「エープリルフールって知ってるか?」
「エープリルフール? いや、知らぬ。」
「4月1日には嘘をついてもいいっていう習慣だよ。 欧米の新聞じゃ、一面トップにいかにももっともらしく嘘の記事を書いたりすることもあるんだそうだ。
美穂の言うには、日本人は生真面目だからそういうことはやらないが、子供は友達や親に嘘をついても怒られないから、いろいろと考えて嘘をつくのを楽しみにしてるんだそうだ。
ちょっと面白いじゃないか♪」
「私は嘘は嫌いだ。 そのような新聞記事は世間を騒がせ好ましくないことこの上ないし、個人生活レベルでも嘘は排除すべきだ。」
「う〜ん………罪のない悪戯だと思うがな。 お前、どうしても認められない?」
「むろんだ。 人は嘘をつくべきではない。」
「普通はそうだが、必ずしもそうとばかりはいえないんじゃないのか? 世の中には、必要な、正しい嘘もあるはずだ。」
「正しい嘘? そのようなものがあるはずはない。 嘘とは虚偽なのだから、正しい嘘という前提そのものが成立しない。」
………そうとばかりは言い切れないんじゃないのか?
にべもない言い方にミロはちょっと反発を覚えた。 珍しいことだが本気で反論してみたくなったのだ。 常日頃から論理で言い負かされることが多すぎるので、ちょっと反発してみたくなったのかもしれなかった。
「例えばだな……」
ミロはちょっと考えた。 ここで、誕生日のサプライズパーティーを本人に隠すためにみんなで申し合わせてないしょにしていた、のような単純な例を持ち出してもすぐに論破されるに決まっている。
そのくらいなら、最初から反論できないような強力な例を持ち出すべきだろう。
「じゃあ、こういうのはどうだ? 再び聖戦が起こって俺が致命傷を負い何時間も苦痛にさいなまれたあげく誰にも見取られないで命を落としたとする。」
「…え?」
「しかし、聖域にいるお前にそのことをありのままに伝えるのをためらったデスマスクは、『
ミロは俺に見取られて苦しむことなく逝った』 と言ったとしたら、これは正しい嘘なんじゃないか?」
「ミロ…」
「真実を知れば残されたお前はどれほど苦しむか。 それに配慮してついた嘘はたしかに真実ではないが必要な正しい嘘だと俺は…」
「ミロっ!!」
あ……!
うつむいていたカミュに突然手をつかまれたミロが あっと思った時にはもう強く引き寄せられていた。
「逝くなっ! 私を残して先に逝くな!!」
「カミュ…」
背に回された手の爪が痛いほど食い込み、ミロは思わず息をとめた。
「嫌だ………私は…もう二度とお前と離れたくはない……先に逝くのも…先に逝かれるのも嫌だ………ミロ……」
やっとの思いで紡いだ言葉は震え、頬を押し付けられた胸が濡れてゆく。
俺もそう思う……
「 二度と離れたくはない、死ぬときは一緒だ 」
あれから何度も何度も数え切れないほど俺たちは誓った
でも、そんな僥倖はありえないだろう
闘いは苛酷だ どちらかが必ず先に倒れ 残った者は歯を食いしばって闘い続けなければならない
倒れた姿に別れを告げることもままならず 涙を流す暇もないだろう
それがわかっていて 避けられない別れだと知っていて
それでもなお俺たちは 共に逝くことを願っている
「嘘だよ、カミュ………いま俺が言ったことは嘘なんだよ、安心して、カミュ。」
「ん……」
「今日は、ほら、エープリルフールだろう! ぜんぶ嘘なんだよ、大丈夫だ……」
震えるカミュの背をなぜながら、ミロはいつまでもいつまでもそのままでいた。
二度と離れないように、二度とお互いを見失わぬように。
エープリルフール、嘘をついても怒られない日です。
真実を隠す嘘、正しい嘘、
お二人の心揺れる春の一日です。
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