回 転 寿 司

「今日こそは回転寿司に行く!」
そう宣言したらカミュが眉をひそめた。
「なに?なにか不満でも?」
「やはり寿司は無垢材一枚板のカウンターで食べた方が風情が出ると思うのだが。」
「カウンターの寿司ならもう何度も食べたじゃないか。 まだ経験してないことをやるのが見聞録の醍醐味だ。」
「しかし、寿司の真髄は、」
「カミュ………昨日、許してくれたらなんでもするって言ったのは、あれは……うそ?」
すっと横を向き、ため息をつく。
「………わかった。」
最初から素直に賛同してくれれば、俺も昼間っからこんな恥ずかしいことを言わずに済むのだが。

出かけていった回転寿司の店は水産問屋の経営だけあってネタがいいとかねてから評判で、ちょうど昼食時の今はほぼ満席の繁盛ぶりだ。
「少し時間をはずしてくればよかったのではないか?」
「いや、空いてる回転寿司では面白くないぜ。 混んでるからいいんだよ。」
「そうか?」

回転寿司に行きたいと行ったら美穂が適切なアドバイスをしてくれた。
「回転寿司でしたらお昼時がよろしいですわ。 お客が少ない時間帯だとお寿司が回転していないんですのよ。 食べたいものを注文して握ってもらうので、普通のお店とあまり変わらなくなってしまいます。」
「お皿の色で値段が違いますのでご注意ください。 店の中の見やすいところに掲示してあります。」
そのほかいろいろ教えてくれようとしたのだが、その場で発見したほうが面白いだろうと思って断って、カミュを誘って出かけてきたのだ。
「二人ね。」
寄ってきた店員に合図する。
「カウンター席とテーブル席とどちらになさいますか?」
むろんカウンターだ。 このくらいはカミュの希望を入れないと。
人でいっぱいの店内は板前の元気な声や客の話し声でにぎやかで、中央にはテレビで見たとおりにぐるぐると寿司を乗せたベルトが回っていて愉快なことこの上ない。
「こちらのお席へどうぞ。」
案内された席の隣りには若い男が四人いて、山のように皿を積み上げている。
お手拭と箸、湯呑みと小皿を置いたスタッフはぐるぐると回っている寿司を指し示して 「どうぞ、おとりください。」 というと離れていった。
「さあて、まず何から食べるかな。」
目の前を次々と通過していくさまざまな寿司にわくわくせずにはいられない。 しかし、カミュの視線は他のものに注がれていた。
「………これは?」
着席したカミュがさっそく目の前の物品の検討を始めた。
「ん? 蛇口のように見えるが?」
奥行き40センチほどのカウンターには醤油、楊枝、メニューなどの誰でもわかる品物に混じって一見首をかしげるようなものがある。 カウンターからまっすぐに立ち上がり、ぐいっとUの字型に下を向いているステンレス製のパイプはどう見ても水道の蛇口だろう。 真下には申し訳程度に小さな排水口がある。
「手を洗う……わけじゃないよな。 そのためにはお手拭があるし。」
首をかしげていると、カミュが横長のトレイの上のプラスチックの蓋物に手を伸ばした。
「ミロ、これは抹茶の粉だ。 察するところ、この粉を湯飲みに適量入れて………」
カミュがちらっと横を見る。 隣の男が湯呑みを蛇口の下に置いたところだ。
「このボタンを押すとお湯が出て茶ができるという寸法だ。」
「ふ〜〜〜〜〜ん!」
大々的に感心せずにはいられない。 容器の蓋に貼ってあった指示通りに備え付けの小さいスプーンに2杯ほどすくって湯をそそぐと、なるほど熱い緑色の茶の出来上がりだ。
「これだけの規模の店で客がてんでに熱い茶のお代わりを頼んだら忙しくて大変すぎるからな。 合理化ってことだ。」
「しかし、そのようなことでは風情が…」
「いいんだよ、寿司が回転してる時点で風情という文字は遠心力で吹っ飛んだんだ、きっと。」
カミュの煩悶は気にしないことにして寿司を選ぶ。まずは、
「俺はこれね!」
やっぱりマグロだろう。 なかなか脂ののった赤身で、中トロくらいはありそうだ。
「ふ〜ん、どれも二つ乗ってるぜ。」
「寿司の数え方は一貫、二貫という。」
「なぜ、貫?」
「諸説あるがはっきりとはわからぬ。 江戸時代の文献には一つ、二つとある。」
そのカミュが最初に取ったのは甘エビだ。
「ふ〜ん、甘エビが好きなんだ!」
「これが一番というわけではないが、たったいま職人が乗せたばかりなので新鮮なことは確実だ。」
「あ、なるほどね。」
「これだけの数が回っていると、中には握ってからかなり時間が経っているものがある可能性がある。」
「それはそうだ。 おっ、アナゴが来た!」
「私は………この旗の立っているのはなんだろう?」
確かに旗の立っている小皿があって、世界各国の国旗のデザインになっている。
「ほら、あれなんかフランスだぜ。 お前専用とか?」
「それは論理的ではない。」
結局わからなかったので店員に聞いてみた。
「旗のついているのはサビ抜きになっております。」
ああ、なるほど! お子様向きってやつだ。
気の向くままにどんどん食べて、かなり皿が積み上がったところで勘定を頼む。
「は〜い、3番さん、おあいそで〜す!」
威勢のよい声が上がり、フロアスタッフが寄ってきた。
「………え?」
値段は気にしないで食べたので色とりどりの皿が十数枚積み上がっているその側面にテレビのリモコンのような端末が当てられて上から下までなぞられた。 音もなくレシートが出てきて、
「これをレジまでお持ちください。 毎度ありがとうございました!」
って言うのはこりゃなんだ?
「ほう! 極めて合理的だ!」
「ふうん! 一枚一枚、数を数えるんじゃないんだな!」
感心し、半ばあきれながら席を立ち、振り返って驚いた。
「おい、どうしてあんなものがある?」
すぐ後ろのテーブル席の一つ一つに14型くらいの液晶画面が設置されていて、そこに表示されているのはどうやらメニューのようなのだ。 寿司の画像に触れると注文できるらしく、ページ送りも可能なようだ。 最初に入ってきたときはぐるぐるまわる寿司に注目していたため気付かなかった。
「寿司職人から遠いので声がかけづらいため、タッチパネルで好みのものを頼むのだろう。 極めて合理的だ。」
「う〜〜ん、ネット通販みたいな気がするが。」
俺があきれているのに比べて、いやにカミュは順応度が高い。
俺たちとすれ違いに入っていった家族連れが、すぐに案内されていった。

初めての見聞を美穂に話すと、
「このごろは自分の席の前に食べ終わったお皿の投入口があって、そこに入れると自動的に料金が計算されるという店もあります。」
「えっ?!」
「このやり方だと、たくさん食べても人にはわかりませんし、安い値段のお皿ばかりを食べても恥ずかしくないそうです。」
ふ〜〜ん、驚いた。 しかし、あまりにも風情がないんじゃないのか? きっと内部のトンネルを次々と皿が流れて食器洗浄機までいくのだろう。
「なにもそこまでしなくても。 あまりにも機械的じゃないのか?」
「いや、回転寿司に風情を求めるほうが間違っている。 日本人の合理性を如実に示す業態の好例といえよう。」
「お前、最初とはずいぶん評価が違うな。」
「寿司と回転寿司は似て非なるものだ。 同列に考えるべきものではなかった。」
「それもそうか。」

翌日、いつも俺たちのためだけに用意される昼食は、素晴らしい握り寿司だった。 ネタの新鮮さは他に類を見ない。
「あれ? 珍しいな!」
「ここでは初めてではないか?」
箸休めにほんの少しが出たことはあるが寿司がメインになったことはない。 本格的懐石のこの宿では相容れないものなのだ。
「板前にお二人が回転寿司においでになった話をしましたら、腕によりをかけて、寿司の真髄を味わっていただきたい、とのことですの。」
トロもウニも最高で、関サバやシマアジも極上で。
「あ〜、ほんとに日本っていいな!」
カミュがアワビをつまむ。
「磯のアワビの片思い、か。」
「ん? それってなに?」
「アワビは二枚貝のうちの一枚だけしか貝殻がないように見え、いつももう一枚を恋い慕うという意味で片思いの表現だ。」
「あっ、それってないぜ、俺たちは究極の両思い♪」
「ええと……」
「今夜も二枚貝ね♪」
ぱっとカミュが赤くなる。
「うん、ほんとに美味しい!」
俺はホタテを口に放り込んだ。





        
ずっと前から書きたいリストに上がっていた回転寿司。
        先日、昼、夜と続けて食べた勢いに乗ってアップです。
        最近の技術の進歩は著しくて、あっと驚くシステムが。
        日本ってほんとに面白い!