映 画 村

京都には有名な寺社仏閣が数多いが、観光の魅力はそれだけではない。 京都人の新しいものへ果敢に取組む姿勢は見上げたものだ。京都・太秦 ( うずまさ ) にあるこの映画村もその一つで、毎日たくさんの観光客を迎えている。

「ほら、ここだ! 映画村♪」
「映画村というからには映画の撮影を見学できるということか?」
「それもあるけどさ、ほかにもいろいろあるんだよ。 映画の撮影を一日中やってるわけじゃないから、それ関係の施設が充実してるらしいぜ。」
京福電車嵐山線に乗って太秦駅で降りると徒歩5分ほどで映画村に着く。 京都の寺にもほぼ行き尽くした俺たちが今日の目的地にここを選んだのは他でもない。 カミュに経験してほしいことがあるのだったから。
十手やら印籠やら新撰組の羽織やらを陳列販売している売店を横目に見ながら奥に抜けると、そこはもう時代劇の世界だ。 どこかで見たような町奉行所や呉服商の店先、堀や日本橋などが効率的に配置され、いまにも角から浪人者が現れる様な気もしてくる。 奉行所内のお白州では誰でも遠山の金さんの真似をしたくなるらしく、「この桜吹雪に覚えがねえとは言わせねえよ!」 などと言って喜んでいる観光客もいる。
あちこちには本物の若手の俳優が若侍や町娘に扮して立っており、観光客がカメラを向けると気軽に応じてくれる。 さすがはプロで、ちょっと刀を構えたりするといかにも様になるのだった。
「ほぅ! 面白いものだな! あ、あそこに岡っ引きがいる!」
カミュもなかなか気に入ったようでかなりテンションが高い。 セットの仕掛けに感心しながら長屋の角を曲るとかなり広い場所に出た。 人が大勢集まっているのでなにかと思ったら前方にロープが張り巡らされていて、その向こうにどうやら撮影中のスタッフがいるようなのだ。
「おい、なにか撮影してるぜ!」
カミュの手を引っ張って空いている場所に行き、
「何があるんですか?」
と近くの日本人に聞いてみた。
「これから水戸黄門の撮影があるんですよ♪」
カメラを持って嬉しそうにしている年配の男性が答えてくれて、なるほどこの人だかりはその見物の為なのだった。 茶屋の前の床几に黄門様が腰掛けて、その回りにはテレビと同じ助さんと格さんがいるではないか。
「水戸黄門だぜ、水戸黄門っ! いいとこに来たな♪」
「お前の一番のお気に入りだ、幸先が良い!」
そう言いながらカミュも嬉しそうだ。 なにしろ二人とも印籠を出すシーンの口上を一言一句間違えずに言えるので美穂に感心されている。 ここに来て本物を見られるというのは実にラッキーなのだった。
撮影開始までにはまだ時間があるようで、先を急ぐ客は残念そうに離れていくし、その隙間に新たな客が詰めて今か今かと待っている。 俺たちもしびれを切らし始めたとき、ふとこちらを見た黄門様が掛けていた床几から立ち上がり、すたすたとこちらの方へやってきたではないか。

   ………え? なに?

ほどよいところで立ち止まった黄門様が右から左へとず〜っと顔を振り向け、それにつれて観光客からどよめきが上がる。 むろん、俺とカミュもその例外ではなくおおいに感嘆したものだ。 黄門様はにこにこと頷くと、くるりと向きを変えて元のところへ戻っていった。
「おい、見たか! まるっきり本物の水戸黄門だぜ、あれは! とても俳優とは思えんな、俺なんかあやうく土下座したくなったよ♪」
黄金聖闘士が一般人に土下座するのでは困るのだが、あまりにも見事な黄門振りに圧倒されてしまうのだ。 間近で本物を見た観光客はみな大喜びで、さすがだと感心することしきりなのである。
そのあと助さん、格さんとの茶店でのシーンを撮影してスタッフは去ってゆき、満足した俺たちも次の場所に移動することにした。
「あ〜、ここだ! 時代劇 扮装の館!」
「え? ここは?」
「いいから、いいから♪ 入ろうぜ!」
ガラス張りのドアの向こうは間口の広いカウンターになっており、その向こう側では何人ものスタッフが慣れた手つきで仕事に余念がない。
「ここは、美容院……とか?」
「ふふふ、あのね、ここは…」
カミュに説明しようとしたとき右手奥から浴衣を着た若い女性がスタッフに連れられてきて、恥ずかしそうにしながら正面の鏡に向いた椅子に座ったではないか。
「………え? これから何を?」
カミュが不思議がるのも無理はない。 ギリシャにはこんなものはないし、広い日本でもそう何箇所もないはずだ。
「ここで、自分の好みの時代劇の格好ができるんだよ。 殿様でも舞妓でも若侍でも水戸黄門でも望みのままだ。 サイズに合った着物を着付けて化粧も本物の俳優と同じようにしてもらえて、むろんカツラもぴったりとかぶせてもらえる。 京都にも舞妓の格好ができる施設は他にもあるが、ここの優れている点は、映画会社の専門のスタッフが一切を取り仕切っている点だ。 いつも俳優の世話をしているので技術は超一流だからな、ともかくうまく仕上げてくれるそうだ。」
カミュに説明しているうちに目の前の女性はきれいに化粧を施されてみるみるうちに時代劇の俳優のようになってきた。 俺たちと同じようにカウンターのこちら側から見物している客は数多く、化粧されている女性も鏡の中の視線を感じて恥ずかしそうにしてはいるものの、変身していく自分にまんざらでもなさそうなのだ。
「ミロ、あれを!」
カミュにつつかれて右手を見ると、なんと新撰組の若い隊士が奥から出てきたではないか。
「え〜と……あれも観光客の扮装か?」
「そうとしか思えぬ。 そら、くすくす笑っている仲間がついて出てきたぞ。」
一人目に続いてあと二人の隊士が出てきて、我々見物が一斉に注目する中を嬉しそうにして店の外に出て行ってしまった。
「ふ〜ん、外歩きもできるのか!」
感心した俺が視線を戻すと、さっきの女性の化粧がちょうど終わったところで、こんどはカツラがかぶせられた。見ている客から、ほぅ!、というひそめた声があがる。 きれいなかんざしをたくさん付けたそれはどうやら舞妓のカツラらしく、サイズが合わなかったのか二つ三つかぶせなおして決定したらしい。
「でも着物はどうするのだ?」
「きっとこれから、裏で着てくるんじゃないのか?」
俺の予想通り、奥に連れていかれて10分ほど経つと、目の醒めるような舞妓姿の女性が出てきたではないか!
みんなが注視していると、右側の奥で草履を履いてようやくゆるゆるとこちらにやってきた。 すると俺たちの横に立っていた若い男が大にこにこで彼女の手を引いて店の外に出て行ったものだ。
「あ〜、なるほどね♪ 彼女を待ってたわけだ!」
店の説明を読むと、扮装してから一時間くらいは映画村の中を自由に歩いて雰囲気を味わえるらしい。
「写真好きの日本人のことだから、きっとたくさん撮るのだろう。 そういえばここには望みの背景がとりどりに揃っているからな、花柳街でも武家屋敷でも思いのままだ。」
納得したカミュがくるっと向きを変えたので、俺は慌てて押しとどめた。
「待てよ、俺たちもやってみようぜ!」
「………えっ?」
「せっかくの映画村だからな、これをやらなきゃ、来た甲斐がない。」
「しかし、私はこんなことは…」
「あれ? 昨日の約束を忘れたのか?」
カミュが沈黙した。

昨夜のことだ。 俺がそれなりの状況でカミュを抱いていたら案外早くにカミュが音を上げたのだ。
「まだだよ、カミュ………もっと……」
「もう………だめだから……許してくれたらなんでもするから…」
あまりにつらそうなので、明日の京都見物は俺の好きなようにさせてもらうということで折り合いをつけ、おとなしく寝たという経緯があるのだ。
「だから、ここで約束を果してもらうぜ♪」
渋るカミュには構わずにカウンターの向こうにいたスタッフに合図して、扮装のサンプル写真のファイルを見せてもらう。
金額は8500円から16000円までの4段階で、一番高い十二単・かぐや姫・花魁の三種類は、裾が長いせいなのか村内の散策は許されず中で写真を撮るだけなのだ。
「っ………わ、私は十二単は御免こうむるっ! 落窪のことを考えているのなら無駄だ!!」
真っ赤になったカミュがうつむいたまま押し殺した声で言い、その真剣な様子がおかしくてたまらない。
「いや、俺も考えないではなかったが、それはやめておこう。」
中での写真しか撮れないのでは、扮装したカミュの最高の美しさを一般の観光客に見せびらかせないではないか。 動機は異なるが、十二単は即刻却下された。 ほっとしたカミュは新撰組とか同心の写真に見入っているが、そうは問屋がおろさない。 このあとは俺の決めたシナリオ通りに動いてもらうのだからな。
「俺としては、やっぱり舞妓になってほしいね♪」
「そっ…そんなことができるか、人前でっ!! 」
「…あれ? 人前でなければいいの?」
ますます真っ赤になって否定するカミュにさらに追い討ちをかける。
「 昨夜の約束を忘れたのかな? なんでもするって言わなかった?」
「でも、それは………」
悔しそうに唇を噛んだカミュがうつむいた。 耳朶まで紅くなり、ちょっと人目に晒すのが惜しい気もする。
「……どうしても、いや?」
「嫌だ………女の姿など………ミロ、お前………」
カミュがきっと俺を睨んだ。
「………もしかして、同人誌の読みすぎではないのか?」
「……えっ?!」
いや、それはたしかにいろいろ読んだ覚えはあるが、あいにくカミュの舞妓姿なんていうのは見たことがない。 そのほかのもっと他言をはばかるようなのは見た覚えがあるが、おそらくカミュはそっちの方をもっと嫌がるだろうと思われた。
「いや、そんなことは絶対にないぜ。 誓うよ! しかし、困ったな………約束なのにな………」
わざと溜め息をついてみせると、そこはたしかに約束したのだからカミュも後ろめたいようで黙りこんでしまうのだ。
「それならこの千姫は? ほら、髪型が少し似てないか? 耳のところの。」
「………姫は……いや…だ…」
「奥方風御台所♪」
「………奥方?」
「では、武家内儀!」
「………」
「う〜ん………それじゃ、ぐっと譲歩して町娘は?」
「娘………」
「それじゃ、仕方ない! お前がそこまで拒否するなら男のにしよう、そのかわり今夜は………いい?」
「ん………」
申し訳なさそうにしながらほっとしているらしいカミュに了解を取ってから俺が指差したのは、振袖若衆という扮装だ。 写真には刀を腰にした袴姿の人物が写っている。
「振袖若衆とは?」
「若衆っていうのは、若い男のことだろう。 ほら、黄門様ご一行の中にどっかの藩のお姫様なんかが身分を隠して加わるときに、腕に覚えのある姫君なんかがこの格好をするじゃないか! 男に身をやつして、付けねらう敵に女とばれないようにしてるんだよ。 腰の二本差しがその証拠だ、多少は立ち回りをすることもある。 これならいいんじゃないのか? これ以上は譲れないぜ、たとえお前が黄門様になって俺をあごで使いたくてもお断りだ♪」
ユーモアを交えた説得がよかったのか、カミュがすんなりとOKを出し、ことは決まった。
「で、お前はどうするのだ?」
「俺はそうだな、ええと………十兵衛にする。」
「十兵衛とは柳生十兵衛のことか? お前なら殿様を選ぶと思ったが。」
「殿様の衣装は成人式のときの衣装と似ているからな、こんどはちょっと渋く決めてみる。」
写真にある殿様の衣装は派手すぎて、振袖若衆姿のカミュと歩いたらかえってバランスが取れないだろう。 カミュの美が目立てばいいのであって、俺が目立ってもしかたがないのだ。 それに金髪はカツラで隠れるとしても、眉やまつげはどうしようもない。 多少の違和感は否めないのだから、ここは黒髪のカミュを美しく仕立て上げることに努力を傾注すればいいのだった。

「はい、十兵衛と振袖若衆ですね。 それからお写真はいかがなさいますか?」
「いや、写真は結構。」
俺が返事をするより早くカミュの即答があった。 まあ、いいか。 まさか天蠍宮に飾るわけにもいかないし。
「ではお履物をお脱ぎになって、こちらへお越しください。」
スタッフに言われて奥にゆき、浴衣を着せてもらう。靴下を脱いで、カミュは白足袋、俺は紺足袋を履き、服と手荷物はロッカーの中に入れた。
カミュの方が先に出来上がって鏡の方に行ってしまったので、俺はスタッフをつかまえてささやいた。
「友だちの扮装だけど、サプライズで女みたいな仕上がりにしたいから、それなりの化粧にしてもらえます?」
「はい、お任せください。」
そんな注文も多いのだろうか、いかにもベテランの女性が驚きもせずに頷いて、俺も鏡の前に行く。 カミュの隣りの椅子に腰掛けると、さっそく化粧が始まった。
最初に髪の毛をうまくまとめて羽二重できっちりと巻きとめる。 こうしておくと化粧も楽だし、あとでカツラをかぶせるのに都合がよいのだろう。 芝居用のドーランというのを手早く塗って、眉を描いたりアイラインやアイシャドウを入れたり、なるほどずいぶん専門的だ。カミュの方は注文通りにかなり白く塗られているが、もとが白いのでさして違和感はない。 俺の十兵衛は浅黒く、また違った雰囲気になる。 鏡の後ろからたくさんの観光客がさっきの俺たちみたいに見物しているのが相当に恥ずかしいが、さりげなく観察してみるとほとんどの視線は俺ではなくカミュに集中しているのだ。
「ねぇ、あの人、きれい………!」
「ものすごい美形だと思わない? いいときに来合わせたわよね♪」
「どんな衣装を着るのかしら〜、楽しみね♪」
などという声が聞こえて、当のカミュは頬を赤らめてうつむきそうなのだが、化粧を担当しているスタッフからそっと顔を上げさせられてじっと我慢の子でいるらしい。 ちらりと鏡の中で見てみると、ほんとに惚れ惚れするほどきれいで、予想していたとはいえあまりの美しさにこちらの動悸が高まってくる。

   驚いたな………これで舞妓だったら、どれほど美しかったろう!
   舞妓の化粧はかなり白塗りで目元に紅を刷くのが特徴だ
   もともと色が白いカミュだが、う〜ん、見たかったぜ!

自分のことよりカミュに感心していると、頭にカツラをかぶせられた。
「あら〜、あの人はお侍ね、すごく素敵だわね♪」
「ああいうのを茶筅髷 ( ちゃせんまげ ) っていうのよ。 ねぇ、すごく似合ってない?」
俺にも賛辞が飛んだが、やはりカミュの方がすごかった。
振袖若衆のカツラは全体がふっくらとしていて前髪は左右に分かれており、一まとめにされた長い髪が頭頂部から背に垂れている。 明らかに女の化粧をしたカミュがそのカツラをかぶるとほんとにテレビに出てくる美人女優のようで、店の中にいた全員が溜め息をついたのが手に取るようにわかるのだ。
促されてそそくさと席を立ったカミュと裏手の着付け室に回ると、カミュが盛大に溜め息をついた。
「どうした? カツラが重いか?」
「それも多少は気になるが………」
たぶん周りの視線が気になるのだろうが、ここまではまっていると注目されるのは当然だ。 カミュが赤い顔でうつむき、俺がニヤニヤしているとスタッフがさっと浴衣を脱がせて肌襦袢を着せかけ、みるみるうちに二人とも扮装が出来上がった。
俺の方は妥当な衣装で取り立てていうほどのことはないが、カミュの振袖若衆の匂うようなあでやかさといったらどうだ!
薄紫のぼかしになっている振袖に黒地にいぶし銀の袴を合わせたところはまるで絵巻物から抜け出たようで、仕上げに大小を腰に差すときりっと引き締まり、男か女かわからない独特の雰囲気が漂ってくる。 こういうのを妖しい魅力とでもいうのかもしれん。 ほかの黄金にはとても見せるわけにはいかないだろう。
「では、十兵衛ですのでこれを。」
「え?」
椅子に掛けさせられた俺の左目に刀の鍔 ( つば ) の形の眼帯が当てられ、たいそう物が見えにくい。
「左側が見えにくいですので村内を歩くときには十分にご注意ください。」
「あ、はい………気をつけます。」
見るとカミュは鏡の前でスタッフにポーズをつけてもらいながら着物で歩くときの心得を聞き、左手を柄頭に軽く横たえて鏡を見ながらふむふむと頷いている。

   ………その気になってないか?

まあ、あれほど扮装が板についていれば、そう思うのも当然だろう。 お互いの姿を見て感心したり笑ったりしながら草履を履いて店に出て行くと、どうやら待ち構えていたらしい観光客から一斉にどよめきが上がる。 カミュは明らかに頬を染めた筈だが白く塗られているのでちょっと見にはわからない。 俺と二人で素知らぬ顔で外に出ると、そこでも何人もが立ち止まって俺たちを見ているのには閉口した。
「ちょっと目立ちすぎるかな?」
「かもしれぬ。」
「それに俺は左側が見えないからどうにも歩きづらい。」
「では私がお前の左を歩いていたほうがよかろう。」
「あ、それはだめ♪」
左側に回ろうとしたカミュを俺は慌てて引き戻した。
「そんなことをしたら俺からお前が見えにくいじゃないか、せっかくの扮装を楽しませてくれなきゃな♪」
「では、お前の好きにするがいい。」
「いま思ったんだけど、お前の口調ってもともと時代劇に向いてないか?」
「わ…私はそんなことは知らぬ!」
「ほらね♪」
二人連れ立って歩いてゆくと、新撰組屯所の前で数人の女性のグループから声を掛けられた。
「あのぅ………よろしかったら写真を撮らせていただけませんか?」
「えっ?」
気が付けば、遠巻きに俺たちを見ている日本人もかなりいて、さっきから注目を集めていたらしい。
「しかし、私は………」
「気にするなよ、これも国際親善だ。 断ったら角が立つし、彼女たちもがっかりするぜ。」
ギリシャ語で耳打ちしてから日本語で
「ええ、どうぞ!」 
というと彼女たちが嬉しそうにして礼を言いながら携帯やデジカメを取り出した。 かわるがわる一緒の写真を撮ってから別れたとたん、またまた声を掛けられた。
「え? また?」
「よいではないか。 これも国際交流だ。」
こんどはカミュが率先して返事をし、しかもさっきより構えたポーズが決まっているではないか。それを見ていたグループにさらに頼まれて、俺たちはその場にゆうに10分はとどまることになった。やっと解放されて武家屋敷の前を歩いてゆくと今度はいかにも修学旅行生らしいグループにあっという間に囲まれた。 
「あのぅ………How are you ? ええと…My name is…」
「私たちは日本語がわかるゆえ、なにも案ずることはない。」
「きゃぁ〜、すごいっ!」

   お前ね………時代劇の見すぎだと思われるぜ
   いつもの言葉使いなんだが、それって違和感なさすぎるよ…

横で笑っていると、やはり写真のお願いだ。
「ああ、構わないさ、写真けっこう♪」
七三でポーズを取っていたら、
「あのぅ、できたら刀を構えてもらえませんか?」
「えっ、刀を?」
思わぬことを言われた俺が当惑していると、
「よかろう。」
あっさりとそう言ったカミュが刀に手をかけたのには驚いた。 逡巡もせずにすらりと抜き放ち、正眼に構えたポーズがやけに決まっているではないか!
「きゃぁ〜、素敵っっ♪」
「決まってるぅ〜〜!」
黄色い声が飛び、当のカミュは涼しい顔だ。
「お、お前、どうしてそんな……!」
「構えだけならたいしたことはない。ミロもやってみるがよかろう。」
そんなもんかな………と思いながらテレビのシーンを思い出して左足を軽く踏み出し身体をやや右に開いて刀を脇に構え、前方をきっと睨んでみると、
「きゃあぁ〜〜! こっちもカッコイイ!! 写真、早く早くっ!」
唖然としているうちに何枚も写真を撮られ、あまつさえ握手まで求められてやっと別れることができたのは、どうやら彼女たちの集合時間が来たためらしかった。
「ふぅ〜、もう誰も来ないといいな。 しかし、俺もお前も、どうして付け焼刃のポーズが決まるんだ?」
「日本に来て時代劇のテレビを見ているうちに、いつの間にか決めのポーズが記憶されていたのではないだろうか。 もともと剣法の技も構えも無駄を省いた動きの極致といえる。 さすれば黄金聖闘士として何度も死地を潜り抜けてきている私たちの動作や姿勢に相通ずるものがあるに違いない。」
「ふ〜ん、そんなもんかな。」
「そういうものだ。」

こうしてあっという間に一時間が過ぎ、俺たちは最初の場所に戻っていった。やはり店内のたくさんの客の注目を浴びながら奥に行ったとき、ふと壁の写真に目がいった。 今までの扮装の写真がたくさん飾ってあり、当然のことだがカミュより美しい写真などありはしないのだった。
「今からでも写真、頼めます?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
せっかくの扮装を忘れ去るには惜しすぎる。 こんどはカミュも否定しなかったので、俺たちはさらに奥にある写真室で背中合わせに刀を構えているポーズや一人ひとりの決めのポーズをつけてもらって旅の記念にしたのだった。
「お写真は2〜3週間のうちに郵送でお送りいたします。 こちらにご住所とお名前をどうぞ。」
着替え終わって化粧を落とすと元通りの自分になった。 差し出された伝票にカミュが達者な日本語で書き込んで料金を払う。
「ありがとうございました、またのおいでをお待ちしております。」
スタッフが丁寧に頭を下げて、俺たちは外に出た。さきほどのような注目は浴びないが、感歎の眼差しで振り返られるのはいつものことだ。
「どう?いい経験だったじゃないか。」
「ん〜、そうともいえる。」
「で、こんどは舞妓をやってみようぜ♪」
どう見ても満更でもなかったようなカミュなのだ。 うまく誘えばいけるかもしれないではないか。
「私は構わぬが、」
「やったね〜♪」
「そのときは、お前にも舞妓になってもらう。」
「………えっ!」
「どちらが美しいか、観光客に決めてもらうのも一興だ。」
「お前ってイケズ…」
笑っているカミュはやっぱり美しくて俺を満足させる。
京都はやはり楽しい街なのだった。

二十日ほどして宿に郵便物が届いた。ちょうど昼食帰りだった俺たちを呼び止めた美穂が大きな封筒を渡してくれる。
「ああ、映画村の写真だ、やっと来た!」
はさみを借りてその場で封を切る。
「う〜ん、いい仕上がりだ!」
美穂に見せると目を丸くして、
「まあ! こちらがカミュ様で、こちらがミロ様の?! まぁぁ〜〜♪」
「ミロ………そんな……人に見せたりして…」
顔を赤らめたカミュが小声で抗議するが、俺たちはここでは客でありながら家族めいた連帯感も持っている。 日本人なら誰でも撮りそうな旅先の記念写真なのだ、気にすることはない。
美穂の声に奥から宿の主人やそのほかの従業員も出てきて、一様に写真に驚きの声を上げる。 身振り手振りを交えながらひとしきり思い出話をしていると、
「そういえば、私も映画村でそれをやりました。」
珍しく宿の主人が笑いながら言うではないか。
「えっ、なんの扮装を?」
「写真もありますよ、お二人に倣って私もお目にかけますか。」
いったい、どんな写真だろう? 興味津々でみんなが待っていると、やがて奥の事務室から主人がファイルを持ってきてページを開いた。

   これは……武蔵坊弁慶だっ!
   はまってる! なんて、はまってるんだ♪

「素敵ですっ、お似合いですっ!」
美穂たちが涙を流して喜んで、さすがのカミュも笑いを押さえかねているようだ。 もともと武芸をたしなんでいて身長が高くがっちりとした体型の主人のためにあるような扮装で、薙刀を構えたところなどはいかにも様になっている。
「カミュ、、こんど一緒に行ってお前は義経をやれ! 絵に描いたような五条大橋の決闘ができるぜ♪ ちょうどいいことに日本橋のセットがあるからな♪」
一同が大笑いして、まことに映画村は楽しいのだった。





                 
こんなに長くなるとは!
                 でも京都ですからね、映画村ですからね、当然といえば当然っ!

                 作中で水戸黄門のロケを見たというのは実体験です、佐野浅夫の黄門様。
                 遠巻きに見ている私たちにすかさずサービスしてくれた役者魂に感動しました。
                 もうあれは佐野浅夫じゃなくて、本物の黄門様としか思えませんでしたもの!
                 忘れられない思い出です。

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