鼈甲 ( べっこう )


「これはなんだろう? 艶があってなかなかきれいだな!」
デパートを歩いていたミロが足を止めたのは宝飾品売り場の一角である。
「それは鼈甲 ( べっこう ) だろう。 赤道付近に生息するタイマイという海亀の甲羅を加工したものだ。」
「えっ? これが亀の甲羅なのか? ずいぶん透き通ってきれいだぜ!」
ケースの中に並んでいるのはタイピンやブローチ、ネックレスなどの品々で、いずれも、とろっとした飴色や黒にちかい褐色がほどよいバランスで美しいのだ。
「もちろん磨きをかけてあるのでこのように美しいが、自然の状態では甲羅の表面には傷があるので、このようには見えぬ。
 タイマイは大きいものでは全長180CM、50〜60年ほども生き、体重は200KGにも達するものがある。 甲羅は13枚で
 構成されており、黒い部分を斑 ( ふ ) といい、斑以外の透明な部分は約10%しかなく、たいへんに珍重されている。」
「ふうん、そういえば黒いのよりも、このきれいな飴色のほうがずっと高いな!」
ケースの中に見とれていたミロが感心したような声を上げた。
きれいな艶のある丸い粒をつなげた飴色のネックレスが気になるのである。

   こんなきれいなのをカミュにつけさせて………
   そして俺がそっとキスをして……♪

「鼈甲製品は甲羅を2〜3枚張り合わせて作られる。 出来上がりの形と斑の位置を先に決めてから、糸鋸で切り出した形を
 成形し研ぎ出して、それを水と熱で張り合わせるのだそうだ。」
「え? なにか接着剤とか使うんじゃないのか?」
「いや、このようなニカワ質のものは、昔から、それ自体の接着する性質を利用して作られている。 整えた鼈甲の部品を水に
 浸して、湿らせた柳の板にはさみ、熱した金板で圧締することにより張り合わせることができるのだ。」
「まったく一枚の素材に見えるがな、たいしたものだ! ムウの奴に見せたら、何か参考になるのかもしれんな。」
「聖衣の修復も歴史が古いが、正倉院御物の琵琶にも鼈甲が使われた品がある。 古来から珍重されている技法だろう。」
それだけ言うと、カミュはすっと歩き出す。 急いであとを追ったミロが名残惜しそうにケースの中に目をやった。


  
 「 ミロの夢 」

   浴衣を脱ぎ落としたカミュの白いのどに、飴色の鼈甲はよく映えた。
   「やっぱり似合うぜ♪ これにしてよかった……」
   恥じらって顔をそむけているカミュがほんのりと頬を染め、それがまた鼈甲の色を引き立てるのだ。
   「でも……私はネックレスなど……」
   困惑したようにつぶやくカミュにはかまわず、ミロはしなやかな身体を抱きしめる。
   「ここだけのことだ……誰も見てはいないし、けっして見せもしない…………これは俺だけのカミュだから……」
   そっと臥所に横たえて滑らかなのどもとに口付けていくと、びくりと身体をふるわせてそむけた顔がいとしくてならぬ。
   「ネックレス……冷たいかな?」
   白い肩に唇を滑らせながらささやいてやると、頬を染めて 「少し……」 と呟くのがなかなか可愛いではないか。

      宝石もいいだろうが、こんな渋い大人向きの装飾品も似合うぜ、カミュ………
   
   満足の笑みを浮かべたミロにカミュがそっと手を差し伸べる。
   「今度のときは珊瑚の耳飾をつけてやろう……きっとお前の白い肌によく似合うことだろう……」
   耳朶を含む前にそう言うと、恥ずかしげに染まった頬がまるで珊瑚色で、ミロをおおいに感嘆させたのだった。



「おい、カミュ、 これも見ていこうぜ! とてもきれいなコーラルピンクの装身具のコーナーがある♪」
ミロの呼びかけに、やれやれといった面持ちのカミュがきびすを返す。
こうして、背の高い二人の外人客は二時間以上も宝飾品売り場の注目を集めたのであった。



                  


             鼈甲はワシントン条約 ( 絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約 )で、
             輸入ができなくなり、現在は在庫の甲羅を使って製造を続けています。
             たいへんに高価なのですがネックレスは玉の一つ一つが小さいので10万円くらいで買えるかも。
                
             それは確かにカミュ様のお肌には装飾品をつけたいのですけど、論理性がなくて却下されました。
             だから、ミロ様の心の中のシーンです。
             珊瑚篇は………夢のシーンかしら、やっぱり(笑)。