南禅寺

            ※  論理性の全てを投げ打ち、ミロ様カミュ様は京都・南禅寺にやってきました。
               「東方見聞録」では、かくのごとく御都合主義がまかり通ります、ご了承ください。



「ほう! ずいぶんと大きい建造物だな、これは驚いた!」
「ああ、たいしたもんだな。 日本の建物は日本人の体格に合わせて小さいのばかりだと思っていたが、俺の勘違いだったらしい。
 それにしてもこれはいったいなんだ? 住居にしてはちょっと妙じゃないのか? 」

二人がやってきたのは、京都東山の南禅寺、都に名だたる名刹である。
この時期の京都は紅葉が美しく、そのぶん人出も多いというものだが、幸いこの辺りはそれほどのこともない。
寺社巡りは初めてという二人が見上げているのは、かの石川五右衛門が 「絶景かな、絶景かな!」と歎声を発したという山門であった。
「さて………? あ……ここに英語の掲示物がある。」
読み始めたカミュの横を、日本人の団体客が説明も読まずに通り過ぎてゆくのは、さすがに自国のことだけに、理解がいきわたっているのだろうとミロは考えた。
いつものことながら、ここ日本ではカミュの語学力がどれほど役に立つかわからない。 そちらの方はとんと不得手なミロはもっぱら頼るばかりで、そこのところがどれほど口惜しいかしれたものではないのだった。
「ミロ、これは門だ。 二層からなり、高さは22m、1628年に再建されたというから、今から380年ほど前の建築だ。」
「門って、入り口にある門のことか?」
「ほかに何がある?」
「門なんて、ごく普通の大きさのを幾つも通り抜けてきた気がするが、どうしてさらにまた、こんな巨大な門があるんだ? それに、門っ
 ていったって、両側がこんなに空いてちゃ、どこの誰だって通れるから門の意味がないだろうが。」
「私にそれを云われても……」
当惑顔のカミュの横であたりを見回していたミロが見つけたのは、観光客が吸い込まれていった門脇の入り口である。
「あそこから中に入れるんじゃないのか?」
なるほど、覗き込んでみると門の上に続く階段があり、なにがしかの料金を払えば登っていけるようである。
「こいつは、面白い! 行ってみようぜ! ふうん、ここでも、靴を脱ぐのか……もう慣れたから、かまわんが。」
そう云いながら身軽に登っていくミロのあとを追っていたカミュがふと上を見上げて、あっと思ったときにはもう遅かった。
かなり上に近づいたあたりで低い梁が頭上を横切っており、足元を見ながら登っていたミロは思いっきりそれに頭をぶつけたのである。
「うっ!!!!」
低く呻いて額を押さえたミロが急によろめいて、手を出して支えたカミュが手すりに平行して設置されている太いロープを咄嗟につかんでいなければ、あやうくミロもろとも転がり落ちかねなかったほどの勢いだった。
「ミロ、大丈夫か?!」
「……ああ、なんとか……、くそっ! 俺としたことがっ!!!」
毒づいたミロが痛みをこらえて見上げると、太い梁に大きな張り紙があるではないか。
「おい…あれ、なんて書いてある?」
「MIND YOUR HEAD あなたの頭に注意せよ、つまり頭上注意ということだ。 日本語でもなにか書いてあるが同じ意味だろう。」
「今さらわかっても遅いんだよ。 あそこに書くよりも、登り始めるところに注意書きを書いとくほうが論理的とは思わんか?」
悔しそうに云うミロは、まだ額をさすっている。いかに黄金聖闘士とはいえ、頭自体を鍛えられる筈もなく、かなりの衝撃だったに違いない。
「この階段の傾斜はかなりきつい。 たいていの日本人はロープをつかんでゆっくり一歩一歩登っているようだ。」
階段途中で止まっている二人の横を登っていく日本人は、なるほどミロには想像を絶するほどゆっくりとした速度である。
「しかし、我々は始終十二宮を行き来して階段には慣れており、体力も遥かに抜きん出ている。 それゆえお前の登段速度も通常
 では考えられぬほど早かったのだ。 おまけに背も高いとなれば、あの梁に頭をぶつけるのは不思議ではない。」
「そこまで冷静に分析しなくても………じゃぁ、同じ条件のお前はどうしてぶつけないんだ?」
「私は、木造でこれほど大きな建造物に登るのは初めてなので、建築工学的見地から木組み・柱の荷重などを考えたくて、ゆっくり登っていたのだ。 そのため周囲を観察していて、あの張り紙に気付いた。」
「……あ、そう……まあいい、上まで行こうぜ………」
気を取り直したミロが、上から降りてくる観光客とすれ違いながら今度は慎重に階段を登りきる。
「おい、こいつはいいぜ!」
すぐあとから顔を出したカミュに一声かけると、ミロは手すりに歩み寄った。
「ああ、これは素晴らしい!」
ミロに並んだカミュが感に堪えないといった様子で声を上げた。
山門の上層から見下ろす周囲は思ったより紅葉が見事で、赤、黄の色に、まだ色づかぬ緑の葉が混ざり合って美しいことこの上ないのだった。 それほどの高さには思えなかったのだが、かなり遠くまで見渡せる眺めは、なにに例えようもない。
この層の中央部分はどうやら仏像が安置されているようなのだが内部は暗くてよくは見えないのだった。 その周囲をかなり幅広の回廊が取り囲み、歩いて回れるのがミロの気に入ったようだ。 靴を脱いで歩く感触も、厚手の床材が常に大勢の人間に踏まれているためか、滑らかで足に心地よい。 日本に来るまでは、靴を脱いで歩くことなど考えもしなかったのに、今はすっかり慣れている自分が不思議なミロである。
「実にいい眺めだな! 宝瓶宮からの眺めが最高だと思っていたが、ちょっと考えがぐらついてきたぜ。」
そういいながらぐるっと右回りに紅葉を楽しみながら歩いてゆくと、土塀で囲まれた住宅らしい建物が眼下に見えてきた。上から見下ろすと庭の紅葉が実に見事で、紅葉が濃く薄く重なり合っている様は心奪われるものがある。
「カミュ、あそこを見てみろよ、素晴らしいじゃないか♪ そうは思わんか?」
「ほう……! なんという美しい庭だろう……夢のようだ!」
「だろう?あんなに落ち着いた優雅な家は見たことがないぜ!」
ミロの頭の中に、その家でカミュとともに目覚め、庭の紅葉に目をやり、再びカミュに目を移し、どちらが美しいかを想いながらその白い頬に口付けをする自分が浮かび、その楽しさに自然と頬が緩んでくるのだ。

   ああ、そんな暮らしができたらどんなにいいだろう!
   毎日、カミュを見て暮らし、誰にも邪魔されずに静かな美しい景色の中で一日が暮れてゆく……なんとまあ、いいじゃないか♪
   そういうのを理想の生活っていうんだな………そのためには、あの家なんかぴったりだと思うぜ!

手すりに頬杖をつき、楽しい夢に思いを馳せるミロには、自分の見ている 『 カミュとの理想の家 』 が、国宝の大方丈と小方丈で、庭園は小堀遠州作の 「 虎の子渡し 」 と呼ばれる枯山水、大方丈は豊臣秀吉が寄進した御所の清涼殿を移築したものであり、その後方の小方丈は桃山城の小書院を移築したもの、そして狩野探幽らの見事な襖絵が多く現存していることなど知る由もないのであった。

あたりに人がいなくなったのをみすましたミロが、黙って華やかな紅葉の競宴に見とれているカミュの耳元にささやいた。
「どう思う? 俺はあの家でお前と暮らせたら幸せだろうなって考えてた……」
「………え?」
驚いたように目を見開いたカミュの頬が見る見るうちに赤くなり、恥じらってうつむく様がいとおしい。
「庭の紅葉を眺めながら、お前を赤く染めていく。 俺にしかできない贅沢だな。」
重ねてささやくと、吹き上げてきた風に頬を露わにされたカミュが、返事もできずに目を伏せた。

   絶景、絶景♪ ほんとにいい眺めだぜ!

この分では、カミュの頬のほてりが収まるまでは、とても下には降りられぬようだ。 
「もう少しここにいるとしようか。」
ちいさく頷いたカミュが、ほんのわずかミロに身を寄せる。
見下ろす方丈が、さっきより近くに思えた。


京都・南禅寺は歌舞伎 「楼門五三桐 」 の舞台ともなり、
楼上から石川五右衛門が 「絶景かな、絶景かな 」 と見得を切るシーンで有名です。
この名台詞もミロ様の手にかかると、かかる変貌を遂げることに。

国宝に住みたいなんて、ミロ様、さすがにスケールが大きいですが、
よく考えてみると、二千三百年前は一国の主でしたものね、当たり前かも!

カミュ様との静かな暮らしを夢見るあたり、どうも源氏物語幻想が入っているようです。
ふうむ………もしかしたら何とかなるかもしれません。
なんにしても、平和を満喫していただきたいお二人です。

背が高すぎて頭をぶつけるくだりは、
拍手経由で 「背が高いとバスの天井や鴨居に頭をぶつけることが多い」
と教えてくださった方のおかげで考えたエピソードです。
どなたかわからないのですけれど、この作品の半分をその方に捧げます。
半分て、やっぱり前半かしら?
後半の色っぽいところは私がいただきますね♪

  ※名乗り出てくだされば、色っぽいほうも献呈いたします。