フェイシャル パック |
「これ、なにかな?洗面台のアメニティグッズの籠にあったけど。」 午後のお茶を煎れにやってきた美穂にミロが尋ねた。手には淡いピンク色のアルミパックを持っている。 「あらまあ!申し訳ございません、それはフェイシャルパックと申しまして、女性の基礎化粧用品なんですの。アメニティ補充の係の者が間違えたんですわ。失礼を致しました。」 「ああ、そうなんだ!」 ミロが袋をひっくり返してみると使用例らしいイラストが描いてあり、そのビジュアルがミロの気をひいた。 「面白そうだから使ってみてもいいかな?」 並の日本人なら思いつきもしないし、仮に思いついても恥ずかしくてとても頼めたものではないが、ミロはそんなことには頓着しないし、美穂のほうでも外国人のミロが好奇心旺盛なのはよくわかっているので不思議とも思わない。 「ええ、よろしいですわ。どうぞお試しください。」 このやり取りの間、カミュは定石の本を広げて茶をすすっていて、気にした様子もなかった。 「おい、ずいぶん気持ちがいいぜ!お前もやってみたらどうだ?」 先に湯から上がってきたミロがカミュに声を掛けた。 「あ…」 振り返ったカミュがびくっとしたあと笑い出したのも無理はない。 そこにいたのは、顔に妙な白いマスクを貼り付けた浴衣姿のミロだ。 いや、妙というよりも不気味というほうが当たっているだろう。 人によっては恐怖を感じることも考えられる。 いずれにしてもギョッとする光景であることは間違いない。 「パックだよ、昼間に美穂からもらったやつ。 冷やっとしてしっとりして、これが案外気持ちいいんだよ。」 「でもそれは…」 カミュが笑い出した。 なんとも言えぬビジュアルで、ミロの真面目な口調がさらにおかしさを誘う。 「それはたしかにおかしいが、」 ミロが部屋の隅の姿見を見た。 「ともかくいい気持ちなんだからな、お前もぜひやってみるべきだ。 女だけにやらせておく法はない。 俺に見られるのがいやなら、湯上がりに洗面台でやればいい。 5分くらいでいいそうだ。」 「いや、でも私は…」 「なにごとも経験だ。 百聞は一見にしかず、っていうのはお前の持論だろ。」 「わかった、そうしよう。」 ミロの力説にカミュが笑いながら頷いた。 「どうだった?」 「うむ、たしかに気持ちがよい。 気に入った。」 「それじゃあ、確かめね♪」 カミュをつかまえたミロが頬にキスをする。 「う〜ん、最高!」 ただでさえすべらかな肌がますます艶やかになったようでミロを感嘆させる。 「これから毎日やろうぜ。 美穂に頼んだらまずいかな?」 「明らかに女性用の製品だし、この宿に宿泊する女性客のためのサービスゆえ、私たちがもらうわけにもいかないと思うが。」 「う〜ん、どうするかなぁ?」 その後、ミロが駅前の店でフェイシャルパックを発見し、入手は簡単になった。 「でも、なぜ私のほうは女性用なのだ?」 ミロの手元にあるのは明らかに男性用で、精悍なイラストのネイビーブルーのパッケージなのだ。 「だって男性用ってメントールが入ってるし、汗の臭いとかギラついた肌のお手入れに、って書いてあるんだぜ! そんなのがお前に向いてるわけがなかろう。 その点、女性用のにはヒアルロン酸とかコエンザイムとか、いかにも肌に良さそうなものが入ってる。 そのほうがいいに決まってるじゃないか。」 「そういうものか?」 「そうだよ。」 「で、お前は男性用?」 「うん。」 ミロが自分に男性用を買ったのは、女性用だけを買うのが気恥ずかしかったためである。 どっちも買えば、恋人のも一緒に買ったように見えるからな 女性用だけ買って、万が一、妙な噂になったらまずいってことだ 都会の量販店ではないのである。 5年もこの土地で暮らしているミロとカミュのことは地元では有名で、今日はどこそこであの素敵な外人さんたちを見掛けたわよ、とかの話が飛び交っているらしいのをミロはとっくに察知している。 カミュはそんな瑣末なことには気付かない。 こうして湯上がりにはフェイシャルパックをするのが二人の新習慣となった。 最初だけは男性用を使ってみたミロも結局は女性用が気に入って使っているようだ。 「ここの温泉の質は肌を美しくする効能があるというから身体のほうはいいんだが、顔が湯に浸かれないのが気になってた。 でもこれで全身コンプリだな。 ほんとにお前ってば、どこもかしこも艶やかで素晴らしい!」 しかし、カミュは答えない。 というより答える余裕がないのだ、あまりにミロの情熱が強すぎて。 「ねぇ、そう思わない?」 そんなことは………私は知らぬ……あぁ、ミロ…… 艶やかな夜が更けていった。 つまり、パックの気持ちよさに私が開眼したので書いてみた話です。 今の世の中だから男性用もあるだろうと思って書いて、調べてみたらやっぱり! でもカミュ様には使ってほしくないです、男性用は。 |
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