ビ ン デ ィ |
「シャカって仏陀の生まれ変わりとか言われているが、そんなことがあると思うか?」 「そんなことを私に言われても。 その類のことを証明できる人間はいないだろう。」 話し合っているのはミロとカミュだ。 「それでいて、もっとも神に近い男っていうキャッチフレーズまでついている。 神も仏もどっちもあわせ持っているなんて凄すぎると思うぜ。 」 「どちらも、〜のような、という意味を込めた表現であって、シャカ自身は神でもなければ仏でもあるまい。 私が真正の魔術師ではないのと同じことだ。」 「う〜〜〜ん、そう思いたいのは山々だけど、言動が人間離れしてるからな。 ほとんどの時間を処女宮の奥の蓮台の上で結跏趺坐してものも食わずに瞑想してる。 世間のことは皆目わからない。 悟りを開いてるようでいて、頭に血が上ると、土下座して私を拝め!と来る。 魑魅魍魎と友達づきあいってのも普通じゃないし、目を開かなくてもものが見えるに至ってはありえない話だ。」 「そのことだが、」 「え?」 「シャカの額にある丸い点だが、あれはビンディーといって、インドで見られるヒンドゥー教の宗教的な装飾であると思われる。 昔は赤い顔料を水で溶いて丸く塗ったそうだが、最近ではさまざまな意匠のシールがそれに取って代わっていて、宗教的な意味に加えてお洒落の目的も兼ねているらしい。」 「たいして気にしてなかったが、ほくろじゃなかったのか?シャカがお洒落っていうのもわからん。」 「ほくろはメラニン色素を含んだ細胞が高密度に集まったもので黒色または黒褐色だ。 しかしシャカの場合はそうではない。 ほくろではなくてビンディーだろう。」 「ふうん、俺なんかさわらぬ神に祟りなしだと思ってできるだけ見ないようにしてるからな。 万が一、目が合ったら一大事勃発だ。 でもシャカは仏教だろう? なぜヒンドゥー教のビンディーをするんだ?」 「インドでは仏陀もヒンドゥー教の中に取り込まれている。 シャカがヒンドゥー教の装飾をしても不思議ではないのかも知れぬ。 そして仏像の額には東大寺の不空羂索観音像のように第三の目が描かれていることが多い。 シャカの額のビンディーもおそらくそれに由来すると思われる。」 「ああ、だからシャカは目をつぶっていてもものが見えるんだな! なにしろ神仏の生まれ変わりを標榜するくらいのやつだから、装飾用のビンディーでも小宇宙で視覚を持たせられるってわけだ! なるほどね! うんうん、有り得る話だ。」 長年の疑問が氷解したミロは嬉しそうである。 「しかし、問題がある。」 「え? なに?」 「男性はビンディーはつけない。」 「え?」 「原則として既婚女性がつけるといわれている。 なお、夫が死去した後はつけてはならぬそうだ。」 「ええと、そうすると…」 「シャカは既婚女性ということになる。」 「ええっ!!やつは男だろうが!」 「装飾性の強いビンディーは明らかに女性用だ。 男性はティラカというしるしをつける。 ティラカは性別は問わないが、ビンディよりも宗教色が強く、聖職者や修行者がつけることが多いという。 しかし、シャカはビンディーをつけている。 自己に女性を投影しているとしか思えない。」 「う〜〜〜ん……」 そういえば守護する宮は処女宮である。 「すると最初はたしかに処女……いや、男なんだから処女宮の主で、そのうちに既婚者になったのか? でも宮の名称変更をするわけにもいかなくて今に至ってるとか?」 「そのあたりの経緯はわからぬが、ともかく額のビンディーが動かぬ証拠だ。」 「シャカの結婚する相手というと……あいつだろうな、やっぱり。」 かくてシャカ既婚女性説、もしくは本人による思い込み説がじわじわと聖域に広がっていった。 「さあ、シャカ、この新しいビンディーをつけてみてください。 」 「またかね? 私は一つあれば十分だ。 そもそも、つけなくてもなにも困りはしないのだが。」 「いいえ、このビンディーは、私が黄金聖衣と等質の素材を吟味して作り上げたものです。 これをつければあなたが目を閉じていてもさらによく物事が見通せるようになるのですよ。」 「仕方のない…」 これまでに修復を請け負った聖衣からわずかずつ材料を取りのけておきビンディーを作るのはムウにとってはたやすいことだ。 ミロの蠍のしっぽ、アルデバランの折れた角、デスマスクの蟹の足、みんなの知らぬところでシャカのビンディーは作られる。 「ああ、ほんとによく似合いますよ。」 「そうかね。」 シャカには黄金のビンディーがよく似合う。 シャカのビンディーはシール仕様ではありません、 もちろん小宇宙でくっついているのです、きっと。 ビンディー ⇒ こちら ティラカ ⇒ こちら あっと驚くインドの暮らし ⇒ こちら |
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