かき氷 |
「あれっ! これはなんだ??」 美穂が離れに運んできたものを見たミロが声を上げた。 臙脂色の籃胎の丸盆に載っているのは、赤い 「 いちごミルク 」 と 「 宇治金時 」 、いわずとしれたかき氷である。 「これが、日本で昔から食べられているかき氷というものだ。 氷を削って小高く盛り付けたものに甘いシロップをかけて賞味する。」 「ふうん……昔って、サムライの時代くらいか?」 「いや、今から千年ほど前の平安時代に清少納言の書いた枕草子の 『 あてなるもの 』 という項目に 『 削り氷にあまずら入れて、あたらしきかなまりに入れたる 』 という記述があり、そのころから上流階級で食されていたことがわかっている。 あてなるもの、とは上品で優雅なものということだ。」 「その 『 あまずら 』 とか 『 かなまり 』 ってのは?」 「 『 あまずら 』 とは、あまちゃずるという植物から採った甘味でたいそう貴重なものだったらしい。 『 かなまり 』 とは、金属の椀のことだ。」 「ふうん、俺、赤いほうでいいか?」 「うむ、そちらは……」 美穂に質問したカミュが頷いた。 「赤い部分が苺味だ、その上にコンデンスミルクをかけてある。 では私は、この宇治金時をいただこう。」 美穂が二人の前に乳白色の琉球ガラスの器を置くと、お辞儀をして出ていった。 「え〜っと……」 ミロがかき氷をくるっと回して、スプーンを入れる場所の検討を始めた。 いきなりすくうと、かなりこぼれるような気がするのだ。 「まあいい、てっぺんからいただこう♪」 シャリッ! シャリッ! 「ふふふ♪ なるほど、上品で優雅なものってわけか、甘くて冷たくて、こたえられんな! ところで、お前の宇治金時って何のことだ?」 ミロの器の回りには少々の細かい氷片が落ちて早くも赤い水になろうとしているのだが、スプーンを入れる前に周りを軽く押し固めてから食べ始めたカミュの方は何もこぼれてはいないのだ。 「宇治金時には、抹茶と小豆が使われている。 宇治は京都府の茶の産地として有名な土地なので、この場合は抹茶の代名詞となっており、金時は、餡を金時豆で作ったからという説と、炊いた小豆の色が 『 坂田の金時 』 の顔の如く真っ赤だったからという説などがあり、定かではない。」 「ふうん……直接的に抹茶小豆とはいわないところがいかにも日本人らしいな。 じゃあ、なぜいちごミルクを 『 茜白雪 』 とか言わないんだ?」 「……さぁ?」 そうこうするうちに、かなり食べ進んだミロが頭を抑えて食べる手を止めた。 「どうした?」 「…う………頭が……急に……」 「きっとアイスクリーム頭痛を起こしたのだろう、少し休めばよくなるはずだ。」 「……アイスクリーム頭痛?…… なんだそりゃ?」 頭の奥がキンキンと痛み、気が遠くなりそうなミロがそれでも何とか聞き返したのは、あまりにも妙な言葉を聞いたからだ。 「 ice cream headache といい、英語を直訳したものだ。 冷たいものを摂取して口蓋や咽頭後部が急激に冷やされると、舌咽神経が刺激され瞬時に前頭痛が起こるが通常は5分以内におさまる。 アメリカにはこのほかにホットドッグ頭痛というものがあり、ホットドッグのウインナー等に添加されている亜硝酸塩によって頭痛が引き起こされる。」 「……ふうん…よくお前は平気だな。」 「お前と違って低温には慣れている。 アイスクリーム頭痛は私には無縁だ。」 そう言って、カミュが優雅に一つすくって口に入れるのを、ミロが羨ましそうに見た。 「あ………ミロ……私は…もう……」 「もうすこし………カミュ……もうすこし愉しませて……」 すがりつく身体が力を失いかけるのをもう一度抱き直したミロの声も、すでにかすれてうわずっている。 のがれようとする腕をとらえて軽く動きを封じると、受けるカミュにとっては甘美かつ耐え難い仕打ちを再び与えてゆくのだ。 「カミュ……こんなに、こんなにお前が好きだ……二度と離さない………俺から離れるな……」 唇に喉に胸に、次々と与えられる甘い口付けがカミュから理性を奪ってもうどれだけ時間がたったことだろう。 しっとりと汗ばんだ身体がひとしきり震えたとき、ミロはカミュが小さな悲鳴をあげたのを聞きとがめた。 「……どうした? 大丈夫か?」 「……頭が……痛くて…ミロ……」 それきりぐったりとしたカミュがミロの胸にもたれかかってきた。 青ざめたミロの呼ぶ声にも反応することができず目を閉じているカミュの額には、冷たい汗が浮かんでいた。 「大丈夫か……?」 「あ……ミロ…」 「水を飲んで。」 やさしく抱き起こされたカミュが支えられながらゆっくりと飲み干したのを見て、ミロはやっと安堵する。 「すまぬ……いらぬ心配をかけた…」 「いや、俺が悪かった、ちょっと度が過ぎたようだ。」 「そんなことはない。」 抱き寄せられたカミュがミロの腕の中でゆるゆると首を振る。 「あまりに……その……」 こんなときに口ごもるカミュをこよなくいとしいと思うミロなのだ。 「私が夢中になりすぎて……息をしなかったから…ひどく頭が痛くなって………でも、やっぱり息ができなくて……」 「これからは、もっとゆっくりお前を愛そう……そしてお前も時々はちゃんと深呼吸をして。 大事なことだ。いくら俺の腕前が超一流でも、呼吸を忘れちゃ困る。 阿吽の呼吸っていうのを教えてくれたのはお前だぜ♪」 くすっと笑いながら、それでもミロの目は心配そうなのだ。 やさしい手が、白い背を流れる髪をそっと梳いて、そんなささやかなことが抱かれるカミュを安心させてくれる。 「ミロ……私は…弱いのだろうか?」 「そんなことはない。 お前は最強の聖闘士だろう? ただちょっとナイーブでデリケートなんだよ、俺と一緒の夜に限ってはね。」 ミロが微笑んで白い額を指でつつく。 「こんなことは、聖闘士としてのお前にはなんの関係もない。 なにも気にすることはないんだよ、俺はそう思う。」 「………ほんとに?」 「ああ、俺だけに見せるお前の弱みだ。 大事に守ってやるから心配しないで。」 「わかった……」 あとは互いを思いやるやさしい言葉が繰り返されて、やがてカミュは眠りについてゆくのだ。 ミロの手に包まれて、このうえない愛に満たされて。 安らかな寝息を聞きながら笑みを浮かべていたミロもすぐにあとを追っていった。 アイスクリーム頭痛、あれはきついです。 アイスクリームではめったにならないけど、かき氷は強力な誘発剤。 ミロ様、夜の頭痛には無縁だけど、昼は発症しましたね、 やはり氷系には弱いようです。 さて、うちのカミュ様は頭痛持ちです、って呼吸法に問題があるだけですが。 最初のキスからして、息を吸うタイミングがわからなくて気絶したくらいですからね、 夜ともなれば緊張と陶酔のあまり、つい息を止めてしまったりする。 すると、脳に酸素が供給されなくて頭が痛くなる、と考えたわけです、私なりに。 それなりに論理的だし、しんなりなよやかなカミュ様の方がいいと思ったのです。 だって……頑健なカミュ様じゃ、ミロ様も困るし、私達も 「?」 でしょう? ところが、こんな頭痛が世の中にはあることが判明しました! ⇒ こちら このページの下の赤字の ●4.6 Headache associated with sexual activity というところをご覧いただくと、あらららら………(赤面)。 いえ、極めて医学的記述なので恥ずかしくはないんですが、 妙にうちの話と似てるのでは??? でも、カミュ様は違いますよ、息継ぎがうまくないだけです、つまり器用ではない。 その点、ミロ様は、吐く息吸う息がキスになる、というお人ですからね。 特に閨中では、水を得た魚のようになります。 どうぞミロ様、ときどき頭痛を起こすカミュ様をいたわってあげてくださいませ。 「任せてもらおう! カミュをいたわるのは俺だけに許された特権だからな♪」 「なにを自慢げに! もとはといえば、お前が私を……」 「え?なに? 俺がお前をどうしたって?」 「なにって……あのぅ…」 「聞きたいな♪言いかけたことを途中でやめるのは良くないぜ♪」 「しかし…」 「言えないの? もしかして覚えてない? ふふふ…じゃあ、もう一度思い出させてやるよ♪」 「あ………」 「今度は息ができるように途中で休ませてやるよ、その代わり……」 「……その…代わり…?」 「ゴールまでは相当に遠くなる、覚悟しろよ♪」 「ん……」 あまちゃずる ⇒ こちら |
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