クリスマス会

イブの午後、二人は宿の車で登別市内に向っている。
「本当に俺たちが行って役に立つのかな?」
「美穂が言うのだから間違いあるまい。」
「子供の相手なんて、したことないぜ。」
「なんとかなるだろう、案ずるより産むが易しだ。」
「あいにく俺は男なんでね、それともお前は産めるの?うん、そういうことなら産んでくれてもいいんだぜ♪」
「なっ、なにを馬鹿なことを…っ!」
「そんなに真面目に取るなよ、冗談に決まってるだろうが♪ それとも心当たりでも?」
真っ赤になっているカミュをなおもからかっているうちに、車は目的の星の子学園に着いた。 グラード財団が運営しているこの施設には百名ほどの子供達が今も養育されているのだ。 広い園庭はこのところの雪も消えて黒い土を見せていた。

「ミロ様、カミュ様、わざわざありがとうございます!」
車のドアの閉まる音に気付いた美穂が玄関に顔を見せた。 キラキラするモールを腕いっぱいに抱え、回りには何人もの子供をまとわりつかせている。
「役に立てば何よりだ。 ミロもとても楽しみにしていて、子供の相手は任せてくれ、と言っている。」
「まあ、ミロ様!子供達がどんなに喜ぶことか! ミロ様の金髪はみんなの憧れの的なんですのよ。」
「おい、お前、今、俺のことをなんか言ったろう?」
「いや、特に。 ミロも楽しみにしている、と言っただけだ。」
「そうか?」
美穂に連れられて入った広いホールにはかなり背の高いモミの木が飾られて、すでにきらびやかな飾り付けがなされている。 椅子やテーブルを並べていた子供たちが二人を見るとあっと驚いた顔をして、てんでに駆け寄り、美穂の腕を引っ張ったり、側に来てぽかんと口を開けて見上げたりホールは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「あらあら、だめよ、みんな静かにして!」
慌てた美穂がいくら声をからしても、何の役にも立たぬのだ。
「おい、スズメバチがいなくてもこの騒ぎか?」
「喜べ、お前の金髪は賞賛の的になっている。 日本人の理想とする外人のイメージは金髪碧眼だというぞ、本望だろう♪」
「俺はお前から賞賛されれば、それで満足だ。 なにも日本まで来て人気を博さなくてもかまわんっ!」
「そう言うな、いるだけで子供がこれほど喜ぶのだ。 この子たちにはいいクリスマスになるだろう。」
「それはそうかもしれんが……おっと、ぶつかるぜ!」
足元で転びかけた女の子をひょいっとすくい上げてそのまま抱き上げると、わぁっと歓声が上がり、他の子供達が我も我もと群がり始めた。
「おいっ、どうすればいいんだ?」
「ちょうどよい、肩車をして部屋を一周すればどうだ? 金髪にもさわれて、どれほど喜ぶことか♪」
「肩車っ! アルデバランが、時々、貴鬼にやっているあれを俺が??お前、俺になんか含むところでもある?」
「まさか!」
この様子におろおろしている美穂に、子供達に肩車の説明をしてくれるように頼んだカミュは、この騒ぎを聞きつけて出てきた職員にかなり流暢な日本語で挨拶をし、一緒に壁の高いところにモールを飾り始めた。 並みの日本人よりずっと背が高いので脚立を使う必要がなく、はなはだ便利なのである。
ぶつぶつ言いながらなんとか順番に並んだ子供たちを肩車し始めたミロも、やがてすっかり流れに乗り、ほどほどにゆすったりして相手になっている。 子供の目線は高さ2メートルを越え、そんな経験をしたことのない子供達は大はしゃぎなのだ。
飾り付けをしているカミュのそばまで来たミロがちょっと立ち止まる。
「お前ね、おれの金髪がこんなにさわられて悔しくない?」
「なにを馬鹿な……相手は子供だ。」
「でも、今までお前にしか触らせてないんだぜ?お前、平気なの?」
「子供相手に嫉妬してどうするのだ? いくらさわられても減るものではない、好きなだけさわらせるがよかろう。 そら、次の子供が順番を待っているぞ。」
「わかったよ、冷たいんだな! まあいい、お前がそう出るなら、今夜は思う存分泣かせてやるから覚悟しろ!」
「…え……」
絶句させておいて溜飲を下げたミロが次の子を肩に乗せ歩き出すと、カミュとしゃべっていたことを特別サービスだと考えた子供がカミュを指差し自分にもと催促を始めたものだ。
「ふうん……おい、子供を喜ばせるために来たんだからな、協力してもらうぜ♪」
さあ、それからというものは、子供をだしにしたミロがいちいちカミュのそばで立ち止まり、「 今夜は特別に…… 」 だの 「 朝までお前を……」 だの、言わなくてもいいことを生真面目な顔で言い始め、カミュにとって迷惑この上ないのだ。
「よさぬか…」
顔の赤らむのをなんとか抑えながら背を向けて抗議しても、
「だめだめ、さあ、こっちを向いて! 綺麗なお前がそっちを向いてちゃ、子供が喜ばんだろうが♪」
にこにこしたミロに腕をつかまえられては、とても勝ち目はないのだった。

そうこうしているうちに準備も整い、星の子学園のクリスマス会が始まった。
サンタ役は体格のいい年配の学園長で、万が一を危惧していたミロをほっとさせる。 子供達の劇や卒園生による合唱や楽器演奏があり、サンタからそれぞれにクリスマスプレゼントが渡されるとすぐさま開けて自慢するものや、大事そうに抱えて楽しんでいる子など様々に喜びをあらわしている。
「俺もクリスマスは楽しみだったな、村の教会の飾り付けを思い出したよ。 叔母の作ってくれた料理も美味かった♪」
「私はあまり覚えがない。」
「そうか……その埋め合わせに、今夜は飛び切り上等の愛でお前を包んでやるよ♪」
「え……」
あたりをはばかってそっとささやくと、カミュがほのかに頬を染めた

やがて静かな賛美歌を皆で合唱し、会は閉じられた。 静かと云っても、これだけの子供達が歌うとそれはそれはにぎやかなのだった。
子供達に囲まれた美穂が二人の側にやってきた。
「ミロ様もカミュ様もほんとうにありがとうございました。 子供達が大はしゃぎしまして、ご迷惑をおかけしてしまって!」
「なに、そんなことはない。 私たちも十分に楽しむことができた。」
ミロもにっこり笑って頷き、美穂を安心させる。
「それにしても雪のないのが残念ですわ。 日本海側は困るほど降っていますのに……子供たちもホワイトクリスマスを待っていたんです。」
「雪なら、ほら、降ってるぜ!」
さすがに聞き慣れてきた日本語の中に雪という言葉を聞きつけたミロが、得たりとばかりに庭に面した窓のカーテンを開けた。
「まあっ!」
暗くなった空から降りしきる雪が木々を庭を屋根を白く変え、あたりはいつの間にか一面の雪景色になっていた。
「なんて素敵なんでしょう! みんな、見てちょうだい、雪よ!雪が降ってるわ♪」
窓際に駆け寄った子供たちの歓声の中を二人は美穂たちに見送られて学園を後にした。帰路は、自分たちもこの雪を楽しむつもりで徒歩である。

「よくわかったな。」
「そのくらいわかるさ、長いつき合いだ。 お前の考えることがわからなくてどうする?」
「では……私が今なにを考えていると思う?」
「そうね……今夜は俺にしっぽりと抱かれたいって♪ 違う?」
「そんなっ……」
抗議するかと思いきや、横を向いた顔が見る見るうちに朱に染まり、からかうつもりだったミロをドキッとさせた。

   ほんとに素直なんだから………そこが好きなんだよ

夜の街は時ならぬ雪に白く装いを変え、通り過ぎる窓からは明るい笑い声が聞こえてくる。
カミュがこころもちミロに身を寄せた。
イブの夜の粉雪は静かに静かに降り積もり、街は白い朝を迎えるのだ。





                             
去年、書こうと思いながら機を逃した話です。
                             「 子供まみれのミロ様が見たい 」 とのご要望により、ストーリーに若干の変更が。

                             クリスマスはキリスト教の祝祭日ですが、
                             クリスマス会は日本の子供にはおなじみのもの。
                             星の子学園は世界で最高の贅沢なゲストを迎えたのでした。