柏餅 |
「ミロ様、カミュ様,柏餅をどうぞ。」 午後の散策から戻って来た俺たちが離れに落ち着いてすぐにやってきた美穂が座卓の上に置いていったのは、なにやら二つ折りにした木の葉に包まれたものである。きれいな津軽塗りの菓子鉢に並べられているところをみると、やはりこれは食べ物だろう。 「ん? これはなんだ?」 「これは柏餅といって、五月五日の端午の節句に食べるものだそうだ。」 美穂になにやら質問していたカミュが煎茶を淹れてくれる横で、俺は一つ手にとってみた。 「あれ? この葉っぱは見たことがあるな。」 「それはそうだろう。柏の木は この宿の庭にも何本もあるし、打たせ湯の近くにもあったのを見ているはずだ。」 柏の葉は手のひらほどの大きさで、波打つような曲線が面白い。 「白い餅の中は………ふうん、例の餡子なのか。 で、どうして五月五日に食べるんだ?」 「柏の葉は、新しい葉が出るまでは、古い葉は落ちないのだそうだ。 そこで、『 家の系統が絶えない 』 という縁起かつぎにもなっている。」 「日本人は縁起かつぎが好きだからな♪」 俺は二つ目の柏餅を手に取った。 「あれ? 今度のは、白じゃなくてピンク色だぜ?」 「うむ、柏の葉の表側が見えるように包んであるのが味噌餡、裏が見えるようになっているのが小豆餡と決まっているらしい。」 「ふうん………なかなか洒落てるな、白とピンクか……」 俺は、上品に一口食べてから煎茶をすすっているカミュをちらっと見て柏餅を口に放り込んだ。 「今夜は菖蒲湯だ。」 「え?」 遅れて家族風呂にやってきた俺は、カミュの周りの湯に何か草の束のようなものが浮かんでいるのを見て首をかしげた。 「ハーブのようなものか?」 すでに露天風呂に入っていた俺は、湯を一、二杯かぶるとカミュのそばに身体を沈めた。 「菖蒲はサトイモ科の単子葉の植物だ。 葉は剣状で芳香があり、五月五日に浴槽に入れてその強い匂いにより邪気を払い疫病を遠ざけるといわれているそうだ。 実際に菖蒲湯は、鎮痛・血行促進の働きをし、腰痛や神経痛などの痛みをやわらげる。 血行促進や保温効果があるアザロン、オイゲノールなどの精油成分は葉より根茎部分に多いので、葉だけでなく、根茎部分も使うのがよい。」 近くに浮かんでいる菖蒲の束を手にとって匂いを嗅いでみると、なるほど清々しい匂いがするようだ。 「邪悪を払うんなら、聖域にも常備したいね、俺は。」 「また、菖蒲の音韻は尚武、すなわち、武を尊ぶということにもつながるので、男子の行事でもある端午の節句に使われるようになったのであろう。」 「尚武なら、俺たちもおおいに関係あるな」 「うむ、薔薇風呂よりは、菖蒲湯の方が我々聖闘士にはふさわしい。」 そうか? お前だけは例外だ、あの薔薇風呂の美しさといったらなかったからな♪ もう世間は五月だ、五月といえば花咲き匂うバラの季節じゃないか! そのうちアフロからバラが届くに違いない、そうしたら………… 俺の胸は明るい希望でふくらむのだ。 「ミロ………灯りを……」 その求めに応じて枕元の行灯の小さな灯りを消しても、欄間から漏れる次の間のかすかな灯りがカミュを仄かに浮かび上がらせる。 この宿は季節にあわせて浴衣の柄も変わってゆき、先月は爛漫の桜だったのだが、数日前からはアヤメの模様になっていた。 「五月だから、カミュ………柏餅を食べてもいいかな?」 「え……? 柏餅なら昼間にもう……」 「そうじゃなくて♪」 俺はアヤメの浴衣の襟に手をかける。 「外側の葉をむいたら♪」 「あ………」 襟元を押し広げて両肩の丸みを露わにするなどたやすいことなのだ。 「中身は白とかピンクの餅ってこと♪」 「ミロ………ミロ……」 俺は上気した肌を抱きしめていった。 端午の節句は、本来、五月の最初の午の日のことですから 必ずしも五月五日とは限りませんでした。 端午の節句の由来については、こちらをどうぞ。 ミロ様カミュ様の菖蒲湯、邪気のみならず邪念も払っているようで、 恐ろしくあっさりしてますね(笑)。 その代わり、おしまいはちょっと艶めいて♪ でも、「こどもの日」なので、手綱はしっかり引き締めました。 ちなみに私は 「 粒あん派 」 です。 ミロ様は、どっちかしら? ※ 菖蒲 ⇒ こちら |
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