「カミュ……そろそろ教えてくれないかな……」
耳元で甘くささやく間にも、ミロはカミュの羞恥心を煽ることをやめはしないのだ。 そんな状態で口をきくことなどできるはずもないのがわかっていて問うところをみると、どうやら今夜のミロは、答えを知りたいというよりは、カミュを窮地に追い詰めて惑乱させることを狙っているとしか思えぬではないか。
「……あ…」
喉の奥で押し殺した声を出すのさえ恥じらって精一杯身を固くするカミュには、もう、ミロの容赦ない仕打ちを拒むすべなどありはしないのだ。 どれほどの時間がたったのかもわからなくなり、いとしいものの手に翻弄されてゆく我が身を恥じるばかりなのだった。 もう何度 我を忘れて、甘い仕打ちをくだすその手にすがりついたかしれはせぬ。

   頼むから……そんな…そんなこと………
   許してくれたら なんでもするから………ああ……ミロ………

しかしそんなことを伝えるすべがあるはずもなく、紅い唇から漏れるのは喜悦の色を帯びた甘い吐息でしかないのだ。 それがミロの想いに一層の拍車をかけ、途切れなく与えられる仕打ちをさらに懇篤で甘美なものにしているのは頭の隅でわかってはいるのだが、もはやカミュにはとどめることなどできはせぬ。 これ以上は、もう一瞬たりともこらえることができぬように思われて、ついにカミュが哀願の声を洩らす。
「ミ………ロ………」
「ん? なに?」
そう優しくたずねながらも、桜色の耳朶を軽く含み、なおもわずかに抵抗しようとする白い手を片手で封じているミロには答えを聞く気などまったくないのだろう。 夏の夜の濃さに徐々に惑溺してゆくカミュを愉しんでいるらしく、その青い目は微笑んでいるのだが、いだかれている側のカミュにはそんなことは一向にわからぬのだ。
「…もう………私は…」
「もう…どうしたの?」
ようやく唇を離してやると、潤んだ蒼い目をのぞきこむ。
「頼むから………お願いだから…すこし休ませて…」
目を閉じて顔をそむけ、ため息交じりのかすれ声で絶え絶えに訴えてくるのがいとおしくてならず、こんどはそっと抱きしめる。
「だいじょうぶ?……もしかして… 頭…痛くない?」
「あの………すこし……」
ささやくように言ってミロの胸に顔を伏せるカミュの肌はしっとりと汗ばんでいて、長い髪を幾筋かまとわりつかせているのが艶めかしいのだ。

「ごめん………また困らせた?」
ミロの手からのがれようもなくて夢中になるしかなかったカミュが息を詰めてしまい、それに気付かなかったミロが愛し続けるままに気を失わせたことがあってからは慎重に慎重を重ねてはいるのだが、たまにはそれに気付かずに度が過ぎてしまうこともないわけではないのだ。
「……私の方こそ、すまぬと思っている…」
ゆっくりと息をつきながらミロに身を預けるカミュがいとおしげに頬を寄せ、その肌身の熱っぽさがミロに秘めた想いを伝えてくる。
「気にしないで、カミュ。 それも繊細さの証明と思えばいいんだよ。」
額にかかる髪に口付け、ふと思いついて言ってみる。
「でも、あまり弱いのも困りはする………お前も精をつけたほうがいいかも♪」
「え……!」
息を呑んだカミュにミロが笑う。
「 『 精 』 の意味なんて文脈で分かるぜ♪ 要するに活力ってことだろう? ただちょっと限定された条件がつくだけだ。」
「ん………」
それまでとは違った意味で頬を赤らめたカミュが小さく頷いた。
「そんなに生真面目に考えなくていいんだよ、言葉なんていくらでも言い換えが効くんだから。 抱く、が恥ずかしければ、いだく、愛する、ともに過ごす。 もっと普通っぽくしたければ、仲良くする。 しっとりがよければ、いつくしむ。 お前が恥ずかしくて言えないと思ってることだって、なんとでもやさしく表現できる♪」
「そう………かな?」
自信無げに首をかしげるのが可愛くて今度は頬にキスを贈る。
「そうさ♪ 『 好き 』 が言いにくかったら、一緒にいたいとか、安心できるとか、なんとでもいえる。 いくらお前でも、『 安心できる 』 くらい言えるだろう?」
カミュがこくりと頷いた。 しばらくはそのまま背をなぜられるままの穏やかな時間を噛みしめているようだ。
「あの、ミロ………もしも私がお前のように……お前と同じように思うことをなんでも素直に言えたら……そうしたら……よいと思うか?」
「ん〜……そうだな……それは確かに、お前の思っていることや感じたことをその花の唇から直接聞きたくてたまらない。 俺がなにかするたびに、もっと、とか、嬉しい、とかこまめな反応が返ってきたらどんなにか抱き甲斐があることかと思う。 あ……ごめん、そんなに赤くさせて♪」
くすくす笑ったミロは腕の中のカミュを抱きしめる。
「でも、ものを言わないで恥じらっているのもお前の持ち味だからな。 客観的に見て、俺は、恥らうお前を愉しんでると思う。 なんていうか……その………好き心をそそるっていうのかな?」
自分で言って赤くなったミロだが、うつむくカミュは、それこそ恥じらって声など出せはしないのだ。
「俺がこんなこと考えてたら………いや…かな?」
ミロはじっと答えを待っていた。 思い切って言ってしまったが、カミュはこのことについてどう考えるのだろう?
「あの……私は………」
「ん? どうなの?」
長い指に梳かれた髪がさらと流れ落ち、白い肩で胸と背に分かれてゆくのに気を惹かれたミロがもう一度唇を進めようとしたときだ、カミュが 「 あっ!」 と声を上げた。
「……え?」
「ミロ!………文脈から 『 精 』 の意味がわかっていたということは…!」

   あ……!

「ずいぶんと……その……私を責めてくれたが、そんな必要はなかったのではないか?!  とっくにわかっていたのに、お前は私を困らせて………返事のできない私のことを自分だけで愉しんでいて……そんな…そんなこと………」
詰問の言葉はすぐに羞恥と混乱の色に変わり、やがて涙がにじむのだ。
「あ……ごめん…カミュ……カミュ…………」
いつくしむ手がこの上なくやさしくカミュを包み、言葉にできない想いがそそがれる。
「ミロ………」
「すまない………ほんとうに俺がいけなかった……大事なお前を泣かせた…」
後悔がミロの胸をさいなみ、それ以上の言葉を紡げなくなった唇が震える。
気がついたときにはカミュの唇が涙を吸い取ってくれていた。 金髪に差し入れられた両手がいとおしく狂おしく黄金の流れを梳き返し、白い胸にかきいだかれるのだ。
「カミュ……」
「愛してる……愛してるから………ミロ、私のミロ………頼むから泣かないで……こんなに…こんなにお前のことを……」
あとは涙で続かない。 せつなげな吐息が、揉み込むようにすがりつく身体がミロの恋情に火をつけて、失いかけていた自信を取り戻させてゆく。。
「カミュ…………俺のこと……許してくれる?」
そっとたずねると、耳まで赤くして小さく頷いてくれるのだ。
ほっとしたとき、蚊の鳴くような声が耳に入ってきた。
「次の時には………」
「え…?」
「私にわからぬようにして……」
やっとの思いで口にして、あとはうつむくばかりのカミュなのだ。
「わかったよ……俺のカミュ……」
形の良い顎に添えられた指がカミュを上向かせたときには、もう花の唇の蜜が吸われている。心地よい陶酔と安寧がカミュを包んでいった。



                       
ちょっとしたゲームを愉しんでいたミロ様が肝を冷やした一幕です。
                       「ゲームじゃないか♪」 なんて、とても言えない状況で、ミロ様、大焦り。
                       次からは気をつけましょうね、
                       カミュ様もどうやら涙ほどにはお嫌ではなかったようですし。