ガ ン ダ ム

「ガンダムを見に行こう!」
「わかった。」
「えらく分かりがいいな?」
「お前に昨夜のことを持ち出されるくらいなら、すぐに了解するのが得策だ。」
「うん、俺もそう思う。」

東京はお台場にある実物と同じ1分の1スケールのガンダムを見に行くには新橋から通称 『 ゆりかもめ 』 という新交通システムを利用するのが便利である。
「なぜ、新交通システムなんだ? 電車でもモノレールでもないってことか?」
「ゆりかもめはそのどちらでもない。 平らなコンクリートの走行路をゴムタイヤで走っている交通機関だ。」
「えっ! ゴムタイヤっていったら自動車みたいに聞こえるが。」
「一つの車輌に4つのタイヤがついていて、万が一パンクしても走行できるように中には金属の車輪が入っている。 電気を使っているので自動車と違って排気ガスを出すことがなく、その名の通り単一のレールしかないモノレールと違って、緊急時には乗客は走行路の上を歩いて避難することが可能だ。」
そんなことを話していると始発の新橋駅にゆりかもめが静かに入ってきた。
「なるほど。 タイヤだからほんとに静かだな。」
「そういうことだ。」
乗り込んだのは先頭車輌で進行方向がしっかりと見える二人掛けの座席に座ることができた。 大きな窓から進行方向の走行路が見えて、なるほど線路などないのがよくわかる。
「あれ? 運転席は? 誰もいないけど。」
「ゆりかもめは無人走行だ。 運転手も車掌もおらず、コンピュータで自動運転されている。 もちろん中央指令所で常に監視をしているので安全には十分に配慮している。」
「ふ〜ん!最新型ってことか。」
発射を知らせる放送が響く。 目の前に開けた視界には見上げるような最新のデザインのビルが林立し、ゆりかもめはその間を縫うようにして作られている高架の走行路を走り始めた。
「東京って街はほんとにすごいな! 見てみろよ、あのビルなんかエレベーターが12基も並んでるぜ、すごい設計だ。 あんなにたくさん必要なものかな?」
それは電通の本社ビルで、外からでも12基のエレベーターが高いビルの中を上下に動いているのが透けて見えている。 ほかにもミロを唸らせるような設計の新しい建築物が次々と現われては消えてゆく。 現代アートの置かれているオープンデッキやビルとビルとの間をつなぐ連絡通路のデザインも凝っていて、飽きるということがない。
「ほんとに面白いな。 そしてどのビルの中でも人が働いているのがこれまた不思議だよ。」
「ここ汐留 (しおどめ ) は東京の中でも最先端をゆく地区の一つだ。 ゆりかもめの車窓の景色は変化に富み、それを楽しむためにこれに乗車することもあるそうだ。」
「それはわかるな。 大人の俺でもこんなに面白いと思うんだから、子供なんか夢中になるんじゃないのかな」
ゆるやかにカーブを描くゆりかもめは高架上を進み、やがて左手に海が見えてきた。 この辺りまでくるとビジネスビルに交じって流通業の倉庫なども増えてくる。
「ふ〜ん、海だぜ、東京湾だ。 あの向こうに見えるのがお台場だろう。 レインボーブリッジを渡っていくのは知っている。 ………あれ?渡ると思ったが違うのか?」
東京湾から離れて大きく右にカーブし始めたことにミロが首をかしげていると、ぐるっと一周したゆりかもめは今度は東京湾を渡り始めた。
「えっ? どうして?いまぐるっと回らなかったか?」
「ほう、これは面白い!ループ橋だ! あの橋といままでの軌道との間に高低差がありすぎるためにあらかじめ一周して徐々に高度を上げて適切な勾配で橋に進入することが必要なのだ。 知識として知ってはいたが、実際に見るのは初めてだ。」
遠くからはごく普通に車が走る橋と見えたのに、その中側にゆりかもめの専用走行路があって、窓の外には車が走っているのだ。 電車でも車でも海の上を渡ったことのない二人には愉快な経験だ。 窓の外に鉄骨が多いのはちょっと残念だが、それでも海やその向こうの景色はよく見える。
「面白すぎるな! ガンダムを見るのも楽しみだが、ゆりかもめの段階で俺はすでにテンションが上がるよ。」
「ガンダムがある潮風公園は台場駅で下車だ。 走行しているゆりかもめからもガンダムが見えるらしい。」
「そいつは楽しみだ。」
車内からはあのユニークなフジテレビの社屋もよく見えるのだが、見事な景色とガンダムを探すのに忙しいミロの目にはとくに映っていないらしかった。7つ目の駅の台場が近付くと、右の窓際に座っていたミロが声を上げた。
「おい!あそこにガンダムがいる!」
「ああ、ほんとだ!」
公園の背の高い木々の向こう側にガンダムの頭部が見えた。 アニメの1シーンを見るようでちょっと信じられない光景だ。
「ほんとに日本人て面白いことをしてくれるな!俺はそういうところが好きだけど。」
「そうだろうな。」
そういうカミュも嬉しそうだ。 唇の端が笑っている。車内の後ろのほうからも、ガンダムだ!、と言う声が聞こえてくる。みんなが楽しみにしているのだろう。
台場駅で降りるといかにもガンダム目当てらしい客が大勢降りて同じ方向に歩いていくので迷うはずもない。 迷わないように各所に 『 ガンダム ⇒ 』 という掲示物が貼ってあるが、この分では必要ないだろう。
駅から5分も歩かないうちに潮風公園の入口が見えてきた。 何人ものスタッフが道を横断する人のために交通整理をしていて夏の陽射しに汗だくになっている。
「さすがに人気だな、引っ切りなしに人が通ってる。 行く人間と帰る人間の数は同じくらいじゃないのか。」
「それだけ日本人に好まれているのだろう。」
「俺たちまで見にくるんだから相当だよ。 世界のガンダムだ。」
よく整備された公園の石畳の道をどんどん歩いていくと海に面したところで左に曲がる。 かなり近づいたはずなのにそれでもまだガンダムは見えてこない。
「う〜ん、気をもたせるな。まだ見えないぜ。どう考えてももうすぐだと思うんだが。」
「この木立の向こうにあるのかも知れぬ。」
そしてカミュの言ったとおり、木立の途絶えた先にガンダムはいた。 かなり広い広場の中ほどに設えられた台の上に立っている後ろ姿がよく見える。
「ああ!ほんとにガンダムだ!」
ミロが感嘆の声をあげた。
「本物って、こんなに大きかったのか!すごいな!」
「これは本物ではないが。」
「いいんだよ、そんな細かいことを追究しなくても。 う〜ん、それにしてもよくできてる!」
ずんずんと近付いて行ったミロはガンダムの側面を見上げながら前の方へと回り込み、その間も賛美し続ける。
「ふうん、いい質感だな! まさにモビルスーツだ! 希望を言わせてもらえば、隣にシャア専用もあればもっとよかったんだが、無理な相談かな、やっぱり。 う〜ん、それにしてもよくできてる!」
ガンダムの近くで行列ができているのは 『 タッチ&ウォーク 』 といって、台座のガンダムの足元まで行って直接さわれるという企画らしい。 たくさんの人がにこにこしながらこの機会にガンダムにさわろうとして順番を待っているところだ。
「スターと握手をするようなものかな。 うんうん、わかるような気がする。」
「並ばなくて良いのか?」
「そこまでしなくてもいいよ。 眺めているだけで満足だ。 さわるならお前のほうがいい。」
「ばかもの…」
時刻はもう夕方で、今にも雨が降り出しそうな天候ということもあって、暗い空を背景にしたガンダムの両肩や身体各部に付けられた白や緑のライト部分が点滅していていかにもそれらしい。 少し左足を踏み出した姿勢のガンダムの高さは18メートル、アニメ放映30周年を記念して製作されたもので7月11日から8月31日までの公開だ。
少し離れたところから二人が見上げているとさっきから流れていた音楽がやみ、金属音とともにガンダムの頭部がゆっくりと左右に動いた。
「あっ……動いたっ!」
「ほぅ!」
二、三度あたりを見回すようにしたあとは、また最初の位置になっている。
「う〜ん、歩いたりしないのか?」
「まさかそれはないだろう。」
「とは思うけどさ、期待するのが人情だ。」
するとすぐ近くに立っていた親子連れの父親のほうが、
「さあ、7時のときはもっとすごいから、それを見てから帰ろうね。」
と、子供に話しかけている。
「おい、次はもっと動くらしいぜ。」
「いま6時半だから、毎正時にはさらに大きいパフォーマンスがあるのだろう。」
「それはぜひ見ていこう。」
広場の入り口にはオフィシャルグッズの売り場があって黒山の人だかりだ。 奥のほうにはたくさんの出店があって、飲み物や食べ物を売っているのに違いない。
椅子とテーブルが置かれている休憩スペースまで行って腰掛けながらガンダムを見ていると、家族連れやベビーカーを押した夫婦もけっこう多い。 親世代が夢中になったガンダムを子供にも見せたいのだろう。 すると隣のテーブルにいた三人の子供をつれた母親が誰かと携帯で話し始めた。
「そう。 ガンダムの右側のほうの椅子に座ってるから。 すごいわよ、やっぱり。 」
子供たちは幼稚園か小学校の低学年くらいに見える。
「誰かと待ち合わせらしいな。」
「ガンダムはいい目印だ。」
夏休みの間しか見られないのだから人気が高いのだろうと思っていると、やがて現われたのは父親だ。 会社帰りらしく、黒い鞄をテーブルに置くと出店のほうに行き、すぐに焼き鳥や焼きそば、ビールを持って戻ってきた。 子供たちもなにかを食べていて、今夜の夕食はガンダムを見ながらのスペシャルメニューらしかった。
「日本っていい国だと思うよ。いい光景だな。」
「まったくだ。」
たくさんの人が携帯やデジカメを取り出して思い思いの角度からガンダムを写しているのもにぎやかだ。
そうしているうちに時刻は7時に近くなり、遠くで休んでいた人たちがガンダムの周りに集まりだした。
「おい、行こうぜ、そろそろ始まるらしい。」
「うむ。」
すでに暗くなったとはいえそこは都会の明るさが残り、漆黒の夜空とは言えないのが残念だ。1、2分ほど待っていると音楽が途絶え、足元からガンダムを照らしていた大きい照明も消されていよいよかと期待が高まってゆく。すこし静寂が続いた後でなにかの始まりを告げるような曲が流れてきて雰囲気を盛り上げる。 身体の各部にライトがつき始めた。 胸や首が内部からのライトで照らされて目には光が加わった。 ますます高まる効果音。
ギイィィィ〜ン、ゆっくりと動く頭部をうっとりと見上げているとなんと両胸のスリット、足首、背中などから一斉にスチームのようなものが噴き出した。
「あっ!」
「ミストだ、蒸気ではないから危険はない。」
「さすがは専門家だな。」
妙なところでカミュの専門性が発揮される。
足元からライトアップされているのでかなりの勢いで噴き出すミストが真っ白に見えて、まるでガンダムが本当に起動しているかのようだ。 見ている人々は大喜びで、子供はあんぐり口を開け、いい年をした大人は嬉しくてたまらないというように満面に笑顔を浮かべている。
「ああ、たまらんな! このあと飛び上がりそうじゃないか!」
かなり長く続いたミストの噴射が終わるころ、左右を見ていたガンダムがふたたび顔を正面に向け、これで終わりかと思ったころになんと上を見上げたのだ。
「あぁ……! かっこいい!」
ミロが思わず漏らし、口にこそ出さなかったもののカミュもまったく同じことを考えた。 まるで上空の敵を認識したかのようないかにも人間的な仕草は、かつて初代ガンダムに夢中になった少年少女の憧憬を掻き立てるに十分すぎて、見ている者の間にどよめきが走る。
「おい、見たか! ああ、ほんとにガンダムだ………」
やがてガンダムは静かにもとの姿勢に戻り、ミストの噴射も終わった。 ふたたびBGMが流れ出す。
ミロが大きく溜め息をついた。
「それじゃ、帰ろうか。」
「ああ、そうだな。」
たくさんの人に混じって駅に向かいながらミロが名残惜しげに何度も何度も振り向いているのを見たカミュが最後の曲がり角で立ち止まった。
「ここならよく見える。 心ゆくまで見るがいい。」
暗い木々の向こうにガンダムが見えた。 アニメの世界を切り取って現実のものにした現代の魔法がそこにある。 飽かず眺めているとぽつぽつと雨が降り出した。 これから明日にかけて激しい雨が予想されている。 その豪雨の中で微動だにせぬガンダムがこのうえなく頼もしい。
「満足だ。 行こう。」
こうして二人は現実世界に戻っていった。





           
ガンダム、お見事でした、本物かと思ったよ、マーマ。
           実はガンダムファンのサガもこっそり見に来たという噂がひそかに流布しているとかいないとか。

           全国のループ橋 ⇒ こちら
           こんなにあるとは思いもしませんでした。
           通ったことのあるのはレインボーブリッジと伊豆の河津七滝 (かわずななだる) だけです。
           河津七滝のループ橋は二重螺旋でそれはそれは見事です、ミロ様じゃなくったって驚きます。
           かなりのカーブが続くので運転するには気力が要るらしいです。