横 浜 み な と み ら い 2 1・「 観 覧 車 」

「あれが気になるんだが。」
ミロがテレビ画面を指差した。都会の夜景の中央に緑色に光る円形のものが映っている。
「あれは観覧車だ。垂直方向にゆっくりと回転して眺望を楽しめるようになっている。」
「ということは乗れるのか?」
「そう理解している。」

そこで二人は観覧車に乗るべく横浜みなとみらい21地区にやって来た。21世紀を見据えて整備されたこの地区はウォーターフロントの特性を生かしながら斬新なデザインのビジネスビルや美術館などの建築物が立ち並び、近未来的な景観を呈している。そうかと思うと赤レンガ倉庫や石造りドックなどの歴史的建造物の保全活用も行なわれていて、テレビでしばしば見かけることも多い華やかな地区だ。
横浜駅で地下鉄のみなとみらい線に乗り換えて二つ目のみなとみらい駅から地上に出ると、すぐ目の前は先進的なビルと大観覧車の織り成す景観が広がっている。主として青と白で構成されたイルミネーションが美しい夜景を演出していて、周りの人と一緒になってミロとカミュも思わず声を上げた。
「これは素晴らしい!」
「周りのビルもいいな!とても綺麗だ!」
デザイン性に優れたビルのイルミネーションは装飾過多ではなくて、色彩も微妙に個性的なのがさらに景観を引きたてる。
「あのビルのてっぺんの青緑色なんか珍しいな。洒落てるよ。」
「うむ、よい色だ。」
「ともかく冴えてる。センスがいいよ、気に入ったな。」
誉めそやしながら横断歩道を渡るとすぐそこは遊園地になっている。メリーゴーラウンドやジェットコースターがきらびやかな光を振りまいているその中でひときわ目立つのが直径100メートルの観覧車で、夜間は様々に色が変化するイルミネーションが売り物だ。
「ふ〜ん、こうなってるのか。」
「構造がわかって面白い。」
現地に行ってわかったことだが、目指す観覧車は 「よこはまコスモワールド」 という遊園地の一角にあり、駅から歩いてゆくと横浜港の一部になっている運河にかかっている橋を渡って行くようになっていた。休日の夜ということもあってたくさんの人で賑わっていて、どの人も夜景の美しさににこにこしているのがわかる。
「ほんとに綺麗だな。昼間に見ればまた違うんだろうが、夜の暗さが全てを美しくしてくれている。このイルミネーションの見事なことといったらないな。」
「港のそばということもあり、暗い水面に光が映って揺らめいているのもよい。明と暗の対比が生きている。」
あれこれと論評しながら橋を渡ってすぐ右に曲がると観覧車の乗り場のあるビルに入ってゆく。この観覧車はコスモクロック21という名前で、それも二人には面白い。
「コスモクロックっていうんだそうだ。十二宮の火時計とはずいぶん違うな。テレビに映ってたときは時刻が表示されてるなんて思わなかった。」
側面の中心には大きな数字のデジタル時計があり、なるほどクロックに違いない。
「この遊園地はコスモワールドだが、意味的には聖域にも通用しそうな名前のようにも思われる。」
「う〜ん、サンクチュアリだからいいんであって、コスモワールドなんて振り仮名を振られたらどうしようもないな。意味するところは似ているが。」
「実はコスモ石油も前から気になっている。」
「俺もだ。あれって、グラード財団関係かな?」
「そうではないと思う。それを言うならキグナス石油というのもあったはずだ。」
「あっ、そういえば。」
そんな他愛のない話ものんびりとしていていいものだ。
30人ほどの行列の後ろに並んで見上げる観覧車はゆっくりと回転を続けていて、たくさんのゴンドラがゆらゆら揺れながら客を乗せて昇ってゆく。ゆっくりとした速度なので、乗っていた人が降りてそのあとに乗りこんでいくのにも困ることがない。
「ずっと動いているからどうやって乗るのかと思ってたけど、なるほど、これなら子供でも簡単に乗れるな。なんとも平和な乗り物だ。ジェットコースターとは対極にある。どっちも人気があるっていうのが面白い。それにしても、こんなに悠長ではデスマスクあたりには耐えられないだろう。」
「お前も耐えられないそうにないが。」
「俺は大丈夫。お前と乗るんだから、白鳥の足漕ぎボートだろうと公園のシーソーだろうと楽しいに決まってる。もっともシーソーは足がつかえて乗れないような気がするが。」
足が窮屈なのは足漕ぎボートも同じだろうが、実際に近くで見たことのないミロには判断がつかない。
列が進み、あともう少しで乗れるというときに後ろの方から声がした。
「これじゃ、今日も紫のに乗れないわ。」
「ほとんどペアばかりだから、しかたないな。一台に二人ずつしか乗らないし。」
「なかなか当たらないのよね。乗れたらラッキーなのに。」
え?と思って観覧車を見ると、紫色のゴンドラに男女が盛り込むところでやたら嬉しそうにしているのが目に付いた。なんのことだろうと思ったミロがさっそく携帯で検索する。
「ああ、わかった。紫のゴンドラは一つしかないので、それに乗れたらラッキーという説があるそうだ。本来は介助の必要な人のために作られたものらしい。そういえば、あそこの掲示に車椅子専用って書いてあるな。」
「紫に乗りたかったのか?」
「俺は十分すぎるほどラッキーだからその必要はない。それに、もし俺達が乗ったらますます注目されるだろうからそれもちょっと遠慮したい。」
「え?」
ミロの言葉にカミュがさりげなく周囲を探ってみると、なるほど、複数の視線が自分たちのほうに向けられているのに気がついた。いずれもカミュと目が合うと、いかにもさりげないふうを装って自然に視線を流すまではいいのだか、そのあとで例外なく照れ笑いをするのが共通している。
「なぜ笑う?」
「お前があんまり目立つからだろ。」
「…そうか?」
「たいていの日本人は外人と目が合うとドキドキして恥ずかしくなる。するとそれを隠そうとして照れ笑いをするんだな。とくに若い女性にその傾向が強い。ほんとはよく見たいのに、穴の開くほど見つめたりしないのも日本人の特徴だ。民族の特性として全体的にシャイなんだよ。」
「そういうものか?」
「そうだよ、こういう場所では注目されてもしかたがない。とくにお前は目立つ。」
「それは私だけではあるまいに。私たちは日本人と比して背が高いゆえ、そういうこともあろう。」

   背が高くて目立ってるのも事実だが、お前の場合は綺麗すぎて人目を引くんだよ
   俺なんかは明らかに金髪のせいだが

そう言うミロも相当な美形である。身長185cm、金髪、美形、均整のとれたプロポーション、これだけの条件が揃っていれば人目を引いて当然だし、さらにカミュと並んでいれば相乗効果でますます注目の的となるのは自明の理だ。
前にいた二人連れがゴンドラに乗り込んだ。次にやってきた赤いゴンドラに係員に誘導されて乗り込むと、中はかなり広くて8人は座れそうだ。かなり低い位置までガラス張りになっているので見晴らしはとてもいい。
「隣り合わせじゃ、だめ?」
「だめだ。バランスが崩れるのは望ましくない。」
「でもさっきから観察していたが、どのペアも並んで乗ってたぜ。」
断られるのを承知でミロも一応はがんばってみた。
「だめだ。そんなことはできない。」
「冷たいんだな。」
一瞬黙ったカミュが横を向く。
「あ〜、悪かった!お前は冷たくなんかない!よお〜くわかってる。心も身体もあったかくて、いつでも俺を温めてくれるホカロンみたいな存在で!なんだったら抱きしめて確認するか?」
大袈裟な身振りでそう言うとカミュがたまらず吹き出した。
「もうわかったから。ほんとにお前ときたら…」
「うわぁ!すごく綺麗だぜ!やっぱり来てよかった!」
徐々に高度を上げてきたゴンドラから見る港の夜景はえもいわれぬ美しさで二人を魅了した。足下ではジェットコースターがしぶきを上げてプールの中を突っ切ってゆき、遠くには東京の街がはるかかなたまで光の粒を散らせている。
「あっちのほうが赤レンガ倉庫かな。ずうっと向こうに見えているのは房総半島だろう。」
「みなとみらい21地区の規模がよくわかる。来てみないとわからぬものだ。」
「あれはなんだろう?木の柱みたいなのが何本も立ってるみたいだが暗くてよくわからない。」
ミロが少し離れた水面を指差した。
「あれは帆船日本丸 (にっぽんまる) だと思う。昭和5年に進水し、昭和59年に現役を引退してからはここのメモリアルパークで展示公開されている。今は帆を張っていないのでマストが見えているのだろう。」
「横浜は港町だからな。じゃあ、氷川丸は?」
「あれがそうなのではないだろうか?舟の形がイルミネーションになっている。」
遠くの桟橋らしいところに係留されている氷川丸は1929年に民間旅客船として進水し、第二次世界大戦中は引き揚げ船、次に病院船として活躍し、三度も機雷に触雷したが無事に切り抜けて終戦を迎えたという数少ない経歴を持つ船だ。その後国際航路に復帰して昭和35年まで働いて、その後はこの横浜港・山下公園に身を休めている。
「港っていいな。夢がある。船が出入りして海の向こうの国と繋がってるんだぜ。」
暗い海面にたくさんの船の灯りが見えた。大型客船も貨物船もタンカーもあるのかもしれないが、この暗さでは判別することは難しい。
「あれは東京タワーかな?」
ミロが遠くの明かりの塔を見つけた。とても小さいが全体的に赤く見えるのでそれとわかる。
「そうだろう。とするとスカイツリーもここから見えるのだろう。」
「あれができたら昇りたいが、一年くらいは大混雑だろうな。」
「かもしれぬ。」
ゴンドラ内のスピーカーから日本語と英語の解説が流れてくるのは、ほかの観光地となんら変わることがない。地上112.5メートルの最上部に到達するころにはだいぶ風が吹いてきてゴンドラが揺れだした。
「けっこう揺れるんだな。」
「ほう!上空は風当たりが強い。」
「怖かったら、しがみついてくれていいからな。ほら、あんなふうに。」
「え?」
振り返ったカミュの目に、隣のゴンドラの中の二人が見えた。ちょうど真上まで来たので、ほぼ水平になったゴンドラは見通しがよい。ゆらゆらと揺れるのを怖がった女性が彼氏にしがみついている。男のほうはまんざらでもないらしく、腕を回してなにかささやいているようだった。
「あいにくだが、怖くはないから。聖闘士を見くびってもらっては困る。」
「そこをなんとか。」
向き直ったカミュにミロが冗談めかして手を合わせた。
「だめだ。後ろのゴンドラの客はさっきから携帯で写真を取っている。景色だけでなく、私たちも被写体になっていたようだ。」
「えっ!そうなのか?」
「もとよりガラス張りなのだから見られることは承知の上だ。普通にしていれば何の問題もない。」
「うん、おとなしくしてる。」
ミロが見ていると前のゴンドラの二人の影が重なって、どうやらキスをしているらしかった。進行方向に背を向けているカミュには見えてはいない。

   う〜〜ん、かなり羨ましくはある
   カミュが女だったら強行突破するんだがなぁ

「この次はシースルーのに乗ってみるか?ちょっと面白いかも。」
「そうだな、それもよい。」
この観覧車には60台のゴンドラがあり、その中に2台のシースルー仕様のものがある。床も透明なのでいちばん上まで上がると相当な迫力が楽しめるというので人気があるらしい。ミロとしては乗ってみたかったのだが、そのための列は待ち時間が30分と表示されていて諦めたのだ。
頂上を過ぎたゴンドラはだんだん下へ降りてゆく。一周15分の空の旅は光の海を二人に堪能させた。
「自然もいいが都会もいい。俺はこういうのも好きだな。とても綺麗だよ。」
「エコではないが私も好きだ。昼間の都会よりも自然を感じる。」
それはおそらく夜の闇のせいだろう。暗いはずの夜に輝く人工のイルミネーションがかえって闇を際立たせ、人に夜を意識させるのだ。
「綺麗だよ、ほんとに綺麗だ。お前と一緒にここに来られて嬉しい。」
ミロが言ったのが夜のことなのか自分のことなのかカミュにはわからない。聞き返そうかとも思ったが、「どっちも綺麗だよ。」 という返事が返ってくるのはわかりきったことだ。
「そうだな。私もそう思う。」
ゴンドラが地上に着いて空の旅は終わった。





          
コスモクロック21 → こちら        シースルーゴンドラ → こちら

          関東が冷え込んでいた1月中旬のコスモワールドは少々風が冷たくて。
          でも、ここをミロ様とカミュ様が歩いたら……と思うとワクワクしちゃって寒さなんか平気!
          2005年のクリスマスイブには4時間待ちという記録があるそうです。
          「う〜〜ん、いくら俺でもそれはやらない。」
          ビッグサンダーの3時間待ちなら、やったことがあります。
          「オーロラの観測で10時間待ちはザラだ。」
          畏れ入りました。