大 黒 柱

メインブレドウィナとは、かのポセイドン篇で、穢れた地上を粛清し理想郷を作ろうとした海皇ポセイドンが大水害を引き起こそうと地上に降り注がせた雨のすべてを我が身に受けることを願ったアテナを封じ込めた海底の巨大な柱のことだ。 アテナの命の灯が消える前にポセイドン配下の海闘士の守護する7本の柱を倒し、その上で中央にあるメインブレドウィナを破壊して初めてアテナもこの地上も救われるという絶体絶命の危機的状況を打開すべく立ち向かって行ったのは星矢たち青銅聖闘士である。
その時点で私はすでに落命していたので当時の状況はミロから聞くしかないのだが、水に満たされたメインブレドウィナの中で人身のアテナが輝かしい小宇宙を発して最後の瞬間まで地上を救わんとしたことが傷ついてなお闘志を失わない星矢たちをどれほど勇気付けたことだろう。

「前置きはいいからメインブレドウィナの意味を早く解説しろよ、待ちくたびれた。」
「では、」
早く本題に入らないとミロがまたよからぬことを仕掛けてこないとも限らないのでやや不本意ではあるが私は語句の説明に取り掛かることにした。
「メインブレドウィナは大黒柱という意味だとされているが、大黒柱を英訳すると The central pillar となる。 大黒柱とはそもそも日本家屋の中央にあって家の梁を支えるもっとも太い柱のことだ。 大理石建築の十二宮には大黒柱に該当するものはないが日本古来の建築様式の家屋には必須のもので、尺角、すなわち33センチ角のケヤキの柱ともなると極めて立派なものだ。 ゆえに大黒柱が The central pillar であることは疑う余地がない。」
「じゃあ、メインブレドウィナってのはなんだ? メインの食事はパンとウィンナーってわけじゃないだろう?」
「ほぅ! かなり当たっている。」
「は?」
首をかしげたミロの発言はかなり核心に迫っている。 さすがはスカーレットニードルの使い手だ。
「この言葉を見るに、どう考えてもメインとブレドウィナは切り離すべきだと思い、ブレドウィナに相当する英語の綴りを辞書で引いてみたが、bre〜にもble〜にも該当するものはない。 v で始まる単語も同様だ。 困っているときにふと思いついたのは brea〜 でも日本語ではブレ〜と表記されるだろうことだった。」
「う〜ん、丁寧に解説してくれるのはありがたいが、英語の苦手な俺にはほとんど馬耳東風だな。」
ミロは英語より日本語の四文字熟語に習熟しているようだ。 今度漢検の受験を勧めてみようと思う。
「そこでbrea で始まる単語を一通り見てゆくと bread・winner というのにぶつかった。 意味は、一家の稼ぎ手、家業、(技術などの) 商売道具とある。」
「はぁ? なんだ、そりゃ? いくら単語がブレドウィナっぽく読めるからって全然関係ないだろうが。 それは確かに、メインブレドウィナはポセイドンの商売道具である、という穿った見方ができないわけではないが、あまりに牽強付会だな。」
やはりミロは漢検を受験するべきだと確信する!
「ミロ、大黒柱には家屋の中央の太い柱という意味以外にもう一つ意味があるのを知っているか?」
「………え?」
この質問でミロの日本語能力が試されると私は考える。 ワクワクしながら私は待った。
「大黒柱って………なにぃ〜〜〜〜っっ!!
ミロの目に叡智の光が輝いた。 久しぶりに弟子を教える師の気分を味わうのもよいものだ。
「おいっ、それってもしかして………っ!」
ミロが絶句した。その気持ちは私もわかる。
「日本語の大黒柱には、一家を支える主要な稼ぎ手という意味もある。 一般的には父親がそれに該当するだろう。 」
「おい、待てっ! あとは俺に言わせろ!」
ミロの昂奮が手に取るようにわかり、私も気分が高揚している。 この醍醐味は師になってみないとわからないだろうと思うのだ。 
「するとなにか? ポセイドン篇の構想を練るときに、アテナが閉じ込められる柱を 『 大黒柱 』 にし、それを英語に変換するときに辞書を引いたらまずいことに The central pillar じゃなくて main bread・winner ってのが見つかったから悩まずにそれを採用したっていうことじゃないのか! それは違うだろうがっ!」
「おそらくその推測で当たっていると思う。 bread にはパンという意味のほかに食物、生計という意味があり、また winner は勝利者、成功者という意味だ。 それすなわち、生計を成功させる人 = 一家の稼ぎ手ということになる。 そうなれば、main bread・winner は主たる一家の稼ぎ手、日本語でいえば大黒柱となるのは自明の理だ。」
「カミュ………俺、なんだか力が抜けたぜ………あれほどアテナが苦難に耐えて、満身創痍の星矢たちが命がけで破壊しようと目指したその柱のネーミングが最初っから間違っていたなんて……」
「私も唖然とした。 bread をブレッドとせずにブレドとし、winner をウィナーでなくウィナとしたところなどは英語の発音に忠実なようだが、根本的なところで間違っていると言わざるを得ない。」
「なんだかなぁ………俺、20年間ずっと信じ続けてきたものがガラガラと音を立てて崩れていくような気がするぜ。」
「勘違いは誰にでもあることだ。 あまり考えないほうがよいだろう。」
「聖域がサンクチュアリっていうのは間違いないだろうな?」
「それは大丈夫だ。 もっとも、星矢に慣れ親しんでからというもの、どこで女神という語句を見てもアテナとしか読めなくてたいそう困った、という話なら聞いたことがあるが。 めがみ、という当たり前の読みが瞬時には出てこないのだそうだ。」
「う〜〜ん………漫画って功罪相半 ( あいなかば ) するな。」
ほんとにミロは漢検に向いている。





              
20年もの間、メインブレードウィナーだと信じていたらそれが実はメインブレドウィナで、
              そのネーミングは単なる翻訳ミスだった………。
              ほんとに信じがたい結果です。