくわからぬが、一応名前を教えてもらった。 これがハカマで、上に着ているのがハオリというのだそうだ。 最初に履いたのがタビだ。」
「……あ…、うん、覚えておこう。」
カミュのキモノとハオリは雪の如き純白で、ハカマはなにかの地紋の入った鈍い金色だ。一方、俺のキモノとハオリは黒で、ハカマは、やや明るいグレーと黒の細いストライプだ。 こうして並んでみると、なんだか……まるで……花嫁と花婿のような気がしてくるではないか! ふう、心臓がどきどきするぜ。

ちょっと離れて立てば、幅の狭い鏡でも二人一緒に映ることができた。
「お前は黒髪だから、白いキモノでよかったな。 俺は金髪だから、キモノが黒くても問題ない。」
ほんとに、カミュが黒いキモノだったら、艶やかな髪が目立たず、もったいないことこのうえないからな。 それにしても、カミュはきれい過ぎる! 外に出したくないが、そういうわけにもいかんだろうな。
「玄関にセッタという履物がある。 せっかくの主人の心尽くしゆえ、フロントに挨拶に行ってこよう。」
「ああ、そうだな。」
回廊を並んで歩きながら、どうしてもカミュに目が行ってしまうのは当然だろう。 ただでさえ黄金聖闘士で身のこなしが鮮やかなのに、純白と金のキモノがカミュの美質をさらに引き立てて、まるで一国の王侯貴顕のようなのだ。
「お前、すごく似合うぜ!」
「そうか? 自分ではよくわからぬが。 お前も堂々として実に立派だ! キモノを着るというのは、よい考えだったな。」
嬉しそうなカミュを見ていると、こっちも嬉しくなってくるというものだ。
ロビーに顔を出すと、そこにいた従業員が、あっと驚いた顔をして奥の部屋から宿の主人を呼んできた。 主人も実に嬉しそうな顔をして、カミュに話しかけている。 そうこうしているうちに、手の空いた従業員がみんな集まってきて、俺たちは散々褒めそやされることになった。
カミュの言うには、外国人が成人式のキモノを着ているのを初めて見たのだが、よく似合うので驚いているのだそうだ。似合っているかどうかは俺にはわからないが、カミュの美しさだけは絶対に間違いのないところだろう。

それから、牧場にも挨拶に行くように勧められたので、ほかにやることもないからそうすることにした。 車を降りると、ここでも顔なじみのスタッフが寄ってきて大騒ぎになった。 みんなが写真を撮りたがり、かなり恥ずかしかったがなんとかこなすことができた。 それにしても、どうして日本人はこんなに写真好きなのだ? 俺には永遠の謎だ。
やたらちやほやされた挙句、宿へ戻ると、驚いたことに美穂がきれいなキモノを着てロビーにいるではないか。
「おい! あれはどうしたんだ? 朝はいつものキモノだったはずだが?」
カミュが聞いてみると、宿の主人が、外国のお客様に日本の晴れ着を着てみせるように、と言ったらしい。 美穂はまだ二十歳ではないのだが、俺たちのキモノを貸してくれた店から急遽持ってきてもらったらしかった。
「ふうん、初めて見るが、ずいぶんと華やかなものだな。 見てみろよ、帯もキモノも金糸が贅沢に使ってあるぜ。」
「うむ、写真では見たことがあるが、実際に見るとずいぶん手が込んでいるものだ。 背中の帯の結び方がさっぱりわからぬ。」
カミュに手招きされて、美穂の後ろに回って二人で首をかしげていると、美穂は真っ赤になってうつむいているし、回りはそれを見て笑っているし、いつもは静かなロビーがずいぶんと賑わうのだった。
そのあとで、皆で写真を撮ることになった。 一人ずつのも、カミュと二人のも撮り、そのあとは全員でロビーに並び、キモノを着せてくれた女性にシャッターを押してもらったのだった。 それで終りかと思ったら、今度は一人ずつが俺たちと写真を撮りたいというではないか。
「え? そんなに? どうしてだ?」
「きっと、外国人がキモノを着るのが珍しいからなのだろう。 よいではないか、いつも親切にしてもらっているのだし、この格好
 では他にはなにもできぬ。 さしずめ友好親善といったところだろう。」

   それはまあ、外国人の珍しさもあるだろうが、
   お前がきれい過ぎるからみんなほうっておけないんじゃないのか?
   このチャンスに写真を撮ろうと思ったんだぜ、きっと!
   かまわんさ、俺も心が広いから気にしない
   男がカミュと一緒に写真を撮りたがったら許せんが、
   女はどこの国でもきれいなものが好きなのは当たり前だからな

しかし、写真を撮られたのはカミュばかりではなく、俺も同じだった。 全員が俺たち二人と一緒に撮り、中には一人ずつと合計三枚撮った者もいたのには驚いた。
そのなかで、華やかなキモノの美穂と並んだときが、やはり一番場を盛り上げたようだった。 さすがの俺もカミュと並ぶことはせず、美穂を真ん中にしてやると、恥ずかしいのか真っ赤な顔をして立っている。 聖域の女聖闘士も、このくらい恥らってもいいんじゃないのか? カミュの方が、ずっと色っぽいと、俺は思うんだが。

「やれやれ、これで一生分の写真を撮ったと思うぜ!日本に来るまでにパスポート用の写真しか撮ったことがなかったのに、えらい違いだな。」
祝い膳らしく華やかな料理が並んだ昼食を食べながら、カミュに大吟醸を注いでやる。 取り寄せてもらった群青色の江戸切子が、白い指になんとよく似合っていることだろう。
「聖域にいたら、二十歳だからといって、とくになにもなかったろう。 珍しい経験をしたものだ。」
「ああ、俺たちは誕生日は祝うが、国の祝日にしてまで二十歳を祝ったりはしないからな。」
見事なイセエビの刺身を口にしながら、俺はさりげなくカミュを眺めてしまう。

   ほんとにきれいだよ、お前は!
   男の衣装を着せておくのが、今日ほど惜しいと思ったことはないぜ
   そのキモノもかなり華やかなんだが、燕の衣装と比べたら物足りん!
   俺としては、総刺繍、金糸銀糸のキモノを着せてみたいね
   で、金襴の帯を締めさせておいてから、この間テレビで見たように帯の端をぐいっと引いて……
   すると、カミュの身体が、こう、くるくるっと回って、その影が障子に映り………
   ………いや、これはまずいかな?

「なにを笑っている?」
「え? いや、たいしたことじゃない。 この格好をデスやアフロが見たら驚くだろうと思ってさ。」
すっかり日本食が好きになった俺は、さりげなくそう言っておいて、アワビの刺身をぱくっと口に放り込んだのだった。


その夜、俺はカミュと二人だけで成人式を祝った。 それも十二分に。
とてもいい一日だったと思う。



                                


                                 日本の着物は外人さんにはどう見えるのでしょう?
                                 ミロ様もカミュ様も背が高くて足が長いから、着付けは難しいかも?
                      
                                 ところで、ミロ様、「 水戸黄門 」 見ましたか?
                                 
「あれ〜っ、お代官様、お許しを……!」
                                 「よいではないか、よいではないか♪」


                                 ミロ様、おぬしもワルよのぅ  (←違います…)