晩 白 柚( バンペイユ ) |
「今日のデザートは珍しい果物をお持ちしました。」 食事の終わりに美穂がテーブルに運んできたのは、グレープフルーツに似た淡い黄色の果肉の柑橘類 だ。 グレープフルーツと違うのは、元の果実がかなり大きいらしいことで、青い切子のフルーツ皿にカットされて乗っている形からでは房の大きさが想像できない。二人が目を見張る。 「ええと、これはなにかな?」 「晩白柚 ( ばんぺいゆ ) と申しまして、世界一大きい柑橘類でザボンの仲間だそうです。」 「ほう!名前はきいたことがある。」 「俺は知らないな。 ザボンっていうのも知らないし。 それってカタカナ? どこの国で採れるのかな?」 「晩、白、柚、と書く。中国語読みだろう。 原産地はマレー半島で、日本では熊本県の特産となっている。 ザボンは文旦とも言い、厚い果皮の砂糖漬で有名だ。」 「ふ〜ん、その漢字を見ると、遅くなってから収穫する白っぽい柚子ってとこかな。 世界一大きいって、さぞかし貴重品で高いんじゃないか? マンゴーなんか、高野や万惣だと1万円はするからな。」 「さあ? それは…」 カミュは故事来歴や学術情報には詳しいが、市場価格に関しては門外漢だ。 「いいえ、そこまで高くはありません。 一つ1000円から2000円くらいで買えると思います。 お安いのもありますが、よいお品はこのくらいの値段はするようです。」 「ふ〜ん、そんなもんなんだ。それって、サッカーボールくらいあるのかな?」 「価格はともかく、持って帰るのは重かろう。」 「いえ、そこまでは。 厨房にまだあると思いますので、持って参りましょう。」 奥に行った美穂が抱えてきた晩白柚は薄い黄色のつるっとした皮の直径20cmくらいの大きさで、なるほど世界一というのも頷ける。 「こいつは立派だな!」 「ほう、見事な!よい香りがする!」 持ってみるとズシリと重い。 食事処にいたほかの泊まり客のテーブルにも回覧された晩白柚は、ひとしきり話題になった。 「あれっ、晩白柚があるぜ。」 数日後、駅前の果物店の前を通り掛かったミロが店頭を指差した。 林檎や蜜柑と並んで十数個積み上げてあるのはたしかに晩白柚だ。 あまりの大きさが注目を集め、小さな子供が目を丸くして親から名前を教えてもらって撫でている。 珍しい果物で知名度が低いらしく、大きい字で解説した札がついている。 「おい、一つ買っていこうぜ。」 「え? そんなに大きいのに? 食べ切れぬと思うが。」 「厨房で切ってもらって、俺達の分を取りわけたあとはスタッフに食べてもらえばいいよ。 すっきりして美味しかったし、客に出すのと同じものをスタッフが食べるわけじゃないから、案外喜ばれると思うな。」 一個800円の晩白柚は、ずっしりと重くて持ち甲斐があった。 「カミュ…」 「ん…ミロ…」 やがて静かな寝息が聞こえてきて離れに静寂が訪れた。 仄かな明かりに浮かび上がる天井の屋久杉の木目を見ながらミロは考える。 ほんとにそっくりだな、カミュと晩白柚って くすっと笑ったミロがカミュのきれいな髪に口づけた。 晩白柚の説明の札にはこう書いてあったのだ。 『 世界最大の柑橘!!外見からは想像もつかない上品な味。 皮はジャムやマーマレードにも使えて、捨てるところのない逸品です。』 晩白柚の外見はつやっとした球形でミロの思うにとても上品だし、むろんカミュも上品に決まってる。 しかし、『 外見からは想像もつかない味 』 というフレーズがミロの心をとらえたのだ。 しかも 『 逸品 』 だ。 想像もつかないって………そりゃそうだ、俺のほかに誰がカミュの味がわかる? なんといってもカミュは…… 上品だけではないカミュの味わいを思い返しながら、ミロも眠りに落ちていった。 「昨夜はおかしな夢を見た。」 朝食の席でカミュが言った。 箸をスプーンに持ち替えて食べ始めたデザートのジュレは昨日買ってきた晩白柚を使ってあり、透き通った色と爽やかな甘さが好ましい。 「夢って、どんな夢?」 「宝瓶宮の台所で私が聖衣を煮てマーマレードを作ろうとしていた。 倫理的にも論理的にも有り得ないことで、目が覚めてから唖然とした。」 「ふ〜ん………色的にはたしかにマーマレードだろうが、ちょっと無理だな。」 「夢に論理性を求めるのはおかしいが、それにしても…」 首をかしげたカミュがジュレをすくって口に入れる。 いや、十分論理的だと思うぜ やっぱりお前も潜在意識で考えたんだよ、きっと 楽しい符合にミロがくすりと笑う。 「そうだ!あの晩白柚でマーマレードって作ってみないか? 一個でもあれだけ大きければ、たっぷりできるんじゃないのかな。」 「ほう!それもよいかもしれぬ。 手作りの味が楽しめる。」 「中身だけじゃなく外側も、ってね。 黄金聖衣よりも美味いと思う。」 「間違いない。」 ジュレがたいそう美味しかった。 出先のスーパーで売ってるのを見かけて、ついている札が気になって写メールをピロリン。 時々携帯で眺めているうちに、やはりこれは見聞録でしょう、と。 でも出先だから、買わなかったんですよね……。 もう一度行って、まだ残っていたら買う気でいます、晩白柚。 だって、果物のカミュ様だから。 晩白柚 ⇒ こちら 文旦 ⇒ こちら |
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