紫 陽 花

日本には四季があるというが、梅雨を含めて五つの季節があると考えたほうが良いという。
沖縄から始まった梅雨前線が徐々に北上して、六月から七月にかけて本州を雨の季節が包み込む。
「北海道には梅雨がないというが、えぞ梅雨っていうのを聞いたことがあるぜ。」
「冷たく湿った空気をもつオホーツク海高気圧と太平洋高気圧がぶつかるところが梅雨前線で、夏になるにつれて太平洋高気圧が強まると梅雨前線は消える。徐々に北上していた梅雨前線が北海道まで到達することはほとんどないので北海道には梅雨はないといわれるが、二週間ほどはぐずついた天気が続き、それをえぞ梅雨と呼んでいる。しかし本州の梅雨に比べればさほどのことはないらしい。」
「俺たちは梅雨の時期に長々と本州に滞在していたことはないからピンとこないな。」
朝方からしとしとと降る雨が紫陽花の色をますます鮮やかにしている。


ここ京都・伏見の藤森神社は五月五日の菖蒲の節句発祥の地とされ、菖蒲 ⇒ 尚武 ⇒ 勝負の連想から勝運を呼ぶ神としての信仰を集めている。 五月五日には境内の参道で駈け馬神事が行なわれ、乗り手が見事な技を披露する。
「ふうん、俺たちも馬には乗るが横乗りや逆立ちをする必要はないからな。 でも今度ちょっとやってみる?」
「そんな無茶な!」
「冗談だよ♪」
笑いながら雨に濡れた紫陽花の間を抜けていくミロの金髪は傘の中でもよく目立ち、後ろを歩く私の目から見ても紫陽花の青や紫と美しさにおいていい勝負をしている。
藤森神社の紫陽花苑は花の盛りを迎え、1500坪に3500株の紫陽花が華やかに咲き誇り、雨にひときわ鮮やかな色が眼に美しい。
「紫陽花って、なぜアジサイ?」
ミロのいうのは、その名のついた由来のことだろう。
「あづさい、が変化したらしい。 あづ、は集める。 さい、は真藍 (さあい) の意で、青い花が集まって咲いている様子を表したのだろう。 紫陽花のほうは、中国の唐の詩人・白居易が別の紫の花に命名したのだが、平安の源順 ( みなもとのしたごう ) が間違って日本のこの花のことだと思ったらしく、それがそのまま広がった。」
「じゃあ、勘違い? でもいい名前だと思うぜ、いかにも風雅だ。 俺は好きだね。」
ミロが青紫の花にかがみ込んだ。
「ふうん、匂いはないんだ。」
「幕末に来日したシーボルトは愛した女性お滝さんの名を採ってオタクサと命名しこの花をヨーロッパに紹介したという。」
「そいつは素敵だ! 俺も何か新種の綺麗な花を発見したらお前の名前をつけていい?」
「えっ…!」
思わぬことをいわれて頬が赤らんだのを感じたとたん、傘を傾けたミロが口付けてきた。

   ミロ!………人が見ているかも………

   大丈夫だよ、夜目遠目傘のうちっていうじゃないか
   誰にも見えやしない♪

それは意味が違って………、そう言おうとした私の唇は柔らかくふさがれる。
しっとりと濡れた紫陽花だけがそれを見ていた。





                     
突然書きたくなって。
                     伏見の藤森神社は私にとってもちょっとした思い出の場所。
                     雨の日の紫陽花、ほんとに綺麗でした。

                        藤森神社 駈け馬神事 ⇒ こちら
                        シーボルトとオタクサ展 ⇒ こちら


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